舟出の記憶

昼間鈍行(1)東京湾でぼくはあきらめオナラするの回

2015年8月17日
18:10 東京港埠頭

客船ターミナルというのは初めてだったが、ぼくは入場して一番、「空港」という印象を抱いた。蒸気機関車を一目見て「電車」と思うくらいばかげている。

国際展示場駅前から小型バスで運ばれた後、東京港フェリーターミナルの3階待合ロビーで記念すべき旅の思い出1枚目として自撮りをかましていた。ぼくは腕が異様に長い為、背景を含めた結構な画角で自撮りをおさめることができるのだ。

某紳士服大手でスーツを仕立てに行った際、店員さんが神妙な面持ちで近づいてくるので何事かと問うと、「お客様の首回りはいわゆるMサイズなのですが、お腕の方はLLサイズでして…お取り寄せに…」とのこと。既製品では対応のできないお腕を持つのだから、画角もそれ相応とお考えいただきたい。絵面的にはエヴァンゲリオンが自撮りをしているに近い。

それもあってか、ぼくはいつからか「自撮り棒」と友人たちに呼ばれるようになった。飲み会の必須アイテムとして、いそいそと出かける金曜日の多いこと多いこと。ちなみにぼくは飲みに行くとトイレの回数も多いものだから、一部「尿」と呼ぶ者もある。一刻も早く人外から脱却したいものである。

読者の皆様の御察し通り、これから始まろうとしている北九州行き2泊3日の船旅に、ぼくは心底トキメキを感じすっかり舞い上がっていた。
絶え間ないオーシャンビューと潮の香り、どこまでも続く日本列島と相対する広大な太平洋、雲ひとつない青空と果てしない夜空…。
何よりも、3日間陸の上に居ないという強烈な事実はぼくを一層興奮させていたのだ。

何しろこのあだち、陸から24時間以上離れたことがない。海無しの群馬で育ったぼくは、いわば土・岩属性、ポケモンならイシツブテやイワークの類である。ゼニガメの水鉄砲程度で簡単にHPを0近くに減らすこのぼくが72時間も水の上で、どんぶらこと揺られながら過ごすのは正気の沙汰ではない。
しかし、人類が宇宙に憧れるのと同じように、我々イシツブテも海に憧れるのである。

いても立ってもいられなくなったぼくは、ターミナル内をせかせかと散策することにした。

飛行機や新幹線が当たり前になっているこのご時世ではあるが、意外にも小さな子供をつれた家族連れ、老夫婦、ぼくと世代の近そうな青年たちが点々とターミナルのベンチに座っている。大きな窓の外には海が広がっていて、羽田空港が近いためか飛行機の往来が激しい。手前に真っ白く塗られたフェリーが停泊しており、時間的にもあれに乗るのだろうと予想がついていた。大きさや重量感についてぼくの表現力では説明できないため割愛するが、フェリーと聞いてみなさんの頭の中に出てくるソレだと思ってもらって良い。

出発前に立ち寄った男子トイレの窓の外に、雑草がところどころ割れ目から生い茂るアスファルトのまっすぐな道路と、脇におびただしい数の錆びたトラックや小屋が並んでいるのが見えた。夕日が差し込み辺りを暖かく照らしていたのもあって、街が穏やかに休んでいるように見えた。普段は大量のコンテナが、あの首だけになっているトラックの後ろに括られて、この道路を行き交っているのだろう。

30分もすると、館内放送で自動車の持ち込みがない船客のみ先に乗船するよう指示があった。これまた飛行機の搭乗口を思わせる通路を進み、呆気なくフェリーへ乗り込む。

ぼくが取っていたのはいわゆる最安の二等客室だった。
2段ベッドが合計で4つ備え付けられた部屋で。合計8人が寝泊まりできる容量を持つ。が、出発前にそこにいたのはぼく一人だけだった。
上がり下がりが億劫だったため1段目に腰を降ろすが、船室は狭く、ぼくの頭は簡単に2段目の底を叩いてしまう。船室にいる時は横になる他無い。

ロビーにはあちこちにテーブルやイス、ソファなどが置いてある。自販機がずらりと並んでおり、カップ麺やレトルトカレー、簡易な焼きおにぎり等の食事や各種ドリンクに加えビールなどのお酒が売っていた。このジャンク感が良い。大海原を見ながら缶ビールを「プシュリ」とやらねばならない。

プシュリの使命感に気分を良くしたぼくは、船内のあらゆる案内書を見るために一層とうろうろとした。海路の描かれた巨大な地図や、古ぼけたトイレの標識、プレイボーイが置かれた売店、全てが目新しい。

意外だったのが、夜も展望デッキへ出て良いという案内書だった。

20:05 東京港埠頭 フェリー甲板
出航した。他の乗客と同じように、ぼくは展望デッキでその様子を伺っていた。エンジンの振動が思っていたよりも大きく小刻みで、夜眠れるか不安になる。
陸の方に目をやると、品川方面のビルや東京タワーが輝いていて、なんだか夜景を見ている気分になった。ところが、すぐそこにあった品川の夜景は、みるみるとその立体感を失っていき、光の帯のようになる。船は想像以上のスピードで太平洋へと向かっているようで、その引き換えか吹き付ける風の強さに驚いた。あまりの強さのため、泣き出した子供もいた程だ。
進行方向に目を向けると、着陸体制に入った飛行機が目と鼻の先を飛んでいくのが見え、その轟音に堪える。垂直尾翼や間近に見え、JALやANAのロゴがライトアップされている。
船はそのまま紫に照らされた東京ゲートブリッジの下をくぐって、真っ暗な太平洋へと漕ぎ出していった。

真っ暗、という言葉以外で、夜の太平洋を描写することはできないだろう。

ぼくはしばらく展望デッキに立って、遠くに見える、より平たくなった光の帯とその真っ暗な海を見比べていた。

友人の車ー買ったばかりのRX-8ーの助手席に座って、群馬の山中をドライブしたことがある。ちょうど正月でぼくは地元に帰っていて、中古車とはいえ自分の車を自慢したがっていた友人の誘いにのって、ぼくは夜のドライブに出かけた。

夜、加えて寒い日のドライブが結構好きで、たまにコンビニによって熱々の缶コーヒーをぼんやりと飲むがかたまらなく好んでいる。眠気を誘う暖かい車内から出て、ひんやりとした空気の中で熱いものを口にするとなんとも言えない幸福感が沸き起こる。露天風呂や、こたつでアイスに似ていると思う。

その日は榛名山の方まで車を走らせていた。山道なので、曲がりくねった道をスポーツカーのRX-8が持ち前のロータリーエンジンを誇らしげにふかしながら進む。

急に、ライトが岩を照らした。運悪く落石に出くわしたと思い、避けるために車はスピードを落とす。しかし不思議なことにその岩はぼくらとの距離を一向に縮めることがない。

それは、イノシシだったのである。

軽自動車とは言わないが、それに匹敵する大きさのイノシシがぼくらの目の前を走っている。乙事主さながらの迫力で、ドシドシとアスファルトを蹴っている。幸い進行方向は同じで、こちらからは毛だらけの尻しか見えない。追突されれば車など簡単にひしゃげそうなサイズ感で、ぼくは生まれて初めて野生の生き物に対し恐怖感を抱いた。友人もまた然りだっただろう。

ところがさすが岩ポケモンの群馬県民たる我が友人は、適切なアクセルのタイミングとハンドルさばきでイノシシをぐんと追い抜い抜いた。さすがにおニューのRX-8を潰されるわけにはいかない、と彼は覚悟を決めたのだ。

ちなみに余談だがその約1年後、首都高で事故を起こしてRX-8を廃車にする未来を彼はまだ知らない。当の本人は無傷でピンピンしていたので、岩ポケモンとしての底力を示してくれた。

この経験から、ぼくは夜の山を見ると、ぼくなんかの想像を超えた無数の生き物たちがあの木々の下で蠢いている様子が目に見えるようになり、山々の懐の大きさに畏怖するようになった。

だからこそ、ぼくは夜の海を見てみたかったのである。

東京湾の向こうに、光の板が見える。さっきまで悠々とその存在を誇っていたビル群は、ただの光る板にしか見えない。一方でぼくの背に広がる夜空と海は、それらと反比例するように刻々とその黒色の範囲を広げていく。

ぼくを包んだ感情は、あきらめに似ていたと思う。

さっきまで、工場群や物流の拠点、摩天楼、飛行機に巨大な橋といった人工物を間近で見て、正直、人間の凄さに感服していた。人間は弱い腕力の代わりに知力を駆使して繁栄を極めようとしている。整然と並んだビルの窓や橋ゲタに打ち込まれているビスの列を見て、先人たちの努力に感謝した。

しかし、ぼくの目の前に広がるのは圧倒的な自然だった。ぼくを感動せしめたものたちは今や弱々しい薄い光の幕となってしまっている。「エエイ!ボク達、自然二負ケナイモンネ!」という人間たちのか弱い声が聞こえてくるようだった。ここから見た陸の人間達は米粒よりも小さくて目に映ることなどなく、どこぞのビルのてっぺんの高級レストランから誰かが東京湾を眺めていたとしてもぼくらは海の一部にしか見えないだろう。

さっきまでのコーフンはいつの間にか冷めていた。他の船客も既に船内へ戻っていて、展望デッキにはほとんと人はいない。夏だというのに風は冷たく、その強さは弱まる気配がない。

真っ暗闇の中でぼくは何をするわけでもなくひとつオナラをして、ロビーに戻るドアに向かった。

その夜は低気圧のせいだとかで、船が激しく揺れた。

***

(東京ゲートブリッジをくぐった時、出発、という実感が一番湧いた)


_人人人人人人人人人人人人人人人人人人人_ > 読んでいただきありがとうございます <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄