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南から北へと春が歩いてく 開花マップは花好きの足跡

毎年、春が近づけば梅も咲くし桃も菜の花も咲く。なのになんで、いつも桜ばっかりこんなに特別扱いしちゃうんだろうな。
そうやって毎年思う。毎年思うのに、やっぱり今年も桜が咲くと浮き足立っちゃっている。


基本的にインドア派の私だけど、日差しも気温も優しくなってくると、今日は出かけてもいいかもなんて気分になる。
天気のいい平日なんて、ものすごくもったいない気分にさえなる。

とはいえ仕事で外出するなんて滅多にないんだけど、その滅多にない機会がたまたま最近あった。


山あいの線路を川沿いに進んでいく電車に乗っていたら、途切れ途切れにあるトンネルのせいで電波もうまく入らなくなって、スマホを眺めるのもやめて少しぼんやりしたりうとうとしていた。

何個目かもうわからないトンネルを出て、まぶたの向こうが何となく明るくなったから目を開けた。

そうしたら視界の端、車窓から見切れるくらいの、長い長い桜並木が続いていた。


思わず通り過ぎてきた方向を振り返ったけど、車窓から見渡せる限りは進行方向の後ろにもずっと桜並木が続いていた。
桜並木が私の視界に入ってからも、数十秒は桜と電車が並走してたから、たぶん1kmくらいにわたってあの桜は植ってたんじゃないだろうか。

思わず見惚れたのは、その桜並木が桜の名所でもなんでもなさそうだったからだ。
桜まつりとか、そういうぼんぼりも何も出てない。

川沿いに細く続く、自転車や軽自動車くらいしか通れなさそうな生活道路。川沿いにあるのは雑木林と工場くらいで、たぶん普段あんまり人気はない。

本当に地元の限られた人だけが、春になると少しうれしい気持ちで通るんだろうなって道だった。
そのためだけに、あんなに何本も桜を植えようと決めた誰かがいたんだなぁ。
そう思って、並木道が途切れるまでしばらくずっと見つめてしまった。



桜にもいろんな種類がある。
山の中でぽつぽつ咲いている山桜なんかも、早咲きの濃くて華やかな桜も、遅咲きの八重桜たちもある。

でも、だいたいの人が桜といえばイメージするのはソメイヨシノだ。
そしてそのソメイヨシノは、みんな接ぎ木で殖えたクローンだ。
クローンは自分同士で子孫を残さない。だから「気付いたら実から種が落ちて勝手に芽を出してた」なんてことはない。

桜を好きな誰かが、ここに桜があったらいいなと思って植えた。
そんな場所でしか咲かない、それがソメイヨシノという桜だ。


だからなのか、ソメイヨシノがずらっと植えられた、なんでもない並木道というか生活道路が好きだ。 

桜なんて1年のうちに1週間も咲くかどうかなのに、そのたった1週間だけのために「この道をずらっと満開の桜が咲いたら綺麗だよな」と植えた人がいるんだなと思うと嬉しくなる。

もちろん新緑の季節の桜も爽やかで好きなんだけど、でもきっとやっぱり、一番みんながイメージするのは花が満開のこの季節の景色だよね。

だからたいてい「この桜が満開になった景色を見たい」とか「みんな満開の桜並木を見たら喜ぶかな」とか、そう願われて桜はそこにいる。


そのあと通り過ぎた風景のなかにも、車窓から見える街のあちこちにピンクの小山が見えた。いたるところで桜が咲いていた。

あの街の中の春の色は全部、誰かがこの季節にこうして花開くのを願って、あそこに植えている。
こんなに桜を見たいとか、見せたいと願った人がいたんだって教えてくれている。


私たちは毎年、その誰かから春の景色をプレゼント
されてお花見をしている。
ここに桜が咲いてたら綺麗だよねって、そんな無言のメッセージを受け取っている。

何十回か桜を見てきて、やっと気付いた。
みんな桜が好きなのも、お祭り気分で浮かれちゃうのも、もしかしたら桜を植えた誰かのそんな思いを感じられるとか、そういう理由だったのかもしれないね。


何かを感じていただけたなら嬉しいです。おいしいコーヒーをいただきながら、また張り切って記事を書くなどしたいです。