見出し画像

INSPIRATIONS: 自然とデザインをつないで考えるためのヒント 6月

自然とデザインをつないで考えるためのヒントをピックアップする「INSPIRATIONS」。新旧問わずに、デザイン、アート、ビジネス、環境活動、サイエンス等の領域を横断し、ACTANT FORESTメンバーそれぞれのリサーチに役立った、みなさんにお薦めしたい情報をご紹介します。

01:ソーシャルインパクト重視の会計を実現するために

「自然資本」を企業の会計に組み込む必要性は以前から議論されてきたが、具体的な施策はまだ明確になっていない。そんな現状に一石を投じる提案として、インパクト・エコノミー・ファウンデーションから、社会的・環境的な影響に関する情報を定量的に評価し、従来の財務会計を補完するためのフレームワークが提案されている。ハーバード・ビジネス・スクールらがまとめたこの方法は、従業員、顧客、サプライヤー、環境、コミュニティなどから収集したデータを分析し、ステークホルダーに与えた年間のインパクトを「Integrated Profit & Loss (総合損益計算書)」に、インパクトのある資産と負債を「Integrated Balance Sheet (総合賃借対照表)」に反映するというものだ。危惧すべきは、人間にとって使用価値のある側面のみが優遇される可能性があることと、自然資本の損失を別の資本で埋め合わせできるという考えを促してしまう点だが、社会に対してより良いインパクトを与えながら、各企業の短期的ニーズも満たす経済を実現しようとする試みはポジティブに捉えたい。

02:サステナブルな文化活動のためのツールキット

東欧のスロベニアで行われる「リュブリャナ・デザインビエンナーレ(BIO)」は、1963年から開催されている歴史あるイベントだ。2022年の「BIO27」では「スーパーヴァナキュラーズ」をテーマに、「その土地の気候や風土に特有な」建築・デザインにフォーカスした展示が展開されたが、今回紹介したいのは、このビエンナーレをきっかけに制作された「Futuring Toolkit」。展覧会や文化イベントにおけるサステナビリティを高めるための考え方や実践を紹介する、オープンソースのツールキットだ。そこには、CO2排出を削減するためのアクションプランや協賛企業の見直し、展示会で用いる資材や印刷物への配慮、WEBサイトの活用とその改善ポイントなどが、5つのケーススタディとともにまとめられている。文化イベントに携わる人たちが、今後、様々な場面で工夫を凝らすための実用的なガイドになりそうだ。

03:藻類から探る「エコポエシカル」なふるまい

フランス、アルルのデザインリサーチラボ、Atelier LUMAが行っている藻類研究プログラムの一環として『AR』という冊子が刊行された。今号のテーマの「バイオレメディエーション」とは、微生物や植物などを用いて有害物質を浄化・除染する方法のことだが、巻頭言によれば、それは単なる科学的技術ではなく、人間以上の存在に対する「エコポエシカル(ecopoethical:エコロジー的思考と、ethics[倫理]、poiesis[制作/創造]、poetics[言語/比喩/物語]を融合させた造語)」な行為なのだという。バイオレメディエーションを自らの身体に持ち込んだ研究者の回想を描いたポーリーヌ・ブリアンによる近未来の短編SF小説。藻類の養殖によって、淡水の汚染を引き起こす残留リンを取り除く、サミュエル・イリフのスペキュラティブな農場「Phosfarm」プロジェクト。Bio-ID Labが10の原則としてまとめた、建築・デザインとバイオレメディエーションを接続させるためのマニフェスト。そして、石に付着し、潮に揺られ、採集される藻類の動きをモチーフにしたメラニー・コレのドローイング。この4名の寄稿者それぞれのアプローチを通じて、環境修復における他種との関係性や人間の立場を問う内容となっている。リソグラフ印刷によるプリント版もウェブサイトからオーダーが可能。これからどんな特集が組まれていくのか、次号も楽しみだ。

04:カーボンオフセットの虚をつく「産業妨害メソドロジー」

ニューヨークを拠点とするアーティストTega BrainとSam Lavigneによる《Offset》は、アクティビストたちが産業妨害行為を通じて削減したCO2量にカーボンクレジットを与えようと試みるデジタルアート作品。オーストラリア現代美術センターで開催された「Data Relations」展に際して、同館のコミッションにより制作された。カーボンオフセットが、気候変動の根本原因に対処するのではなく、自らの排出量を他者や未来の世代による削減・吸収と交換するという資本主義的な原理を前提にするのなら、化石燃料を使う産業への妨害行為も「一時的な炭素貯留」の一形態として、他のオフセットプロジェクトと同様、定量化・クレジット化できるはずだというわけだ。この新たなオフセット形式のレジストリ(管理簿)でもあるWEBサイトには、アクティビストが近年実際に行った(だいぶ過激な)直接行動が3件登録され、これにより削減されたCO2量が、現行の炭素会計と同じ手法で算出されている。既存のカーボンオフセットの仕組みを逆手にとり、専門家パネルや厳格な基準を携えて炭素市場への参入を目論む本作。今後レジストリに追加していく、さらなる事例も一般公募中だ。

05:ダーウィンを超えて、競争から相互共生へ

「ファシリテーションエフェクト」という言葉をご存知だろうか。ダーウィン以降の生態学は、生きていくことの本質を生存競争という視点から読み解いてきた。しかし、最近では共生や協力という関係で捉えるパラダイムが立ち上がってきている。その根幹となるファシリテーションエフェクトという概念は、生物は極限状態になればなるほど、競争ではなくポジティブな相互協力を選択するようになるという現象に着目したものだ。例えば、バンクーバー島では夏の気温が46.5℃を記録し、そのエリアに住む小さなカニが生存できる限界点を大幅に超えるそうだ。それでも、カニたちが死に絶えることはない。貝の殻がつくる日陰や、殻のなかに溜まった水がつくりだす温暖な環境、そこから派生した藻類が熱帯雨林と同様の働きをするおかげで、カニたちは難なく夏をやり過ごすことができる。記事では、生態系のなかで展開されてきたファシリテーションエフェクトという相互協力が、異常気象や地球温暖化といった気候変動の文脈に紐付けられ、さらに、人間の自然への介入という行為もファシリテーションという考え方を通してポジティブに捉え直されている。ある種のペシミスティックなイメージも伴うアントロポロセン的な世界観に比べて、協調や共生という世界観へと誘ってくれる「ファシリテーション」。日々、ワークショップを開催するデザイナーにとっても馴染み深いこの単語は、人と自然との関わり方を掴みやすくするような、生態学とデザインをつなぐキーワードになると注目している。

06:都市の土壌の生物多様性を増やすことは、人間の健康にも良いはずだ

都市の自然環境は、人間の健康という観点からも重要視されつつあるが、多くの場合、緑が多いかどうかといった地上部分の議論になりがちだ。だが、公園や農園、歩道や街路樹、屋上緑化、そして家のなかの鉢植えに至るまで、人間は日々、直接・間接的に土壌に触れ合っている。農地や森林において「土壌が大事だ」という主張はよく聞くようになったが、都市においても同様、土壌は人間の健康と生態系を結ぶ隠れたアクターになっている。都市特有の環境を前提とした土壌の研究はまだあまり進んでいないそうだが、この論文では、関連する数々の先行研究から、都市部の土壌の生物多様性が生態系に好影響を及ぼし、人間の健康にもポジティブな影響を与えているはずだという。そして、その確かなエビデンスを得ていくためにも、土壌生態学、医学、社会学などの領域を横断した研究に力を入れていく必要があると主張している。

07:アートに太陽光発電を取り入れよう

Solar Power for Artistsは、アートやデザインに太陽光発電を応用するための教育的プラットフォーム。『A History of Solar Power Art and Design』(Routledge, 2021)の著者であり、マルチメディアアーティストのアレックス・ネイサンソンが2019年に設立し、アーティストや芸術団体向けの教育プログラムや技術サポートを提供しているほか、ソーラーパネル付きの屋外デスクなどのプロダクト制作も手がけている。なかでも特にユニークなのが、アートやデザインの歴史から、太陽光発電を用いたプロジェクトのみをピックアップした独自のアーカイブだ。古くは、1957年にイームズ夫妻が制作したキネティックなおもちゃまで遡り、70–80年代にはフルクサスの音楽家ジョー・ジョーンズが開発したサウンド装置が、そして2010年代にはオラファー・エリアソンの《Little Sun》が並ぶといったラインナップだ。特に2000年代後半からは、太陽光発電製品の低価格化やエネルギー消費に対する社会的関心などを背景に、作例数も大幅に増えている。150点以上にも及ぶ数々の作品は、アウトプットを見るだけでも楽しいし、太陽光発電を自分のプロジェクトに活かすヒントも見出せそうだ。

本記事は、ニュースレター2023年3月号・4月号のINSPIRATIONSをあわせて転載したものです。最新の内容をお読みになりたい方は、以下のリンクよりご登録ください。
ニュースレターを購読する ▷

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?