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サバイブする

「君が新入りか。うちは先の戦いで多くの仲間を失ってね。人手不足なんだ。期待しているよ」
「ありがとうございます」
「で、何が得意なんだね君は。火遁か?それとも水遁かな」
「いえ、得意な忍術はありません」
「うん?そうか。まあおいおい覚えていけばいい。じゃあ、長所を教えてくれ」
「長所はありません」
「じゃあ、修行をしなきゃだな」
「修行は苦手です」
「おい。じゃあ一体何ができる新人なんだ君は」
「何もできません。ただ生きることはできます」
「そんなの誰だってできるんだよ!」
「いや待ってください、生きるって忍者界では結構大事な才能では?」

というやりとりを寝る直前に思い出してニヤニヤしていたんだが、また記憶を捏造していたようだ。
社会では生きる以上に要求されることが非常に多い。色々なスキルが必要だ。よく「ただ生きているだけで金が貰えないかな」という愚痴があるが、生きるためにめんどくさいことをして、めんどくさいことをしながら生きていると、めんどくさいことをするために生きているんじゃないかと錯覚することがある。
だが忍者に限らず兵士など、単純に生存がかけられた場に生きているような人間にとって、「生きる」以上に重要なスキルはない。ごくたまに、そのシンプルさが非常に羨ましくなる。だが、我々も「生きる」ために仕事をしているわけで、本質的にそこに違いはない。違うのはプロセスの複雑さと方法だけだ。
「なぜ、苦しい思いをしてまで働くのですか?」
「我々がサバイブしていくためです。それ以上の理由はありません」
村上龍の『五分後の世界』にあてられ過ぎたようである。


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