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#ep6最終章「Change the future 母」

#ep5「Change the future 母」からのつづきです。

私は紙と鉛筆を用意した。これ、あの映画と一緒だけど、結局この方法が一番確実なのよ。この手紙に今回のいきさつと事故のこと、そして注意してほしいことを書くわ。そして確実に手渡すのよ。私は手紙を書き上げ、子供たちと駅前に戻り安いホテルで一泊した。明日の朝になったら、またあのバス停で夫に手紙を渡そう。私はそう決意してベッドに入った。3人は泥のように眠った。信じられないことの連続で相当に疲れたのだ。

次の日の朝。

しっかりとホテルの朝食を食べてから、夫の出勤に合わせて、いつものバス停付近で身をひそめて待機した。

しばらくすると、いつものように団地の方から夫と私、そして2人の息子たちがやってきた。バスが到着し夫が乗り込もうとしたその瞬間、私は夫にかけより手紙を差し出した。

「うわっ!」

夫は一瞬びっくりしていたが、私の顔をみて表情をゆるめ手紙を受け取ってくれた。私は声に出しはしなかったが、大切なことが書いてあることを目で伝えた。そしてものすごいスピードでその場から離れた。その後は転がるように3人で走った。もうやれることはやった。これが今の私にできるすべてだ。そんな気持ちでとにかく走った。

あとは夫があの手紙を読んで、何とか自分で事故を避けてもらうしかない。生真面目で慎重な人だから、きっと避けることができると思う。私は息子たちにそう伝えて車に戻った。

さてと。あとはもとの世界、つまり1985年にどうやって戻るかだ。さっぱりわからん。もうこういう時は野生の本能よ。来た時と同じ状況にすることしか思いつかない。なので夜中に車内の暖房をゆるくかけ、窓を少しだけ開けて寝てみることにした。念のため座席もあの時のまま、後部座席に健司、助手席に康太、運転席に私。そして今回の不思議な出来事や、亡くなった父に逢えたことなんかを車の中で語り合った。深夜2時過ぎ、3人は自然に眠っていた。

・・・

「コンコン、コンコン!」

ん、、何?ノック?

「えっ?うわっー!ね、寝過ぎたーっ」


辺りがすっかり明るくなっていて驚いた。子供たちは?、、まだ寝てる。…で?窓をノックしているのは誰?

「ここで寝てはいけませんよー。すぐに移動できますかー」

やさしい口調の警察官がいた。もしかして元の世界に戻った?私たち戻れたの?

車を走らせ辺りを見るといつもの風景だ。建物や道路、歩く人の髪型や服装も今現在のものだ。息子たちも目を覚まし、もとに戻れたことを喜んでいる。よかった!1985年に戻ったんだわー。

でも、あのあと夫はどうなったんだろう。事故は回避できたのだろうか。もしかしたら今、この世界で夫は生きているの?とにかく家に帰ってみよう。

現在の家に着いた。特に変わった感じはない。中に入ったが誰もいない、いつもの感じ。奥の部屋に行ってみた。何度も手を合わせた夫の仏壇がそのままある。あぁ、やっぱりだめだった…。事故は避けられなかったということ。やっぱり死んでしまったんだわ、結局なにも変わらなかった。助けてあげられなかった。見慣れた夫の遺影を見つめながら、深い無力感と悲しみが襲ってきた。

目を落とした時ふと仏壇の下の引きだしから、白い封筒が少し出ていることに気づいた。出してみると見慣れない封筒。正面には「1985年まで開けないでください」と書いてある。夫の字。こんな封筒まったく覚えがない。なんか怖いけど勇気を出して封を切って開けてみた。中には丁寧な夫の字で書かれた私への手紙が入っていた。

澄代へ

この間といっても、12年前ということになるかな。その時はバス停で手紙を渡してくれてありがとう。突然でびっくりしたけど、君は未来の妻だったんだね。どうりで妻と似てるはずだ。

あのあとすぐに手紙を読んだよ。不思議なことがあるもんだね。そして僕が事故に遭ってその後死んでしまうなんて、かなりゾッとしたよ。そんなこと信じたくないし疑ったよ。でも君が手紙を渡してくれた時の表情は本当に真剣だった。そしてとてもまっすぐな気持ちが伝わって来たんだ。だから君の手紙を信じてみようと思ったんだ。

だけどそのあと僕もいろいろ考えたよ。会社を休むこととか、高いところに登らないこととか…。
でも、君の後ろで隠れていた2人の子供たち、あれ僕の息子たちだろ?もう中学生くらいの背丈になっていたね?君も健康的で元気そうだった。それが心から嬉しかったよ。
手紙にも書いてくれていたけど、健司は中学校でテニス部に入って頑張ってるんだね。あんな小っちゃかった初めて生まれた健司がテニスをしてるなんて。カッコいいだろうなぁー。
そして康太。バスケットボール部に入ってるんだ。ぽやっとしてる子だったからこれもなんか意外だなぁ。でも動くときはすごい速さで遊んでたから、そのすばしっこさでいい選手になれるかもね。
そして澄代も、昔から好きだった髪のセットを活かして美容室を開いたなんてびっくりしたよ!順調にお客さんにも恵まれて本当によかったな。ママさんバレーも無理しないで楽しんでくれよ。なんせみんな健康第一だよ。2人で一生懸命考えた息子たちの名前。「健」と「康」をそれぞれ入れたことをずっと忘れないでね。

ここからはよく聞いてほしい。
僕の夢はね、愛する妻と息子たちが立派に育ってもらうことなんだ。僕が突然死んでしまって本当に大変だったことだろう。だけど今回、君も息子たちもこんなに立派に育っていることが分かった。これは僕の夢が見事に叶っているということなんだよ。これは僕が生きることより、もっと大切なことなんだ。だから僕はこの運命の流れは変えない。変えてはいけないと思った。僕は生真面目で慎重な男だから、確実に君と息子たちが幸せになれる方を選ぶことにするよ。

正直いうとあと数時間で転落事故に遭って死ぬことになるなんて、怖くて怖くて考えたくないよ。そしてやっと形づくってきた今の家庭から僕1人去って、家族と会えなくなるのは辛くて悲しいよ。でもそれによって…残された家族がこうして幸せに生きて行けるのなら、僕は喜んで天国に行こうと思う。それが僕なりのまっすぐな生き方なんだ。分かってほしい。

今回、タイムスリップとかいうよく分からない状況だけど、僕を助けるために本当に色々とありがとう。感謝してるよ。


では、僕は天国から君たちを見守ることにするよ。
こう書くのが正しいのかな?なんか不思議だね。

澄代、健司、康太、元気でね。

1973年2月16日 満男

息子たちも一緒に手紙を読んでみんなで泣いた。そういえば私は初めて息子たちの前で泣いた。こんなに涙が出るとは思わなかった。まるで12年間分の涙が一気にあふれて飛び出したみたい。私は本当にすばらしい人に出会ったんだ。最愛の人との最高に幸せな6年間の結婚生活を過ごしたんだー。

映画に出てきた車、デロリアンみたいにカッコよく飛び立ちはしないが、何か吹っ切れた私たちの気持ちは、北海道の大空に高く高く飛び立っていったような気がした。


私は長い間、夫の延命治療を中止したことに自信が持てないでいた。
本当に夫の命を終わらせてよかったのだろうかと。
でもこれでよかったんだ。
私が選んだことは間違っていなかったんだ。

Change the future!
私の未来はここから変わっていった。

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