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絶妙な決手。

ここはオープンしたばかりの映画館。


私はオープニングスタッフ…と言いたいことろだが

この映画館がオープンした半年後くらいに車の免許を取ってスタッフ募集の貼り紙をその時に見つけて応募したのだ。


家と大学に挟まれた場所にあるので学校終わりにバイトも行きやすい。そして私は何より映画が好きなのだ。


早速今日は面接という事で少し早めにやってきた。

入り口を開けるとフワ~っと流れてくるキャラメルポップコーンの香りがたまらない。

上映作品の予告や公開予定のチラシを見ながら担当者が来るのを待った。


『あ、面接で来られた方ですか?こちらにどうぞ。』


カフェのような空間が広がる場所へと案内されて座ると、スーツをビシッと着た男の人が二人目の前に座った。


『この面接用紙に記入をお願いします。』


渡された紙にはたくさんの質問事項が書いてあった。


このあたりは田舎で都心に出なければ映画館がない。

この映画館のアルバイトの競争率は、むちゃくちゃ高いという噂は聞いていた。

きっとこの用紙の書き方ひとつで落とされたりするんだろうか。

たかがバイトの面接。と余裕でやってきた自分に焦りを感じた。



事前に送っていた履歴書は、丁寧には書いたものの、茶封筒の表書きは力一体大きな文字で筆で書き(目立つように)、写真はパーマをかけた翌日だったので物凄いボリュームもそのままに、左耳には大きな輪っかのシルバーのピアスをして撮ったものだった。

履歴書を送った後に競争率の高い事を知らされたので、もう諦めていた所に面接の連絡があったのだ。


受かる基準がわからんな…。


そう思いながら、今日は出来るだけ清楚目な恰好で髪はひとつに束ねて来た。

用紙を一通り書き終えて、雑談している男性ふたりの前にスッと差し出した。


『どのセクションで働きたいかなんですが、ほんとにこの理由でこのセクションですか?』


「あ、はい。そうです。ここは綺麗な人はチケット売り場、スタイルがいい人はチケットのもぎり、笑顔が可愛いくて協調性のある人はポップコーン売り場、真面目で几帳面な人はグッツ・パンフレット売り場に配属されるらしいという噂を聞いたことあるんですが、それは本当なんですか?」


『あ、そんな噂が…。そんなつもりはないんですけど、そうなってしまいがちかもしれないですね。』


と、二人のスーツが目を合わせる。


「私は【ツナギ】が好きなので、あれを着て映画のフィルムを回す裏方の仕事がいいです。」


『はぁ…。また変わってますね。しかし、よくそのポジションと制服がツナギって事知ってますね。あんまり表には出てこない人たちですけど…。どこかで見られました?』


「前に、車で高速道路を走ってる時にここの劇場の名前の入った車がものすごいスピードで走ってるの見かけて。運転してる人が、都心の映画館からフィルムを抱えて車に積み込んでるとこも偶然みかけてたんですけど。たしかあの時、物凄い人気のアニメが早朝から上映されてる期間中で、もしかしてそのフィルムなのかな~なんて思いながら翌日こちらに映画を観に来たら、帰りがけにちょうどツナギの方が『今日の興収、俺のおかげだわ~。』って言ってるのを見かけて。それで【ツナギ】いいなと思ってたら募集の貼り紙を見かけたので、その足で履歴書を買いに行きました。」


『…なるほど!わかりました。じゃあ、この用紙を改めて見させてもらって、まだ何人か面接の予定がありますので、一週間後に合否を連絡しますね。』


「はい、よろしくお願いします。」


咄嗟に思いついたあの志望動機が良しとされたのかどうなのか…。

まぁ、事実だからこれは結果を待つしかないか。




「おつかれさまで~す。」

『お疲れ~。おい、お前持ち場行く前にこれ運ぶの一緒に手伝え!』



あの後合格の連絡があり、今はチケット売り場で働いている。


合格の決め手は何だったのか。


あの面接の時にいた、あのツナギの後部座席に乗っていたこのスーツが私のセクションのマネージャーだったので、荷物を運ぶのを手伝うついでに聞いてみようと思った。ちなみに面接よくで喋っていたもうひとりのメインのスーツはこの劇場の支配人だった。


「あの、なんで私採用になったんですか?希望の【ツナギ】じゃないのは心外なんですけど。」


『あぁ、お前?あの面接用紙にさ、好きな俳優を書いてくださいってあったろ?』


「…あぁ、ありましたね。」


『あれだよあれ。うちの劇場、それで決まるから。』


「えっ?もしかしてみんなそうなんですか?」


『これ絶対内緒な。応募多過ぎるから何で決めるかってなった時に、社員の満場一致でそうなったんだよ。』


「…来月、新作公開されますよね。」


『うちの劇場、グッズが公開前に身内で売り切れっぞ。早めにグッツ売り場の奴と友達になって目ぼしいやつ確保しとけ。ってかお前、この事絶対に誰にも言うなよ!』






嗚呼、ありがとう。

ジャッキー・チェン。

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