abiko masahiro

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映画と小説、音楽と野球。 Facebookではいろいろ書いています。noteではいまは映画についての感想などを。 月に一度、大阪で「読む前に書け」という即興創作のワークショップをやっています。

最近の記事

『デッドゾーン』/覚悟が少しも突飛に思えない(映画感想文)

昨日の一事で、クローネンバーグ監督の『デッドゾーン』(83)を観直そうと思った人は多いのでは。 ネット上でも、狙撃されたあとの現実の大統領候補者と、映画のなかの上院議員になろうとしている男の対応を比べて取り沙汰されている。 現実の対応の方が創作上のヒーロー像に近かったのはなんとも驚きだ。今件はきっと多くの人に影響を与えるに違いない、…。人びとの望む強くて臆すことなく行動する為政者のイメージが完全に出来上がってしまい、共和党は偏狭で厄介だと海のこちら側で思っている僕にさえ「いま

    • 『朽ちないサクラ』/アップデートして然るべき問題(映画感想文)

      ストーカー殺人が起こる。被害女性は所轄署へ相談し被害届も出していたが受理が遅れていた。もっとはやくに警察が対応していれば、と批判の声が上がるなか受理の遅延理由が署の慰安旅行だったこと、その事実を署は隠そうとしていたことがあかるみにでる。ある新聞社がすっぱ抜いたのだ。 警察の杜撰な対応と隠蔽を非難するクレーム電話が警察本部広報広聴課にひっきりなしに入ってくるところから、『朽ちないサクラ』(24)は始まる。 広報課に勤める主人公・森口泉は警官ではなく警察職員で、捜査の権限はない

      • 『あんのこと』/「正義」の力が弱まっている(映画感想文)

        「昔の方がよかった」「最近は恐ろしい犯罪が増えている」、と安易にいうことはできないし、そうでもないと思うのだが、ただ「正義の分量が減っている」という気はしている。かつて「正義」が持っていた力が弱まっているとでもいえばいいのか。 以前なら悪いことをした者でさえ「自分は正義に反したことをしている」という自覚があった筈なのだ。だがこの20年で「正義」は形骸化し、ただのお題目、…というよりは彼岸の他人事のようになってしまった。 理由はいろいろある。 政治のせいで人びとの心から余裕や希

        • 『関心領域』/怒りも憎しみも形骸化してしまうのか(映画感想文)

          『関心領域』(23)はポーランドに作られたアウシュビッツ強制収容所の隣に建てられた邸宅が舞台。 美しく手入れされた庭を持つ豪勢で美しいその家に住むのは、収容所所長のルドルフ・ヘスとその一家(親衛隊大将だったリヒャルト・ヘスとは別人。こちらの所長はフェルディナント・ヘスである)。 収容所の稼働が始まったのは1940年。初代所長として着任したヘスだが、このときまでナチ党のなかで要職に就いたことはない。35年頃からいくつかの強制収容所で看守、指導者を務め、そこでの管理能力を買われ

        『デッドゾーン』/覚悟が少しも突飛に思えない(映画感想文)

          『ミッシング』/人の心はまだ不完全なのかも(映画感想文)

          石原さとみ主演・吉田恵輔監督の『ミッシング』(24)を観た。 娘の美羽がある日突然失踪して3ヶ月。沙織里と夫の豊はチラシを撒きに街に立ち、情報を求め奔走するが行方は杳として知れない。警察は沙織里の思うように捜査はしてくれず、メディアも世間も関心を失っていく。頼りになるのは地元ローカルのテレビ局員の砂田だけ。砂田は心優しい実直な男で、できるかぎり娘を奪われた家族に寄り添おうとするが、局の上層部の方針に従わなければならない立場でもある。番組作りの方向性も、ときには耳目を集めるため

          『ミッシング』/人の心はまだ不完全なのかも(映画感想文)

          『猿の惑星/キングダム』/考えてもおもしろく、考えなくてもおもしろい(映画感想文)

          最初の『猿の惑星』が68年。そこから5作が73年までに撮られている。 考察として猿は黒人のメタファーなのだとか、勢力を伸ばすアジア人の脅威が比喩的に描かれているのだとかいろいろいわれている。 この68年版の映画には同名の原作小説があり、作者はピエール・ブールというフランス人。ブールは第二次世界大戦中に日本軍の捕虜となり、白人優位社会が逆転しアジア人に奴隷のように扱われた経験がある。 映画化に際してロッド・サーリングが脚本に起用されると「猿=アジア人」を直接想起させる要素は薄れ

          『猿の惑星/キングダム』/考えてもおもしろく、考えなくてもおもしろい(映画感想文)

          『正義の行方』/取返しがつかないことをする権利(映画感想文)

          92年に福岡で、登校中の女児2人が姿を消し、変わり果てた姿で発見される。 目撃証言や過去に近隣で起こった同様の事件時の捜査情報から、警察はひとりの男性を容疑者とし逮捕状の請求を決めた。だが物証が足りない。そこで現場に残されていた犯人のものと思しき血痕と容疑者男性のそれとをDNA鑑定で照合することにした。結果は「ほぼ間違いなく同一人物」、逮捕に至る。 06年に最高裁で死刑が確定。08年に執行。 死刑の確定から執行までの期間は平均すると6~8年、最近では少しはやくなり4、5年とい

          『正義の行方』/取返しがつかないことをする権利(映画感想文)

          『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』/才能と機智でたちむかうオッサン(映画感想文)

          1940年代、ハリウッドに優れた脚本家がいた。名前はダルトン・トランボ。 いくつもの映画スタジオで脚本を書き、小説も執筆。アカデミー脚色賞にもノミネートされる。43年にアメリカ共産党に入党。アメリカと戦争を強く支持する姿勢を打ち出した共産党は約8万人ともいわれる党員を擁するが、第二次世界大戦後には風向きが変わる。ハリウッドではジョン・ウェインを筆頭とする「アメリカの理想を守るための映画同盟」という組織が設立され、非米活動委員会とともに共産党員を弾圧。いわゆる「赤狩り」である。

          『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』/才能と機智でたちむかうオッサン(映画感想文)

          『アイアンクロー』/ただ人生がそこにある(だけ)(映画感想文)

          『アイアンクロー』(24)で描かれるのは、実在するプロレス一家だ。 父親は1960から70年代に活躍した伝説的プロレスラーのフリッツ・フォン・エリック。長男は幼くして亡くなったが、彼にはいまも4人の息子がいる(実際にはもうひとりいるのだが映画では構成上の変更が加えられて4人で描かれる)。 チャンピオンになった輝かしい経歴ももつフリッツは、いまは引退して自分が主催する団体と興行の場を持っている。息子たちはそれぞれ成長し、次男のケビンを筆頭にみんな優れたアスリートとなっていた。ど

          『アイアンクロー』/ただ人生がそこにある(だけ)(映画感想文)

          『オッペンハイマー』/たとえ後悔しても許さず糾弾する(映画感想文)

          ノーラン監督がオッペンハイマーを描く、主演はキリアン・マーフィーだ。そう聞けばちょっとした映画ファンなら誰しもこの映画が原爆礼賛のオッペンハイマーを英雄視した作品にはならないことは確信できた。なぜならここまでのノーラン作品を観れば彼は常に「複雑で弱い卑劣な悪役(かそれに近い役)」を監督から割り当てられていたのだから。 『バットマンビギンズ』(05)でマーフィーが演じたのはマフィアに抱き込まれた精神科医で、幻覚剤を用い悪事をはたらくスケアクロウだ。だが彼自身もその幻覚によって自

          『オッペンハイマー』/たとえ後悔しても許さず糾弾する(映画感想文)

          『デューン砂の惑星PART2』/主人公の立ち位置が変わり過ぎじゃないか問題(映画感想文)

          『デューン砂の惑星PART2』(24)はなんとも奇妙な映画だ。 この一作だけを観ればしっかり完成した作品としてみえるのだが、21年に公開された『DUNE/デューン砂の惑星』と続けて(当然だが「続き」として)みたときに、二作の間の価値観のズレが気になる。 SNSで散見される「なんとものりきれない」という違和感の表明はこのあたりにあるのでは? 主人公ポールは領主アトレイデス公爵家の長男で後継者。この公爵が、全宇宙を支配する皇帝シャッダム4世から惑星アラキスの管理権を委ねられたと

          『デューン砂の惑星PART2』/主人公の立ち位置が変わり過ぎじゃないか問題(映画感想文)

          『落下の解剖学』/不快な男を嘲笑する不快な夫婦の脚本(映画感想文)

          フランスの雪深い山稜地の別荘で暮らす妻と夫、息子。 妻はドイツ人で売れっ子作家、夫は民泊経営を(いまは)計画している専業主夫のフランス人、息子には視覚障害がある。ある日、夫がその別荘の三階から転落して死亡。自殺かと思われるも夫殺しの容疑が妻にかかる。自殺にしては不自然な要素があり、調査が進む過程で夫婦の不仲が発覚していく。 少し前から「脚本がスゲえ」と話題になっていた『落下の解剖学』(24)は23年にカンヌ国際映画祭でパルム・ドール。アカデミーで脚本賞。 謎が謎を呼ぶミステ

          『落下の解剖学』/不快な男を嘲笑する不快な夫婦の脚本(映画感想文)

          『クリスティーン』/ホラーに非ず、甘酸っぱい青春映画の変種(映画感想文)

          『クリスティーン』は原作スティーヴン・キング、監督ジョン・カーペンターで製作された83年の作品。イジメられっこで気弱な高校生アーニーが邪悪な意思を持つ自動車(58年型のプリマス・フューリー)に魅入られる。 原作者から監督から筋書きから、それだけならなにもかもがドのつく直球ホラーだが、しかし観終わってからの感想はまったく違う。設定らしきものを簡単に書いたけれど、正直なところ「?」がつく。本当にそんな話だったか? アーニーは本当に”魅入られた”のだろうか。彼にとってクリスティーン

          『クリスティーン』/ホラーに非ず、甘酸っぱい青春映画の変種(映画感想文)

          『レッド・ロケット』/滑稽な欲望が彼を前へと進ませる(映画感想文)

          『レッド・ロケット』はショーン・ベイカーの21年の監督作品。 生まれも育ちもテキサスの主人公マイキーは、故郷を捨てロスでポルノ男優になった。「ポルノ界のアカデミー賞を5回逃した」という程度に成功を収めた知る人ぞ知るポルノスターだが、理由あって落ちぶれ無一文で故郷の街へ帰ってくる。 (このあたりの説明が一切ない。監督の脚本はめちゃくちゃスタイリッシュで的確だ。このあともいろんなことに関する説明的な描写はほぼない) 泊まる家も仕事もない。結婚はしていたが、街へ出るとき妻と義母は捨

          『レッド・ロケット』/滑稽な欲望が彼を前へと進ませる(映画感想文)

          『その鼓動に耳をあてよ』/矜持と、歯止めのかからない問題(映画感想文)

          『その鼓動に耳をあてよ』(24)は東海テレビ製作のドキュメンタリー。プロデューサーは阿武野勝彦と圡方宏史。そう『さよならテレビ』(だけではないが)の二人である。今回の取材対象は名古屋掖済会病院。1948年開院の緊急病院。 もともとは船員を対象とした病院だったが、高度経済成長期に急増した自動車事故や工場での作業事故に対応するため1978年東海地方初のER(救命救急センター)を開設。診療科は36科、病床数は602。そして年間の救急車受け入れ台数は1万台。 この名古屋掖済会病院に

          『その鼓動に耳をあてよ』/矜持と、歯止めのかからない問題(映画感想文)

          2023年の映画

          2023年印象に残った映画 1.キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン 2.フェイブルマンズ 3.イノセンツ 4.福田村事件 5.winny 23年は大変豊穣な年でした。 『月』でも『春に散る』でも『ゴジラ-1.0』でも映画的興奮を味わったし、 フィンチャーもクローネンバーグも突然やってきたし。ファンとしては幸せな一年。 邦画が力を魅せつけた一年でもありました。 大きな資本力を持つスタジオではないところから、情熱を持った作品が生み出され、それが話題になった。 扱う題材ゆえ企業や

          2023年の映画