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『猿の惑星/キングダム』/考えてもおもしろく、考えなくてもおもしろい(映画感想文)
最初の『猿の惑星』が68年。そこから5作が73年までに撮られている。
考察として猿は黒人のメタファーなのだとか、勢力を伸ばすアジア人の脅威が比喩的に描かれているのだとかいろいろいわれている。
この68年版の映画には同名の原作小説があり、作者はピエール・ブールというフランス人。ブールは第二次世界大戦中に日本軍の捕虜となり、白人優位社会が逆転しアジア人に奴隷のように扱われた経験がある。
映画化に際して
『正義の行方』/取返しがつかないことをする権利(映画感想文)
92年に福岡で、登校中の女児2人が姿を消し、変わり果てた姿で発見される。
目撃証言や過去に近隣で起こった同様の事件時の捜査情報から、警察はひとりの男性を容疑者とし逮捕状の請求を決めた。だが物証が足りない。そこで現場に残されていた犯人のものと思しき血痕と容疑者男性のそれとをDNA鑑定で照合することにした。結果は「ほぼ間違いなく同一人物」、逮捕に至る。
06年に最高裁で死刑が確定。08年に執行。
死刑
『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』/才能と機智でたちむかうオッサン(映画感想文)
1940年代、ハリウッドに優れた脚本家がいた。名前はダルトン・トランボ。 いくつもの映画スタジオで脚本を書き、小説も執筆。アカデミー脚色賞にもノミネートされる。43年にアメリカ共産党に入党。アメリカと戦争を強く支持する姿勢を打ち出した共産党は約8万人ともいわれる党員を擁するが、第二次世界大戦後には風向きが変わる。ハリウッドではジョン・ウェインを筆頭とする「アメリカの理想を守るための映画同盟」という
もっとみる『アイアンクロー』/ただ人生がそこにある(だけ)(映画感想文)
『アイアンクロー』(24)で描かれるのは、実在するプロレス一家だ。
父親は1960から70年代に活躍した伝説的プロレスラーのフリッツ・フォン・エリック。長男は幼くして亡くなったが、彼にはいまも4人の息子がいる(実際にはもうひとりいるのだが映画では構成上の変更が加えられて4人で描かれる)。
チャンピオンになった輝かしい経歴ももつフリッツは、いまは引退して自分が主催する団体と興行の場を持っている。息子
『オッペンハイマー』/たとえ後悔しても許さず糾弾する(映画感想文)
ノーラン監督がオッペンハイマーを描く、主演はキリアン・マーフィーだ。そう聞けばちょっとした映画ファンなら誰しもこの映画が原爆礼賛のオッペンハイマーを英雄視した作品にはならないことは確信できた。なぜならここまでのノーラン作品を観れば彼は常に「複雑で弱い卑劣な悪役(かそれに近い役)」を監督から割り当てられていたのだから。
『バットマンビギンズ』(05)でマーフィーが演じたのはマフィアに抱き込まれた精神
『デューン砂の惑星PART2』/主人公の立ち位置が変わり過ぎじゃないか問題(映画感想文)
『デューン砂の惑星PART2』(24)はなんとも奇妙な映画だ。
この一作だけを観ればしっかり完成した作品としてみえるのだが、21年に公開された『DUNE/デューン砂の惑星』と続けて(当然だが「続き」として)みたときに、二作の間の価値観のズレが気になる。
SNSで散見される「なんとものりきれない」という違和感の表明はこのあたりにあるのでは?
主人公ポールは領主アトレイデス公爵家の長男で後継者。この
『落下の解剖学』/不快な男を嘲笑する不快な夫婦の脚本(映画感想文)
フランスの雪深い山稜地の別荘で暮らす妻と夫、息子。
妻はドイツ人で売れっ子作家、夫は民泊経営を(いまは)計画している専業主夫のフランス人、息子には視覚障害がある。ある日、夫がその別荘の三階から転落して死亡。自殺かと思われるも夫殺しの容疑が妻にかかる。自殺にしては不自然な要素があり、調査が進む過程で夫婦の不仲が発覚していく。
少し前から「脚本がスゲえ」と話題になっていた『落下の解剖学』(24)は2
『クリスティーン』/ホラーに非ず、甘酸っぱい青春映画の変種(映画感想文)
『クリスティーン』は原作スティーヴン・キング、監督ジョン・カーペンターで製作された83年の作品。イジメられっこで気弱な高校生アーニーが邪悪な意思を持つ自動車(58年型のプリマス・フューリー)に魅入られる。
原作者から監督から筋書きから、それだけならなにもかもがドのつく直球ホラーだが、しかし観終わってからの感想はまったく違う。設定らしきものを簡単に書いたけれど、正直なところ「?」がつく。本当にそんな
『レッド・ロケット』/滑稽な欲望が彼を前へと進ませる(映画感想文)
『レッド・ロケット』はショーン・ベイカーの21年の監督作品。
生まれも育ちもテキサスの主人公マイキーは、故郷を捨てロスでポルノ男優になった。「ポルノ界のアカデミー賞を5回逃した」という程度に成功を収めた知る人ぞ知るポルノスターだが、理由あって落ちぶれ無一文で故郷の街へ帰ってくる。
(このあたりの説明が一切ない。監督の脚本はめちゃくちゃスタイリッシュで的確だ。このあともいろんなことに関する説明的な描
『その鼓動に耳をあてよ』/矜持と、歯止めのかからない問題(映画感想文)
『その鼓動に耳をあてよ』(24)は東海テレビ製作のドキュメンタリー。プロデューサーは阿武野勝彦と圡方宏史。そう『さよならテレビ』(だけではないが)の二人である。今回の取材対象は名古屋掖済会病院。1948年開院の緊急病院。
もともとは船員を対象とした病院だったが、高度経済成長期に急増した自動車事故や工場での作業事故に対応するため1978年東海地方初のER(救命救急センター)を開設。診療科は36科、病
『ゴジラ-1.0』/人の知見と矜持(映画感想文)
年も明けて間もない2日に、東京・羽田空港の滑走路上で日本航空機の旅客機と海上保安庁の航空機が衝突、両機ともに炎上する事故が起こった。海保機の乗員に死者は出たが、旅客機の乗客と乗員379人は限られた時間で全員無事だった。
炎上する機体からの脱出にはスタッフの冷静で明晰な対応が大きかったと思う。日航は以前大きな事故に見舞われ、以来繰り返してはならないと引き継がれた精神性と徹底した研修との結果だろう。乗
『ティル』/カタルシスなき、正義(映画感想文)
1955年に事件はミシシッピ州で起きた。
シカゴに住んでいたアフリカ系アメリカ人のエメット・ルイス・ティルはその夏、ミシシッピ州に住む伯父一家を訪ねる。叔父は小作人だが臨時の聖職者として「伝道師」とも呼ばれてた人物で、事件のきっかけとなった日も彼は教会で説教をしていた。
シカゴとミシシッピでは黒人に対する周りの対応がまったく違う。
エメットの母親メイミーは、エメットの父親である男性と彼の不倫や暴力
『ナポレオン』/目的なき、空虚な人物(映画感想文)
ナポレオン・ボナパルトは、18世紀後半から19世紀にかけて活躍したフランスの軍人にして革命家。皇帝となりフランス第一帝政を築くもイギリスとの争いに敗れ、またロシア遠征でも失敗し失脚。凋落し、不遇の晩年を送る。
彼の功績について安易に是非を定めることはできないが、この時代のフランスには彼のような人物が必要だったのだろう。世界の行先や均衡(や倫理的な善悪)といったものに興味もなく、考えたこともなく、し