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ジュンパ・ラヒリ 『その名にちなんで』

静かに胸に染み入るような物語に、日曜の午後から真夜中まで浸りきってしまいました

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主人公のゴーゴリは、青年時代にインドからアメリカへ移住した両親の元、アメリカで生まれたインド系(ベンガル系)移民の二世

「ゴーゴリ」は父アショケの好きな作家から取った愛称ですが、その裏には父がインドを去る決意をしたある事故の記憶があります

「ゴーゴリ」という愛称で表される、インド人としてのアイデンティティーと、彼が後から自分で付けた「ニキル」という正式な名前で表される、アメリカ人としてのアイデンティティーと、その二つの狭間で揺れ動く青年の姿を、緻密な描写で丁寧に描いています。

この本の凄い所は、ゴーゴリが生まれる前の両親や生まれる瞬間から丁寧に書いていて、「ゴーゴリ」が表すものが、単にアメリカでのインド的な生活スタイルや閉鎖的な移民のコミュニティとの繋がりを示すだけでなく、父と母が異国の地で苦労して築き、彼らの未来に託そうとした思いがずっしりと伝わってくる点です。

彼が公式には"ニキル"と名乗り出してからも、父と母が彼に「ゴーゴリ」と呼びかける、その言葉一つ一つに、彼への愛情と彼の未来を願う切ない気持が込められているようで、胸が熱くなります

そして、もう一つの凄い所は、それでいて、「一周回って原点に戻る」というような図式的展開で終わらない、ということ。モウシュミとの結婚で原点回帰して完、かと思いきや、彼女は彼女なりに二つの文化の狭間での葛藤があり、やがて別の道を歩み始めます

更に言うと、こうした葛藤が伝統と合理性に挟まれた「若き青年の悩み」のような個人的で理念的な思惑にならず、二代に渡る家族の物語、として描かれていることも見事です

アメリカ生まれのインド系移民の物語なのに、なぜか懐かしさを感じます。

それは、この物語が、二つの文化を扱いながら、同時に、父母の世代と息子娘の世代を描いているから。

かつて、日本も、集団就職のような、地方と都会の二つの文化に挟まれた人々がいました。そこまで遡らずとも、僕自身の中に父母と共に暮らしていた頃と、社会人になって直接に世間の風をあびていた頃と、そして、息子が大学に挑戦しここから巣立とうとしている今とがあって、その時々に僕が受けてきた恩や愛情の温かみと、その時々に僕がやった事、やらなかった事への淡い後悔の思いとが入り混じって、顔は火照っているのに足先だけがすごく冷えているような、じっとしていられないような気持になるのです


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