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組織の問題は人と人の「間」に起きる。「THE TEAM」麻野耕司の経験則

「組織でうまくいかないことがあると、誰か特定の人に原因を求めがちですが、組織の問題は『間』に起きることが多いんです」

組織人事コンサルタントとして企業の組織変革からプロダクトの開発、投資まで手がけてきた麻野耕司さん。

かつて自ら率いるチームがまとめられず、苦しんだ経験から得たものとは。

麻野耕司(あさの・こうじ)1979年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、2003年、組織人事コンサルティング会社「リンクアンドモチベーション」入社。ベンチャー企業の組織変革や投資事業の担当役員を経て、国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」を立ち上げ。18年同社取締役。20年4月 ピープル・テック・スタジオ合同会社、株式会社ナレッジワーク代表取締役社長、ABEJA社外取締役に就任。著書に「THE TEAM 5つの法則」 (NewsPicks Book)など。


麻野:「リンクアンドモチベーション」に新卒で入って8年目、中小ベンチャー企業向けの組織人事コンサルティング部門の執行役員に、当時最年少で就きました。数十人規模のベンチャーの組織作りを支援し、1000人規模に成長するまでを見届ける仕事です。

名だたる成長企業の組織支援に携わる一方で、大きな壁にぶつかりました。企業の組織人事を支援している立場なのに、自分の部署が崩壊しかかっていたからです。顧客に組織作りをサポートしている部門なのに、自分たちの組織が作れていないなんて。適切な事業戦略を持ち込めば立て直せるはずだ、とあれこれ取り組みました。でも2年経っても回復しない。業績も低迷し、離職が止まらなかった。

そんな時期、先輩と飲みました。「事業をこうやって立て直そうと思う」と話したら「オマエの話は『やり方』ばかりや」と突っ込まれました。「そうじゃなくて『あり方』を見直せ」。グッと来ました。

「あり方を変えなあかんのか」。悶々としていたとき、本棚にしまい込んでいた『7つの習慣』をもう一度読み返しました。経営コンサルタントのスティーブン・R・コヴィーが成功した人の共通の習慣をまとめたビジネス書です。紹介された習慣のひとつが「まず理解に徹しそして理解される。(Seek first to understand, then to be understood.)」。「ああ、これか!」と思いました。

本との再会は、やはりタイミングなんでしょうね。この本を最初に読んだ大学生の時は、「まず理解に徹しそして理解される」のメッセージも「そりゃそうやろ」で終わっていた。

でも改めて読み返したときの僕は、何をやってもうまくいかず藁にもすがる気持ちでした。喉がものすごく渇いているときでないと水のありがたさが分からないように、この言葉の受け止め方も最初に読んだ時とはまったく変わっていました。

「自分はいつも理解して欲しい、理解して欲しいと思っていたけど部下の感情や心情を理解できていただろうか...できてないな」と思い直しました。

ほどなく、部署のメンバーを集めて2時間ほど話を聞きました。

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麻野:「いまどう思ってる?」と聞いても「特にないです」という最初の反応から本音を待つうち、ポツポツと出てくるようになった。「麻野さんは僕たちのことを駒だと思っていますよね」「麻野さんは私たちの話を聞くつもりはないですよね」と。

「駒だと思っていますよね」と言われた時には、「いや、そんなこと思ってない」と返しそうになりました。でも「違う、今は自分を理解してもらう時間じゃない。相手を理解する時間や」と自分に言い聞かせて「なんで駒だと思われてると思ったのかな」と問い直しました。

それまでの僕の振る舞いも反省しました。
例えば、相手の言葉をパッと遮ったり、部下との面談より顧客の訪問を優先したり。そんな態度なら、相手から「大切にされてない」と思われても仕方ない。

会議の時に相手の話を遮らない。移動の時にスマホばかり見ない。一つひとつ改めていくうち、1、2週間で職場の空気が変わっていきました。それまでは、会社でみんなに会うのが正直おっくうだったんですが、少しずつ楽しくなってきた。みんなも「これだけやってくれてるんだから、もっと麻野さんの言うことを理解しなければ」と変わってくれた。3カ月後には業績も上向き始め、半年~1年後には、前年比で130%、140%と成長が加速していきました。

この経験、組織のあり方を助言するコンサルタントの仕事にすごく生きました。経営者の孤独や葛藤といった心情も理解できるようになれたと思います。

ベンチャー企業の「壁」

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ーー組織作りにかかわるなかで、ベンチャー企業の「人・組織」の課題は何だと思いますか?
麻野:
組織でうまくいかないことがあると、誰か特定の人に原因を求めがちなのですが、組織の問題は「間」に起きることが多いんです。特定の誰かや「人」そのものに問題があるのではなく「人と人の間にある」「人と人の間をうまくつなげていないことに問題がある」と考えた方が建設的に解決しやすい。

その意味で、ベンチャー企業で問題が起きやすい「間」は、「経営層と現場」の「間」です。前職で手がけたサービス「モチベーションクラウド」でも、組織の状態を捉える項目のなかで最もスコアが悪かったのが「経営層と現場の意思疎通」「戦略目標の納得感」でした。経営層が方針や目標を掲げても、現場が「あんなの絶対無理」「経営層は全然現場のことを分かってない」となってしまうことが非常に多い。

会社にある縦と横の「2つの軸」をうまくつないでいくことが大事です。
横軸は「事業と組織」の軸。顧客に価値を提供する事業と、人材を活かす組織の2つをつなぐのがこの軸です。縦軸は「経営と現場」の軸。経営は比較的「長期」「全体」の視点で考えますが、現場は「短期」「個別」の視点で考える傾向がある。ここに乖離が起きやすい。

例えば、社長が3年後を見すえ「こんなことをやる」と言ったとき、現場は「えっ、今は目の前のことでせいいっぱいなんだけど」と抵抗する。社長は「オマエ、なんでやらへんの」と思うし現場は「社長はほんまに現場のこと分かっていない」と思う。このすれ違いの原因は、見ている時間軸が違うから起こるんですね。

こうしたすれ違いをつなぐのが、マネジメントという「行為」です。
横軸の「事業と組織」、縦軸の「経営と現場」、それぞれをつなぐ4つのマネジメント=下図が必要になります。

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経営と組織をつなぐのが「ビジョンマネジメント」。経営者が「こんなことをやるぞ」と長期的に組織が目指す姿を示す行為です。

「実現のための戦略はこうなってるよ」と経営と事業をつなぐのが「戦略マネジメント」。会社として誰にどんな価値を提供するのか、外部環境にどう適応するのか、業務プロセスをどう組み立てるのかを示す行為です。

「戦略が実行されているかどうかの指標はこれだよ」と現場と事業をつなぐのが、「PDCAマネジメント」。戦略実行のために日々問題解決を繰り返す行為です。

最後は、「実行のためにメンバーの能力をこうして高めていく(評価する)よ」と現場と組織をつなぐ「メンバーマネジメント」。

この4つのマネジメントが「ビジョン」「戦略」「PDCA」「メンバー」という順につながるメカニズムを作れるかがベンチャー企業ではカギになります。

特に社員数が50~100人の規模が結構大変で、「50人の壁」「100人の壁」と言われるほどです。50人までは創業メンバーと一部のプレイヤーの腕力でできてしまう。例えば役員が3人いたら、10人強ずつ部下を見ればなんとか前に進める。でも50人を超すとそれまでのキャパシティも越えます。「あれ?今までうまくいってたのに、なんかうまく行かない」と感じるようになる。逆にそのステージを超えたら安定して組織運営しやすくなる。

「壁」を越えるにはミドルマネジャーが不可欠です。ミドルマネジャーを置かない組織は、組織運営が物理的にできなくなります。

メンバーの増え方と人同士のつながりを指す「コミュニケーションライン」の増え方は違います。10人のチームのコミュニケーションラインは45本。これが100人になったら?コミュニケーションラインは4950本になる。これだけの量のコミュニケーションラインをトップ層だけでなんとかしようとしたら崩壊してしまう。だからミドルマネジャーが必要です。Googleもかつてマネジャーを全廃するという実験をしましたが、組織がうまく運営できなくなり、マネジャーの重要性を再認識して復活させています。

「多様性」と「コミュニケーション」をめぐる誤解

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ーー 著書「THE TEAM 5つの法則」で、組織への思い込みに疑問を投げかけています。そうした思い込みは、なぜ生まれるのでしょうか?
私たちには様々な社会通念が埋め込まれています。事業や業績はロジックやデータでとらえられてきましたが、組織やチームは目に見えづらく体系的に学ぶ機会も乏しいので、感覚的に語られやすい。それが思い込みを助長してきたと思います。だから『THE TEAM』で「組織やチームを国語ではなくて算数で解こう 」と伝えようとしました。特定のアプローチが「正解」なのではなく組織やチームにあったアプローチを考えて選び取る方法を勧めています。

ーー 「多様なメンバーがいるチームが良いチームだ」という考えへの指摘が、なかでも印象的でした。
麻野:
この考えが必ずしも間違っているわけではないのですが、多様性には状況によってメリットとデメリットの両面があります。環境の変化や人材の連携の度合いは組織によって違います。それによって求められる多様性と均一性の度合いは異なります。大事なのはそれぞれの組織にとっての「適切」な多様性を受け入れることです。

日本の大企業の役員に多いのは、全員が男性×新卒×高年齢。明らかに均質すぎて多様性が足りません。ですが、こうした大企業に必要な「ダイバーシティ」を、そのままベンチャー企業でやろうとするとうまくいかないことが多い。

なぜかというと、ベンチャー企業はそもそも多様性の塊だからです。全員中途採用で、全く異なるバックグラウンドを持つ人たちが集まっていることが多い。多様すぎるがゆえに「話が噛み合わへん」と互いが思うこともよく起きます。だからこそ「自分たちの共通の価値観」つまりビジョンを打ち出し、その共通の価値観に共感する人たちが集まる、という「均質性」の方向にあえて持っていき、適切な多様性を目指す必要も出てきます。

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ーー 「チームにはコミュニケーションが多ければ多い方が良い」という考えにも切り込んでいました。
麻野:
コミュニケーションの量も「最適化」が大切です。最適化に重要なのはルールづくりです。ルールのない組織は、すべてをコミュニケーションで解決しようとするから時間がかかります。

サッカーの試合でフリーキックを蹴る時、毎回選手が集まって「今回どうやって蹴る?」と話し合っていたら、蹴るまでにかなり時間がかかりますよね。時間を節約するには状況に応じたパターンをある程度は決めているはずです。

逆に過度にルールに依存していると臨機応変に状況に対応できないし、危険な面もある。なので、適度なルールと最適なコミュニケーション量に収束させることが重要なんです。

ーー 「モチベーションの有無は自分次第」という考え方もあると思います。
麻野:
人間は、他者や事象との関係の中で物事を認識します。だから、自分一人で完全なモチベーションを保つなんてことはできません。「あなたのモチベーションも、世の中との関わりの中で、時に誰かの支えの中で成り立っている」と言いたい。もちろん、どう世界とかかわるのかは自分次第の部分もありますが、自らの気の持ちようだけで決まるわけではないと認識することが大事です。

もしモチベーションが下がってしまった若手メンバーがいたら、僕なら「頑張ってモチベーションを自分で上げなさい」と言うでしょう。でも、そのマネジャーには「マネジャーとして、メンバーのモチベーションを上げなさい」と言うでしょう。これは、決してトレードオフにならないんですよ。

どんな組織でも、自らキャリアを切り開いていけるプロフェッショナルを目指せればベストです。一方で、組織はどんな個人でもモチベーションが高められるようなチームを作っていかないといけない。つまり、個人と組織、両方が高め合うことが大事なんですよね。

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取材・文:高橋真寿美、錦光山雅子  撮影:川しまゆうこ

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