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危機と科学とアート 〜映画『Don’t Look Up』より〜


1. 危機への「認識」と科学

映画『Don't Look Up』

危機を認識するためには、科学が必須。

外敵・自然災害・感染症・気候危機・事故など、その脅威がなんであれ、迫り来る脅威の能力や動態といった情報を把握したり、対抗するための手段を研究・開発・実装するためには、科学的知識が必須なのです。

それを面白おかしく描いたのが、Netflixが製作したコメディ映画『Don't Look Up』(2021年)。地球に彗星が衝突して破滅するというテーマです。

科学者が警鐘を鳴らした遥か彼方の宇宙空間から飛来する彗星の存在を信じ、上空を見上げて(Look up)注視する「科学を信ずる者」(Look uppers)と、その存在をフェイクニュースとして切り捨てて上空を見上げずに過ごす「科学を信じない者」(Don’t look uppers)の政治的対立が描かれています。

エンタメとして面白いのはもちろんのこと、2016年の米国トランプ大統領当選の頃から深刻化し始めた「Us vs Them」(こちら側 対 あちら側)という米国の政治的分断の構図も感じ取ることができます。

また、ちょうどCOVID-19パンデミックの最中に放映されたことから、ワクチンを初め科学を巡る様々な論争に対して暗に警鐘を鳴らす意図もあったのではないかと想像します。

映画『不都合な真実』

科学の重要性は、以下の論考でもご紹介した、ドキュメンタリー映画『不都合な真実』(2006年)でも強調されています。

アメリカのクリントン政権時の副大統領で、民主党の大統領候補として共和党のブッシュ大統領と大統領選挙を闘ったアル・ゴアが、自ら世界中を飛び回り、気候変動という不都合な真実を「危機」と認識することを長年に渡って説いてきた活動の記録です。

アル・ゴアは、危機への「認識」と科学について、以下のように述べています。

我々人間に求められているのは、「優れた研究者から警告が発せられた時、如何に対応するか」です。
(中略)
第二次世界大戦前の1936年にチャーチルが述べたように、優柔不断や中途半端な行動、その場しのぎや先送りの時代は終わりつつある。重大な影響ある行動を起こす時代だ。
(The Era of procrastination, of half-measures, of soothing and baffling expedients, of delays, is coming to its close. In its place, we are entering a period of consequences. (November 12, 1936)) 

映画『不都合な真実』(2006年)

2. 危機への「対応」とアート

運用術(アート)

危機への「認識」に科学は必須ですが、危機への「対応」においては、科学は単なる一要素に過ぎません。

危機に際し、多くの人・組織・モノ・資金を動員し、複雑に組み合わせて対応することから、「危機管理活動という営みは、科学ではない。アート(運用術)である」という理解が必要です。

しかし、国家的危機管理を担う政治家も、官僚も、危機管理活動の「アート」(運用術)に関するそもそもの基礎知識に欠けているのが実情です。

これは、政治家や官僚が怠惰なのではなく、国会や政府のシステムの問題です。

従来より、日本政府は、官僚一人一人に対して充実した教育訓練を提供する体制自体を有していません(自衛官・警察官・消防官は別)。その必要性すら意識してこなかったと言っても過言ではないのではないでしょうか。

また、国会議員も同様です。危機管理に関する教育訓練を受けたことのない大半の国会議員の中には、危機の最中にもかかわらず、今まさに国民の命を救うべく危機対応を行なっている官僚に対し、的外れな意見や質問を投げかけて時間を浪費させ、危機対応に支障をきたす場合もあり、批判されることがあります。

危機管理を担う政治家の資質

国会議員の最も重要な仕事の一つは、国家の安全保障・危機管理です。

例えば、軍の最高司令官(Commander in Chief)の任も負う米国大統領は、軍歴がないと務まらない(国の安全保障・危機管理の実務経験がないと務まらない)と言われていた時期がありました。

我が国のとある元防衛大臣も「統制の主体である政治家は法律、人員、装備、運用の全てを理解していないと、いざというとき責任を果たせない」と述べています。

この言葉のとおり、安全保障・危機管理の責務を追う政治家は、危機管理活動の「アート」(運用術)を理解していなければならないのでしょう。

3. 国会議員等への教育訓練

国家的脅威から我々国民を守る戦略を立案し、事態対処を遂行するのは、ミリタリー領域では自衛官、シビリアン領域では一般の官僚です。さらに、それらに関わる法を制定し、閣僚として政府を率いるのは、国会議員です。

私は一国民として、一般の官僚にも、国会議員にも、危機管理に関する高い見識や能力を保持し、高い練度を維持していて欲しいと願っています。

そのためには、科学とアート(運用術)の双方を理解し精通している必要があるでしょう。

国家の安全保障・危機管理を担う政治家・官僚・自治体職員に対し、危機管理に関する教育訓練を義務化する。それによって、全国共通の知的基盤を構築したいと考えます。

危機管理に関する政治家・官僚・自治体職員の練度の高低は、国民の安全に直結しています。政治家・官僚・自治体職員の危機管理トレーニングに予算を投資することが必要です。

4. おまけ

映画『Don't Look Up』で「科学を信ずる者」(Look upper)の歌手役として出演しているAriana Grandeの「Just Look Up」は、単純に曲として最高です。歌詞の以下の部分も、訴えかけるものがあります。

Listen to the goddamn qualified scientists…You can act like everything is alright. But this is probably happening in real time. Celebrate or cry or pray, whatever it takes to get you through the mess that we made 'cause tomorrow may never come.

Just Look Up (Ariana Grande & Kid Cudi)

以上


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