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別れの春、人生の糧に。


この前、某病院某ドクターの無慈悲な診察によって、ひとりの純粋無垢な大学生が赤っ恥をかいた話をみなさんに聞いてもらった。
(コメントしてくださった方々、ありがとうございました。面白かったです。笑)



この話を書くにあたって過去の記憶をぐるぐると遡っていたところ、またしても病院にまつわる話と、通学中にお漏らししてわずかにあった尊厳を京都駅に落っことした話を思い出したので、ついでに前者をnoteに投稿させていただく。お漏らしみたいな下品な話は書かないことにした。



※※※


皆さんは自分の大事な何かとの別れがやってきた時、必死になって止めるのか、あるいは、これも運命と諦めるのか、どちらでしょうか?

僕はこれまで、いつも諦めて引き留めることをしなかった。学園祭マジックで付き合った彼女に振られた時、部活の友達が怪我をして部を辞めた時。

引き留めるのがダサいと思っていたのか、何ともないフリをして動かなかった。

しかし思い返せば、この時だけは、全身全霊をかけて、手を伸ばして彼を引き止めようとしたのだ。


※※※

僕は自他共に認めるびびりだ。

学校の先生に怒られることはしないし、ジェットコースターもお化け屋敷もNG。健康診断で採血が控えているとわかれば、直前の血圧測定で135を叩き出す。

そんな性分なもので、できる限り怖いことは避けてきた。

しかし、人生、避けられない恐怖もある。

何らストレスもなく北山の下宿で呑気に自堕落を極めていたところ、ある日を境にやたらと奥歯が痛むようになった。


これはいかんと看護学生の彼女に相談してみると、「虫歯をほっといたら抜歯することになるで。麻酔なんかせんとペンチでグイッやで。血ぃだらだらやで。」と脅されてしまい、涙ながらに歯医者の予約を取った。

病院に行くのだって当然に怖いが、放っておいたら歯をペンチで引っこ抜かれてしまう。そんな鬼の所業に耐えられるわけもない。
隠して後で大激怒されるくらいならば、自分から父親に赤点のテストを見せに行く方を選ぶ中学生と同じ境遇である。


冷静に考えればそんなのは彼女の嘘八百で、21世紀の現代にそんな荒療治があるわけもないのだが、当時の自分は恐怖センサーが振り切って冷静な判断が出来なかった。(20世紀だって19世紀だって麻酔はしてたんじゃなかろうか。) 


さあ、いざ腹を括って診察室へ入る。
症状の聞き取りもそこそこに、歯のレントゲンを撮ったり何だか妙に鉄の味がする器具を口内に突っ込まれたりと検査を受けた。


てっきり虫歯とばかり決めつけていたが、医者曰く、奥に生えた親知らずが隣の歯を押しているとのことだった。

診察結果を聞いて拍子抜けした。
なんだ、歯を削る的な虫歯の治療を受けなくて良いのか〜、と安堵する。

しかし、ドクターの口から思わぬことぱ飛び出した。

「重松くん。これ抜いとこうね。」


!!

抜歯!!?

虫歯じゃないのに!!?

ペンチのやつ!?血ぃだらだらのやつ!?

にわかに体が震え始める。

どうやら歯科学的に、変に生えた親知らずは抜いた方がいいよとなっているようだ。
磨きにくく虫歯になりやすいし、今回のように別の歯を押して痛みを生じさせることがある。
加えて、若いうちに抜く方が体へのダメージが少なく済むらしい。

無論、医師の説明を聞いたところで抜きたいはずもない。全くもって触ってほしくない。
かと言って、ビビり極まりない性分なので、医学のプロに抜いた方が良いと診断された歯を放って置けるほど肝も据わっていない。

半ば逆ギレしているかのような口調で抜歯の日を取り決めた。


親知らずの抜歯は、その歯が上の歯か下の歯かで治療方法を変えるらしい。
下の歯の場合は、往々にして顎や歯茎に埋まっているため、歯茎をメスで切りつけて取り出すそうだ。
それを聞いて戦々恐々とした。
そうして、プリントで指を切っただけでも涙目になるんだから、そんな拷問耐えられません!と言い放ってやった。

奇跡的に僕は上から生えていたので、刃物で切り付けられずに済んだ。
この時ばかりは平安神宮の神に感謝の祈りを捧げたものだ。



抜歯のシーンはなかなかにグロテスクなので割愛するが、バキッ!だとか、ボキッ!とかとにかくそんな音が脳天に響いたことだけお伝えしておこう。


さあ、長々と駄文を書き連ねてしまったが、問題はここからだ。
冒頭に触れた別れについて、この先にやってきてしまう。


抜歯後、医者にはうがいをするなと口を酸っぱくして言われた。
歯を無理やり抜いたので歯茎には傷ができているし、うがいは傷の治りを阻害するらしい。


医者に言われたアドバイスは何が何でも守る。
僕はそういう人間だ。
この日を境に、左奥の歯茎に細心の注意を払って生活することになった。

舌で触ってみると、たしかに親知らずを抜いた跡に何かプニプニしたものが詰まっている。
ネットを検索して調べたところ、そのプニプニは体の繊維の集まりで、これが歯茎の穴を塞ぐことがわかった。


そう思うとより一層気が引き締まる。
うがいはダメ。うがいはダメ。うがいはダメ。



皆さんのことならばもう展開が読めていらっしゃることかと思いますが、そうです、わたくし重松、うがいしました。


若干の寝坊に飛び起き、寝ぼけ眼に歯ブラシを突っ込んで歯磨きをしたところ、何の迷いもなく全力のうがいをかまして吐き出したのだ。

やってしまった!と思うと同時に、明らかに赤い塊が口から旅立っていくのが見えた。

その赤を視界に捉えるやいなや、さっきまで寝ぼけていた頭がぐるぐると回転して、あれは歯茎に詰まっていたプニプニだと理解する。

吐き出してしまった自分と、排水溝を目指してするすると流れていく赤玉。

唐突に訪れた別れに際し、僕は必死に手を伸ばした。

今更救出したところで、じゃあもう一回歯茎にセットしましょか、とはならないのだが、とにかく離れたくないという一心で追いかけた。


諦めたくない。今までみたいに別れを受け入れるだけなんて嫌なんだ。

結局、想いよ届けと伸ばした右手も虚しく、赤玉は流れていってしまった。
しかし、自分が別れに対してアクションを取れたということは、とても成長を感じられる出来事であっただろう。

良かった良かった。

ちなみに歯茎については良いことなど一つもなく、流れ出た赤玉の跡にはぽっかりと穴が空き、まじで1年くらいは埋まらなかったです。

皆さん親知らず抜いたらうがいはやめましょうね。






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