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7章 魔力と意識エネルギー


薄暗い廊下では、いくつかのランプの明かりが移動する様子と、人影があり、
ゆっくりと静かになっていきそうな消灯前の雰囲気にあった。

そんな微妙に人気のある廊下で、2名の生徒がひそひそと話していた。

「ちょっと目立ちすぎたんじゃないかしら。」
気弱にそう言ったのは、涙ほくろのある女の子、ジャスミンであった。

「おかげで、用務員の顔と名前が割れたからいいんだ。」
そう言い聞かせるように言ったのは、
、、エヴァン

公国側のジャスミンと、帝国側のエヴァン。
何故か2人が組み、良からぬことを企んでいる、、、。

「何もあんなやり方じゃなくても、他に方法はあったはずだよ。
それに案外社交的だし、何もしなくても分かったかもしれない。」

ジャスミンが不安げに言ったが、
その言葉には答えずにエヴァンが声を押し殺して威圧した。

「いいか!?お前がラベンダー・スミスに話すんだ。
何だかんだ、魔物の中じゃ、あいつが1番怒らせると厄介なんだ。」

「何で私が?
いやよ。」

ジャスミンが言うと、エヴァンは苛ついたように壁を蹴った。

「あいつにとって、お前の見た目と演技が弱く見えたからだろうが。」

「演技なんかじゃないじゃない。
いつでも、私はあなたにびくびくしているんだから。」

ジャスミンが愚痴を溢すと、エヴァンが静かに恫喝した。

「話を脱線させるな!
要は、ニンジンで吊って長老に会わせることだ。」

ジャスミンが、弱々しく反論した。
「ゴルテス様が、学園の存続を約束してくださるだなんて話、ラベンダー・スミスが信じると思う?
今現在開校したばかりなのに、時間稼ぎだけの開校だなんて、そんなの信じるわけ?」

「閉鎖されれば、ますますここの魔物は、廃れていく。
その恐怖を煽るんだ。
もう1000年もここに閉じ込められてるんだぞ?
魔物は死ぬことも出来ず、荒んだ姿になっていくんだ。
それを長いこと見てきたあいつの心など、簡単に揺さぶれる。」

「そんなに上手くいくかな。」
ジャスミンが、不安げに言ったとき、2人は足元の水に気づいた。

廊下には、いつの間にか、一筋の水が流れている。

「何よ、これ、、、。」
ジャスミンが顔を強ばらせた。

エヴァンも、引きつった顔でジャスミンを見る。

水の流れは次第に速くなっていく。

非常にまずい状況にあることは、動物的直感で分かった。

「ギャー!!!!!!!!!!!」

耳をつんざくような叫び声が響きわたった。

2人は恐る恐る、声の方に顔を向ける。

悪い直感は往々にして当たるものだ。

生徒の1人が、水の中からのぞく何かに引っ張られていた。

それは、巨大な魚だった。
人1人分もありそうなほどに、、、。

魚は、浅い水流から不自然に顔を出し、まるで体半分地面に潜っているかのようだった。

その時、廊下突き当たりから、飛んでくるように誰かがやって来た。

紫髪の女の子、用務員のラベンダーだ。

彼女は、作業着のベルトにつけている叩きを抜いて、魚の頭を棒で突き刺した。

生徒を助け出す為に、、、
言葉では擁護していた魔物を、
容赦なく叩き潰しているのだ。

しつこく放さない魚を何度も何度も刺す。

すると遂に魚は、遂に力尽きたのか、口を開いて生徒の手を放し、
水の中へと姿を眩ました。

それと同時に、水かさと水流は加速度的に増していき、あっという間に、用水路のようになってしまった。

幸い、ジャスミンとエヴァンの2人が立っている位置は、水路添いの道のようになっていた。

まだ残っていた数人の生徒は、恐怖で固まり、動けないでいる。

ラベンダーは、叩きを生徒たちに向けて言った。
「早く部屋に入って!
ここの魔物は、時々生徒を襲うから!」

用水路の中を泳ぐ、黒くて大きな影を見て、ジャスミンもエヴァンも我先にと部屋に走った。


フランチェスカの手紙

『帝国のヴァイオレット陛下、ご機嫌麗しゅう。

先日、魔物が生徒を襲いました。

ご存知かと思いますが、ギャラクシアの魔物は、元人間です。
肉体がありながら、学園の牢獄に閉じ込められ、死ぬに死ねないのです。

気が触れておかしくなった者もいますし、自分は魚だと思い込み、本当に魚だとになってしまった者もいます。

ですので、被験体にします。
人間の体を被った魔人です。
物理的な実験で、魔法の謎について手がかりを掴むことが出来るかもしれません。

とても、興味をそそられる実験ですこと
結果を楽しみにしていてくださいね。

魔物を眠らせる手段はありませんので、危険な実験になりますが、学生の助手をつけます。

しかし、何もお気になさらないで。

陛下の管轄なさる学園が危険なのですから、わたくしが何をしても、しなくても、学生は常に危険にさらされているのですからね。

ますますのご健勝と発展をお祈りしています。
公国の研究長、フランチェスカより』

宮殿の王座で、ヴァイオレットは手紙を握りしめていた。

「開校を迫ったのは、公国側でしょ!」
暖炉に手紙を投げこんだ時、ノック音がした。

ヴァイオレットは、落ち着きを取り戻すと、「入りなさい」と返した。

入室許可を得て、王室の扉が開き、不穏な様子の者たちが入ってきた。

謎の男を捉えた2人の軍人を引き連れてやって来たのは、公国側のリー大佐。
今や、帝国民と公国民は混じりあっており、まるで1つの国のようである。

「皇帝陛下」
と言って大佐は、膝をついて頭をさげる。

「この者は、宮殿に侵入し、護衛を殺しました。」

彼が示す「この者」とは、両腕を拘束された、小汚ない髪をした男であった。

ヴァイオレットは、立ち上がり、見下ろして言った。
「あなた、名前は?
ゴルテスの差し金でしょう!」

男は下品に笑って言った。
「ゴルテス?
誰だそれは。
名前?
そんなもんは忘れたね」

ヴァイオレットの顔はみるみる内に憤怒の表情になり、その様子を楽しむかのように男はにやりと笑っていた。

「直ちにこの不届き者を監禁して尋問しなさい!!!
その後に処刑します!」
ヴァイオレットは、男に向かって指を指しながら叫んだ。

「承知いたしました。」

「ギャラクシアの牢獄に送り込んでください。
牢獄の壁の魔法が、真実を吐かせるか試します。」

「承知致しました。」
リー大佐は命を受け、目で配下を促した。

軍人らと、それに囚われた囚人は部屋から消え去った。


意識エネルギー

ギャラクシア学園の図書館は、とても壮麗な作りをしていた。

外に面する壁は、全面が窓ガラスとなっており、天井には大きなシャンデリアが吊り下げられている。

吹き抜けの2階からは、立ち並ぶ高い本棚が俯瞰出来る開放的な造りだ。

エリカは、本棚を眺めながら、手がかりになる書物はないか探していた。

すると、ふと、見覚えのある人影が通りすぎていったことに気づく。

見ると、本を乗せたワゴンを引き、叩きを手にした紫髪の女の子の後ろ姿が見えた。

用務員のラベンダーだ。

「ラベンダーさん。」
エリカが後ろから声をかけると、彼女は、にこっと、いつもの爽やかな笑みを浮かべた。
「、、、エリカさん?」

エリカは「はい」と頷くと、問いかけた。
「ラベンダーさん、教えてください!
長老と言われる魔物はどこですか?」

「随分、単刀直入に聞くね。」
ラベンダーは、にこっとした特有の笑顔を少し硬直させると、首を横にふって、ワゴンを引いて行ってしまった。

エリカは後を追いかけながら聞き出そうとする。
「知っているんですよね?
魔法の歴史なら何でも知ってる魔物、長老を。」

ラベンダーは、今度はワゴンを止めると、叩きで掃除を始めた。

「彼はとても気難しい性格だからね。」
そう言うと、エリカを見た。
「ていうか、何が聞きたいの?」

「あ、あの、、、」
勝ち気な顔に似合わない動揺ぶりを示す。

その様子を見てラベンダーは肩をすくめて言った。
「そんな様子じゃだめだよ。
絶対に逆鱗に触れる。」

しかし、彼女は急に思い起こしたように、エリカの肩を引き寄せた。
それから、声を潜めて言う。
「魔法を扱う仕組み、知ってる、、、?」

「仕組み、、、?」
エリカは眉をひそめた。

フランチェスカ先生の、魔法物理学についての話を思い出す。

魔法物理学を理解すれば魔法を扱えるはず。。。
確かそれは、通常の人間では理解出来ない4次元計算により、成り立っていると、フランチェスカは言っていた。

「4次元計算により、物理エネルギーを思い通りに使うのでしょう?」
エリカが記憶を辿りながら言った。

「そのエネルギーはどこから来るの?」
ラベンダーの言葉にハッとさせられる。

「・・・」
何も答えられないでいると、ラベンダーが答えた。
「意識エネルギーだよ。
電磁波に変えて、物理的なエネルギーとして扱えるようにするんだよ。」

「それも、4次元計算で可能になるのでしょう?」

「違うよ。
さすがにその原理を計算で証明することは出来ないよ。
でも、方法論だけなら分かってる。
それは、意識の強化。
強い意識を持てば誰でもエネルギーは産み出せるの、、、。
それが、魔力、、、。
魔法は、魔力を自在に使いこなす技術だから、意味が少し違うの。

それを思い通りに使えるかは4次元認知にかかっているけどね。

だから、4次元計算が出来ないものが魔力をもってしまったら、破壊行為にしか使えないの。」

エリカの顔は、次第に険しくなっていた。
新たなる情報に頭の中がこんがらかる。

「つまり、4次元認知を持ち、4次元計算が出来る魔族しか、魔力を自在に操ることが出来ないけれど、
魔力自体は誰もが産み出せる可能性を秘めているということですか?」
整理するように、ラベンダーに尋ねる。

「その通り。
でも、コントロール出来ない魔力は、単純な力の発散しか出来ないの。
破壊行為とかね。」

「そんな、、、。
強い意識を持つだけで、魔法が使えるならば、今頃、世界は破滅してしまっているはず。」

「だから、普通の人間には決して真似出来ない。」

「どうやって、、、それを可能にするのです?」

「それはね、、、」
ラベンダーの言葉を待ち、エリカは息を呑んだ。

「やっぱり教えない。」

、、、
エリカは怪訝な顔をした。

「なぜです?
ここまで言ったならば話してください。」

「気が変わったの。」
そう言ったラベンダーは、いつもの明るいラベンダーであった。

「へ?
気を戻してください!」
エリカは憤りの表情を見せた。

「知ったならば、追われる立場になるよ
血眼になってね。」
明るい調子を崩さぬまま、さらっと恐ろしいことを言ったラベンダー。

しかし、エリカは好奇心が勝っていた。
「それでもいいです!」

「つい話しちゃったあたしが悪いね。」

これ以上教えてくれそうにないラベンダーに、エリカは折れた。

「ま、気休めにこれをあげるから許して。」
彼女がそう言って渡してくれたのは、『魔法と魔物の百科事典』だった。
手帳のような手頃さだが、見たところ、子ども向けの絵本だ。
エリカは、ため息をつきつつ胸ポケットにしまった。

次にラベンダーを引き留めたのはジャスミンだった。

「あ、あのー、ラベンダーさん?」
背後からそっと声をかけるジャスミン。

涙ほくろの気弱そうな女の子を見て、ラベンダーはにこっと笑って答えた。
「ジャスミンさんだっけ?
何か用?」

ジャスミンが尋ねた。
「この学園で、1番人に近い形の魔物は誰でしょうか?」

「うーん、、、あたしかな、、、?
何で?」
ラベンダーが質問の理由を尋ねた。

「あー、、、あの、ここの魔物さんたちと、まずは人に近い方から、仲良くしたいなと思いまして。」

ジャスミンの言葉に、ラベンダーは叩きを自身に示して言った。

「あたしがいるじゃん。
というのは置いといて、難しい質問ね。」

ラベンダーは考えるように言った。
「ここの魔物、本当に、人の心忘れてきているからね。
でも、強いて言うなら、姿形だけなら、厨房の料理人かな。
あんたを突き飛ばした男の子が、ムダにした料理を作った魔物だよ。」

「そ、そうなんですね。
ありがとうございます。」
ジャスミンは頭を下げた。


閲覧禁止区域

エリカは、図書館でまだ粘っていた。

本棚の間を掻い潜りながらそれらしき文献を探す。
気づくと、図書館のだいぶ奥まできていた。

今日のとこは諦めようと顔をあげた時、
鉄格子で封鎖された異質な空間が目に入った。
そこから先は照明がなく暗い。
手前の方は、こちらからの照明が差し込み薄暗く、立ち並ぶ本棚が見えた。
奥は暗闇で、どのくらいの広さがあるか見当もつかない。

「エリカちゃん、どうしたの、、、?」

ふいに背後から声をかけられる。

不気味な空間を前にしていたので、一瞬ドキッとしたが、癒しのマーシャの声だと気づいた。

振り返って聞く。
「ここは何なの?」

「そこは、閲覧禁止の棚だよ。
それに、外の禁止領域に繋がってるから危険だよ。」
マーシャの言葉に、エリカの目付きが変わった。

禁止領域に繋がる閲覧禁止エリア、、、。

”ここに何かが秘められているかもしれない。”

そんなエリカの様子を見て、マーシャが遠慮がちに尋ねた。
「もしかして、、、長老のことについて調べてるの?」

「、、、知ってるの!?」

焦る様子のエリカを宥めるようにマーシャは言った。
「みんな噂してるよ。」

それから、手にしていた本を広げた。
「私も気になって調べてみたら、長老について書いてある文献があったよ。」

マーシャの言葉に、エリカは呆気に取られた。
根気よく探していけば、普通に見つかるものだ。

「ここだよ。」
マーシャは、広げた本の一ヶ所を指で示した。

そこには、確かに記載があった。
しかし、たった二行だけ、、、。

『長老とは、######
彼は人間をアリのようだと形容している。』

しかも、古い文献なのか文字は薄く、一部は完全に消えかかり、解読出来なかった。

「了解です、、、。」

エリカが力なく言うと、マーシャが笑った。
「文字化けや穴空きは、ミステリー小説のお決まりだよね。」

「ここは小説の世界じゃないしそれに、
揶揄しないではっきりと書いてください!
メイデン・ギャラクシアさん!」

エリカは文献を睨み付けて、引用元の作者に向かって言った。

皇族のミドルネームとサードネイム、、、。
ギャラクシアから魔族が生まれたようなものだ。

著者が皇族関係者でも何ら不思議はない 。

「揶揄じゃなく、人間への嘲笑かもしれないけどね。」
エリカはそう付け加えた。

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