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12章 別宇宙の階段


料理当番


フランチェスカ、エリカ、マリアは、大食堂を歩いていた。

みな食事をしている中で、3人は真っ直ぐに厨房へ向かう。

厨房からは、あくせくしながら料理を運ぶ、白衣とコック帽姿のラベンダーが出てきた。

ラベンダーは、3人の姿を見つけると言った。

「あら、フランチェスカ研究長。
何かご用なら後にしてください!
シェフがいなくなったから大変なんです
用務員に料理人に、、、!
学園が開校してから大忙しなんです!」

心なしか嬉しそうに見える。

フランチェスカは笑顔で優しげに言った。
「ですから、お手伝いしに来たのです」

「じゃ、お願いします。
ポタージュ切らしているので。」
ラベンダーはにこっと笑って、食堂の方へ行ってしまった。

3人は、彼女とは反対方向に歩いていき、厨房に入っていった。

厨房は、シェフがいた頃の様相とはまるっきり変わっていた。
初めて厨房に入った3人は、変わったことには気づかなかったが、
ギャラクシアにしては意外なほどに温かみのある作りをしていることに若干驚いていた。

レンガ作りの民家のように、大きめの窓から光が差し込み、壁際には、キッチンの他に、洒落た戸棚やオブジェがあった。

部屋の端では、食器洗浄機のようなものがあり、トレーや食器が水の中で蠢いている。
恐らく、機械でなく魔法だろう。

ただ1つだけ異様な箇所がある。

部屋の中央に、螺旋階段があるのだ。

みな、その階段に怪奇な目線を送りながらも、特段気に止めることもしなかった。
良くも悪くも、ギャラクシアの奇妙な光景に慣れつつあるのかもしれない。

今、厨房は、3人以外に誰もいない。
休日は料理当番がいないので、厨房を仕切る人間がラベンダーだけになるのだ。

「お料理しながら、宝探しです」
フランチェスカは、妙に楽しげな言い方をすると、
柱に留めてある調理指示書に目を通した。

そして、「まぁ大変。」と目をしばたかせる。
「魔族か魔物以外は手作業で料理しなきゃなりませんよ。」
と機嫌良く言った。

「探し物には好都合ですね。」
エリカが苦笑して言う。

フランチェスカは、くすりと笑うと、
「お二方は下処理お願いしますよ。」と、指示書を指し示しながら、料理長を気取った。

魔法写実画の捜索開始である。

エリカとマリアは、篭から取り出したジャガイモをひたすら切っていき、
は、料理のりょの字さえも興味を示さずに、
大胆に戸棚を次々と開けて、隅々に目を行き渡らせていく。

料理物探しに勤しんでいると、
ラベンダーが入ってきた。

皆が自身の作業を行いつつラベンダーに注意を払う中、
彼女は、忙しげに厨房を通過していく。

そして、戸口を開け、外にある小さな畑に入っていった。

ラベンダーが籠に野菜を入れていくのを窓から見て、
エリカは「手伝ってきます」と言って外に出た。

畑は小さかったが、大食堂を支えるくらいの量や種類の野菜があることに、エリカは若干驚く。

収穫してもしても、次々と野菜が出てくるのだ。

魔法の畑である。

エリカも、人参を引っこ抜いて、ラベンダーが持つ籠に入れた。

「この厨房は、料理人の心で姿形を変えるんだ。
あのシェフが肉体に囚われていた時は、すごい気味悪い厨房だったんだよ。」

そう言ったラベンダーの顔は少しだけ寂しげだったが、それ以上に晴れ晴れとしてきた。

エリカは、思いきって聞いた。
「シェフの息子さんってもしかして、長老なのではないですか?」

ラベンダーの手の動きが止まる。
「、、、そうだよ。」
と一言言うと、
エリカを見て、あっけらかんとした感じで言った。
「そこまで知っちゃったなら、連れていってあげるよ。
長老のとこに。」

意外な言葉にエリカは、一瞬驚いたが、気持ちを引き締めて言った。
「お願いします。」

畑から厨房に戻ると、フランチェスカが優雅に鍋をかき混ぜていた。
その姿は、古民家の綺麗な若奥様のようだった。

マリアはひたすら、淡々と野菜を切っている。

「あら、おかえりなさい。
ポタージュが出来ましたよ。」
フランチェスカはそう言うと、陶器の皿に入れて、ラベンダーに渡した。

「研究長、良い香りがします」
ラベンダーはそう言って、にこっと笑うとスープを飲んだ。

「美味しいです!」と、またにこっと笑うと、顔つきを変えて言った。

「長老の元へ、案内します。」

フランチェスカは意外そうな顔をしたが、
目をぎらりと光らせ、笑みを浮かべて答えた。
「ぜひ。」

ラベンダーは、白衣のボタンを取り、中に着てる作業着を見せた。

ベルトには、額縁が挟んである。

額縁の中は、真っ白な紙が入っているだけだった。

ラベンダーは言った。
「これは、魔法の写実画です。
価値ある代物だから、盗まれないようにここに隠しました。
シェフがいなくなったから、守る人いなくて。
暫くたってから思いだして、慌てて隠しました。
当番制にした後だったから焦ったけど、無事でした。」

それから、続けて言った。
「生きてる人間には、魔法を解いた人しか見れない絵画だけれど、ここにはシェフとその息子が描かれています。
そして、長老がいる場所は、学園の最上階です。」

ラベンダーは、部屋の中央の奇妙な螺旋階段を示して言った。
「この階段の先です。
とても長い階段なので、覚悟してください!」

階段

3人は、ラベンダーを先頭に、その奇妙な階段を登ることとなった。

階段は、部屋の床から天井にかけて、螺旋の幅が狭くなっている。

天井付近は、あまりに狭くなりすぎて、階段ではなく梯子として上らなければならないようだ。

エリカは、不安定な足場による登高に、心を備えた。

階段を上り始めたラベンダー、フランチェスカ、マリアに続く。

上を見上げると、階段は、天井の吹き抜けへと入っていた。

上りながら、エリカは「あ!」と声を上げた。
しかし、このメンバーだ。
その声に反応してくれたのは、ラベンダーだけだった。

「どうしたの?」

「食堂、私達いなくなって回りませんかね。」

「結構沢山作っておいたから、大丈夫だよ。」

そんな会話をしている内に、どうもこの階段が可笑しなことに気づく。
螺旋階段がいつまで経っても狭くならないのである。
ハッとしてエリカは階段の柵から下を覗いた。

そこには、
壮大な景色が広がっていた。

銀の可笑しな建物や、茶色や赤の、何とも形容しがたい何か。
それは、良く見ると、巨大な調理器具や、野菜であった。

階段と自分達以外の全ての物が巨大化しているのだ、、、、。
いや、違う。巨大化したわけではない。

「気づいた?
この螺旋階段の縮小化に伴い、人間も小さくなっていっているの。」
ラベンダーが言った。

「牢獄といい、素敵な造りをしていますね。」
エリカは青ざめつつも、前向きな発言をする。

遂に、長い吹き抜けに入らねばならなくなる時が来た。

1人ずつ階段を上りながら入っていく。エリカも、非常に不本意な気持ちを抑えに抑えつつ、皆に続いた。

しかし一段上り、吹き抜けの穴を越えると、そこで階段は途切れていた。

天井の上は、暗闇で、どのくらいの広さがあるかは分からない。
天井下の明かりが差し込み、4人を下から照らしている。
皆のゆとりを持った立ち方から、そこは通路ではなく、広間であることは伺えた。

「ここから先は、昇降機エレベーターで行きます。」
そう言うと、ラベンダーは、魔法写実画を取り出し、何と、吹き抜けの穴に向かっておとした。

それは、穴の所で空に止まり、
拡大していき、
それに合わせて差し込んでいた光が徐々に細くなっていく。
そして遂に、写実画は穴を塞いでしまった。
完全に光は途絶え、辺りは暗闇に包まれる。

隣にいるマリアの顔さえも見えない。

まるで、1人だけいるような、非常に心許ない気持ちになった時、再び光が現れた。

それは暖色系の光である。

見ると、ランプを灯した小屋?みたいなものがいつの間に出現していた。
上半分はガラス張りになっている。

「これで、上まで行きます。」
というラベンダー。

「まぁ!素敵!
思った以上にわくわくします!!」
フランチェスカが歓喜する。

小屋の中は、両側に椅子があり、4人は2人ずつ向かい合って座った。

小屋が発車する。

真っ直ぐ上昇しているのではなく、何故か螺旋を描いて上昇していた。
暗闇を進む小屋だが、それは体感的に分かった。

エリカはふと疑問を投げ掛けた。
「ここは一体何なのでしょうか?
私達が縮小化しているということは、実際の天井上はそこまで広くも高くもないのでしょうか。」

ラベンダーが答えた。
「それは違うかな。
だって長老が見えるほどに高く上らなきゃならないんだから。
只1つ言えるのは、階段付近は空間だけが歪んでいる。」

「空間だけ?」

「つまり、時空の歪みはないってこと。
空間が歪む時、必ず時間も歪む。
何故なら、空間と時間には密接な関係があるから。
その考えを打ち壊したのが、魔法物理学。

この階段は空間だけが歪んでいるの。
だから、時間の流れは他と全く変わらない。
その原理は全くの不明。
研究者はこう考えたの。
空間だけが、別宇宙にあって、その宇宙自体が、今いる宇宙よりも小さいから、縮小化しているように見えるってね。」

エリカは、唖然としながら言った。
「理論上は、、、分かるような気がしなくもないですが、
実際そんなこと出来るはずもありません。」

「って思うでしょ?
それは、人間が理解出来るのが、実数までだからだよ。
それ以上の数、幻の数と呼ばれているんだけど、その数を見つけた時、分かるはず。」

2人の会話を聞いていたフランチェスカは、遂に餌に食いついた。
「中々、面白い話ですね。」

それから、いつもの如く、興奮を表出した。
「幻の数とやらは、魔界にあるはずです。
そして、そこに、魔法の原理の全てがつまっているはず、、、!!
いえ、そうに違いありません!!」

あまりの迫力に愛想笑いを浮かべるエリカ、にこっと笑うラベンダー、無反応のマリア。
小屋が走行する音だけが響いた。

どれほど登ったことだろう、、、。

ふと、下の方から何かが登ってくる音が聞こえた。
微かな音で、窓沿いにいたエリカにしか聞こえていない。

いやな予感がして、恐る恐る顔を出し、下を見てみると、ランプのような光が近づいてきているのが見えた。

暗闇でよく見えなかったが、ランプの下で人間の体が微かに見えた。

エリカの行動に皆が注目する中で伝える。
「誰か、人が登ってきてます」

「ランプの光も一緒?」
ラベンダーが、何かに勘づいたように聞いた。

「、、、はい。」
エリカが返事をすると、ラベンダーは、らしからぬ苦い声で話した。

「それは、人じゃないよ。
人間の体の首から先にランプがついた姿をしている、魔物。
シェフがここを登る時のお供。
そして、、、」

それからラベンダーは、言いにくそうに続けた。
「シェフ以外の者が登ると、激怒します
あたしでもね。」

ラベンダーは声を潜めて言った。
「静かに、気づかれないように息を潜めて。」

「ランプは、消さないのですか?」
エリカが小さく訪ねると、ラベンダーが言った。

「消すと、異変に気づいて追いかけてくるよ。」

その時であった。
急に小屋が停まった。
その衝動で、皆体勢を崩し、証明は大きく揺れた。

ラベンダーは、恐ろしい一言を言った。
「、、、ごめん。燃料切れ。」

エリカが再び窓から顔を出し、恐る恐る下を見ると、ランプの面と目があった気がした

いや、見た目は完全なるランプにしか見えず、
目鼻口はなかったが、
強烈な視線と自我を感じた。

一瞬の不気味な沈黙の後、ラベンダーが叫んだ。
「急いで!降りて!!徒歩で上がってください!!」

その言葉を皮切りに、ランプの化け物が速度を上げる。

皆、それぞれの出口から出て、かけ上がる。

階段は、再び人1人分の狭さに戻り、1列になり、エリカは最後尾になってしまった。
最悪な位置に、誰よりも恐怖に追われた。

その間に、化け物のものと思われる奇妙な無声音が聞こえた。

それは、こう訴えていた。

""長老の魔法を解くな!!

ギャラクシアを崩壊させるな!
崩壊したら世は終わる!

閉鎖されたまま残されたのは、その為だ!!""

1音ごとに破裂音が混ざり、空間が歪んだかのような、ねじ曲がった話し方だった。

「ちがうよ、ただ話があるだけ!」
ラベンダーが叫ぶが、耳に届いている様子はない。

みな、ランプの言った内容を気に止める余裕もなく、ひたすら登り続けることに意識を向けることしか出来なかった。

どれほど登ったことだろう。

上から何か光るものがヒラヒラと、いくつも舞い降りてきた。

その光りの正体は、、、蝶々。

暗闇の中、光る蝶々が舞う幻想的な光景。

しかし、エリカはその美しさを気にも止めることなくひたすら登り続けていた。

「もう止まって大丈夫です!」
ラベンダーが下に向かって叫んだ。

尚も最後尾の恐怖に支配されていたエリカは、その言葉が全く入ってこなかった為、
上ろうとして、マリアの尻にぶつかった。

そこでやっと言葉を飲み込み、恐る恐る下を見た。

化け物のランプの光は、少しずつ下へと降りていた。

「光る蝶です。
今日は運が良いですよ!
長老の機嫌が割りと良い日はこれが見れるんです。」
ラベンダーが嬉々として言った。

「手を放して大丈夫です」
ラベンダーのその言葉がどういう意味かはすぐに分かった。

体全体がふわふわとした感覚になり、気づくと、足が階段を離れ、宙を浮いていた。

体は上へ浮上していく。

光が舞う暗闇を、ゆっくりと。

狭い階段により作らされていた、4人の列は、足場を離れたことにより乱れた。

暗闇と光の中で、浮上しながら、エリカは先ほどのランプが言っていたことを思い出して尋ねた。

「長老の魔法を解くと、ギャラクシアが崩壊するのでしょうか?
シェフも魔法を解いて消えていきました。」

ラベンダーが、いつものあっけらかんとした調子で言った。
「ここに縛られてる魔物は、魔法が解けることなんてないの。
シェフは、運良くジャスミンみたいな子に巡り合えただけ。
でも、長老の魔法は、絶対に解けるはずないよ!」

「しかし、ジャスミン・ベンジャミンの熱弁は感動しましたよ。
その熱弁が、心に入る状態が出来ていたのですからね、、、」
フランチェスカは意味深な表情で、エリカを見つめて言った。

どれくらい浮上したことだろうか。。。

少しずつ気温が下がっていく。

もう出口はすぐそこのようだった。

「着いたよ!」
ラベンダーが言った。

遂に、出口から頂上へと出る時がきた。

いよいよ、魔法物理学の元祖、長老に会うのだ。

エリカは募る緊張を抑え込みつつ、気を引き閉めた。

みな、広い通路の出口から、思い思いに出ていく。

冷たい風吹き付け髪を靡く。

そこは、何もない、殺風景な広間だった。
壁がなく、柱だけで支えられている。
とてつもなく、、、広い場所だ、、、。
隣同士の柱が、金縁の巨大なアーチ門を形成し、
壁の代わりに、各面にその門を構え、外に解放している。

4人は、そのアーチ門の1つをくぐりテラスに出た。

皆空を見上げ、その壮大さに圧倒される。

地上の遥か上を浮かぶギャラクシアの雲、
   その雲に建つ建物の最上階に、、、
          今、、、いる。。。

恐らく、生身の人間が来れる、1番空に近い場所、、、。

夜空には溢れんばかりの星々が輝き、
流れ星が、不定期に数ヶ所に出現する奇妙な光景が見えた。

ラベンダーが、らしからぬ神妙な口調で言った。
「長老の魔法が解けるとギャラクシアが崩壊するのは、、、
長老がこの学園を支える雲に、魂が囚われているから。」

3人はずっと下にある雲を眺望していた。
「最上階で長老に会えるのは、
雲の全体像がよく見えるからです。
全体像が見えた時、本当の姿が見えてくる。」

ラベンダーの言葉に、
フランチェスカの顔がみるみる内に高揚していく。
「素晴らしいわ!」

「ここは、最上階じゃない、、、」

唐突に、ラベンダーが言った。

どういうことかと皆が彼女の方を見る。

「長老と対等に話すには、あともう一階だけ、登らなきゃいけない。
そこが、本当の、最上階。屋上。
ギャラクシアの建物全ての中で1番高く、
そして世界中の建物の中でも、、、1番、高い。」
ラベンダーは、柵ごしに展望しながらそう言った。

フランチェスカが、「あのー、、、」と遠慮がちに声をあげる。
それから優しげに微笑んで言った。
「最上階って、正確には屋上は含まれないそうですよ。」

ラベンダーは、「あらそうなんですか!」と言ってニコッと笑うと、あっけらかんとして言った。
「ごめんなさい!
じゃあ、私たちが行くべきは、屋上でした。」

確かに、、、建物の1番上は、最上階ではなくて屋上である。

エリカは振り替えって、柵を背に、広間を見渡した。
ここには天井がある。

つまり、屋上ではない。

ラベンダーは、エリカの肩をポンと叩き、
ニコっと笑って言った。

「だから、登るよ。最上階に、、、じゃない、屋上に続く階段に。
今度の階段は、短いから安心して。」

エリカも微笑んで、「はい。」と返した。

ラベンダーは、顔つきを変えると指さした。
最後に登る階段を。

「この階段だよ」

その視線の先には、テラスから伸びる外階段があった。

~~~~~~
4人はそこを登ることとなった。

非常に高い場所で、冷たい風が容赦なく吹き付ける。
階段は狭く、しかも隙間だらけ、、、

恐怖を抑えつつ上っていく。

そして、
     遂に、
          屋上に、本当の頂上に、たどりついた。

そこは、殺風景で、高所恐怖をより募らせる場所だった。
柵は膝元までしかなく、心許ない。

しかし、1つだけ、目立つ大きな何かが、中央に立っていた。

「こっち!」と言って、ラベンダーは、そちへと皆を連れていく。

近づくにつれ、それが何か分かった。

巨大な鐘である。
それを吊るしている棒は、人間の平均身長の3倍ほどの高さで支えられていた。

エリカ達は、その付近で脚を止めた。
間近に見ると、その巨大さに圧倒されてしまう。

「この鐘を鳴らすの」
ラベンダーがにこっと笑って言った。

「これを、、、?」
エリカは思わずそう漏らして苦笑いを浮かべた。

どう考えても、人間が力業で鳴らせる大きさではない。
ここにいる全員がすっぽりと入ってしまうほどなのである。


「鳴らすよ。!」
ラベンダーは、ニコッと笑ってそう言うと、腰からハタキを抜いて、3人に向けた。
「これでね!」

「は、ハタキで鳴らすんですか!?」
エリカは思わず声を上げた。

「まぁやってみてよ!」
と自信満々に言うラベンダー。

「ラベンダーさんは、鳴らしてくれないんですか?」
エリカは不安げに聞くと、
「あたしは鳴らさないよ。」と即答されてしまった。

「長老と話をしたい者が鳴らさなきゃいけないからね!」
ラベンダーはハタキを、鐘に向けて言った。

フランチェスカは、2人の会話を黙って聞いていたが、
「ならば、早く鳴らしましょう!」と目を輝かせた。

「誰が鳴らします?」
エリカが、マリアとフランチェスカを見回して問いかけた。

「別に誰でもいいですよ!」
横から、ラベンダーが声をかける。

「では、私が、、、」

そう口にしたのは、フランチェスカであった。

彼女は、ハタキを受け取ろうとしてふとその手を止めた。

目をしばたかせ、頬に手をあてる。

「いえ、違います。ブラウニーさん、お願いします。
私の勘が、なぜか違うと言っているのです。」とエリカの方を見た。

「また勘ですか?」
エリカが動揺を示す。

「先輩、研究長に従ってください。」
マリアが背後で淡々と言った。

「ちょっと戸惑っただけじゃないですか!」
とエリカは言い返すと、
改まった声で、「了解しました。」と言って、ハタキに手を伸ばす。


「3人で鳴らしたらいいんじゃない?」

そう声をかけたのは、ラベンダーである。

エリカはハッとして手を引っ込めた。

「それです!名案です!」
エリカの隣でフランチェスカが両手を合わせた。

エリカも、名案だと思った。

「そうしましょう。」と同意し、
「ね!ルイスさん。」とマリアを見る。

「はい。」
マリアは、短く返事をした。

こうして、小さなハタキの柄を、3人で持つことになった。
身長順に、フランチェスカ、エリカ、マリアと、柄を掴む3つの手が、上から下に並んだ。

「ブラウニーさん、もっと柄の方を持ってください?」
「無理です。小さいハタキを3人で持っているんですから。」
「先輩、まだ隙間があります。私の方につめてください。」

3人は押し問答しながらも、遂に、ハタキで鐘をついた。
しかし実際は、ちょっと触れただけである。

やはり、こんな小さなハタキで音が出るはずもない。

エリカも、フランチェスカも、マリアも、、、
立ち尽くした。

「大丈夫!成功したから!」
乾いた空気に、ラベンダーの声が響く。

「見て!」と彼女は足元を示した。

皆、その言葉に従い足下を見る。

エリカも、フランチェスカも、、、マリアでさえも、驚きの表情を見せた。

クリーム色の床が、鐘の周辺だけ、 色を無くして透明化し、ガラスのようになっていた。

そしてその透明化は、徐々に範囲を広げているのである。
その広がり方は、正に、魔法、であった。

まるで、クリーム色の液体に、
透明化する薬品を滴下したかのように、
グラデーションを織り成しながら広がっていく。

セメントの床がスライドして、ガラス床を登場させたのではないのだ。

魔法は、
科学や工学がきっちりと引き別ける境界線を、
グラデーションでぼかしていくもなのかもしれない。
それはまるで、AIと脳の違いのようでもある。

そして、
ガラスの床からは、階下の、、、先ほど通った広間の様子が見えた。

しかしそれは、見てきたものとはだいぶ、、、いや遥かに異なる景色を見せた。

ガラス床の下にあるのは、
          動く、いくつもの巨大な歯車。

何も無かった広間に、目を覆い尽くすほどの巨大な装置が出現していたのだ。
3人で鐘をついたからだろうか。

歯車達は互いに相関しあい、複雑で精巧な動きを見せている。
時計台の内部のような光景だが、
電気も照明もない、隠された裏側とは違い、
この足元の装置は非常に明るかった。

暖色系の光が、その広間を照らし、
歯車が輝き、煌びやかで迫力のある壮観を成していた。

電気で動いているのか、アナログ的なカラクリで動いているのか、、、
それとも、魔法で動いているのか、、、。

それは誰も分からなかった。

壮大な景色を前に、
      3人とも、
          茫然と足元を見つめることしか、
                                    出来なかった。

「危ないから離れて!」

突如ラベンダーの声が響き渡る。

見とれていた3人は我に返って彼女の方を見た。

ラベンダーは、両手を広げ、ゆっくりと後ろ歩きになり、鐘から離れていた。

皆、彼女に倣う。
数メートルほど距離を取った所で立ち止まり、鐘を見つめた。

恐らく、この床下の壮大な歯車達は、鐘を独りでに鳴らす為の装置だろう。

そうエリカは、ありきたりの予想をした。

そしてそれは的中した。

目の前の大きな鐘が、動き出したのだ。

左右に揺れる巨体が、音を造り出し、振り撒く。
音の波は広がった。。
空へ、地上へ、遥か彼方へと。
                                                 
響き渡る軽やかな金属音。

それは、ここに来た時から何度も聞いている音だった。
不定期に聞こえる謎の鐘の音、、、。
授業のチャイムというわけでまなく、時間を知らせる為のものでもなく、
エリカは少々気になっていたのだが、
その正体は、この鐘であったのだ。


非常に爽やかな音色である。
エリカは瞳を閉じた。

その音が、エリカにイメージさせたのは、
白鳥が舞い、快晴の空に聳える、白く綺麗な城、、、。
おとぎ話の絵本にあるような、平和な国に鳴り響く鐘の色。。。

自身の世界観に浸ったのも束の間、

「速く!柵の所の、キャティバレーに立たなきゃ!」

と言うラベンダーの声が、エリカを現実に引き戻した。

目を開くと、いそいそとするラベンダーの姿があった。

「鐘が鳴り終わるまでに行かないと、もうその日は会わせてもらえないからね!」
と急き立てるように言ってラベンダーは走り出した。

「まぁ」とフランチェスカは頬に手を当てる。
直ぐに顔つきを変えると、「それは大変です!!!」と駆け出した。

マリアはそのあとを無言で追いかける。

勿論、エリカも続くのであった。。。

~~~

鳴り響く鐘を耳に、
壮大な景色の上を駆け、そして3人は、ラベンダーと共に、目的のキャティバレーまで来た。

「もう、、、本当に本当に、、、、
これで会えますよね」
エリカは、上がった息を整えつつ言った。

「勿論!もうここで待つだけだよ。
鐘が止むまでね。」
ラベンダーが、そう言った時、
響き渡っていた音が小さくなっていることに気づく。

鐘は最後の音を放ったのだ。

音は彼方へ消え去って、辺りは静まり返った。

その時ある。

ドクンと心臓の鼓動のような音がして、足場が揺れた。

雲が波打つと当時に、空に輝く星々が次々におちてきて、雲の波間に入っていく。

空は何もない虚空になり、変わりに雲がキラキラと美しい輝きを放った。

その光は、大食堂で食事をしていた学生にも、図書館で勉強していた学生にも見えた。

学生達は、神秘的で綺麗な光に見惚れるばかりであった。

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