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3章 魔法遺伝子 ~第1話魔法学校ギャラクシア~アイリスの深淵より~



皇族メイデン・ギャラクシア


快晴の空に、綺羅びやかに聳え立つ巨大な城があった。
お伽噺の絵本から飛び出てきたかのような美しいその景色は、正に帝国メイデンのもの。

城下の賑やかな市場では、果物やパンが屋台で売り出され、絹の羽衣職人や、蛇使いなど、様々な娯楽や売買が成されていた 。

そのような活気溢れる雰囲気の中、1人の少年が、ただ事ではない様子で人々を押し退けながら走っている。

「皇帝陛下が崩御されたぞー!!!」

大声で叫ぶ少年の声で、市場は一気に消沈した。

それから、人々は、ひそひそと思いを口にし出した。

「魔物とか何とかが来て、皇帝を選ぶっていうあれか?」

「選ばれた皇帝は、他の皇族より強い魔法が使えるようになるという、、、。
そんな時代は前皇帝どころか、前前皇帝の代から廃れているだろうに。」

「皇族が魔法を使ったとこなんて見たことがない。」

「そりゃ、彼らは魔族じゃない。
あんなのは神話の話だ。」

「前皇帝の即位式はひどかった。
魔物へ引き渡す生け贄の演出で、腹心が殺された。」

「今回は誰が犠牲になるやら。」

                  ~~~~~~

崩御の知らせを聞いて、城へ向かって走る一台の馬車があった。

車内では、栗色の若い男性が不穏な様子で座っていた。


(皇族の直系・長男)

あどけなさを残した彼には重責がのし掛かっていた。

「遂に恐れていたことが起こってしまった。
お父様が崩御されたのだ。
もはや、私が即位するしかあるまい、、、。」
エレン皇子は重い表情で言った。

向かいには、小さな2歳の女の子を抱いた、大人しそうな女性が座っていた。

皇女
(直系の長女、第二子)

及び

皇女
(直系の末子、第三子)

ヴァイオレット皇女は、皇子にすがるように言った。
「絶対にいけません。
お兄様は、お体が弱く、魔物との契約に耐えうる力がないと、言われれたではありませんか。」

皇子エレンは、焦りの混じった飽きれ顔で返した。
「いつまでそのようなことを申しているのだ。
もう、おそらく、魔界の扉は開いていないのだ。
何十年も前から、魔物は来なくなったのだぞ。
魔物と契約し、魔力を強大化させる時代は終わったんだ。
我々には、国を統治出来るほどの魔力は残っていない。」

ヴァイオレットは目を伏せて悲しそうに言った。
「私たちは、もう魔族ではないのかしら。
魔物と契約せずも、簡単な魔法なら、皇族は誰でも使うことが出来た。
私が小さい頃は、料理がひとりでに作られていたり、宮殿内だけでなら不思議な現象にあふれていた。。。

もう私たちに威厳はありません。

魔法物理学ですよ。
魔族は、一般人には理解出来ない、魔法物理学を利用して、魔法を扱うことが出来たのです。

年々、子ども世代に行くに連れて、その理解力が衰えていっています。」

それから、ヴァイオレットは手を、不思議な身ぶりで、振った。
すると、たちまち、肩にかけたスカーフの端が、ひとりでに浮かび上がった。
「今や、この程度の魔法しか、使うことが出来ません。
魔族の血が薄くなっているのでしょう。」
ヴァイオレットが悲しそうに言った。

「それはない。
魔族の遺伝子は、優性遺伝でさえない
必ず遺伝する。
おそらく、遺伝子が劣化してきているのだろう。。。」
エレンがうつむき加減に言った。

「劣化、、、?」
ヴァイオレットがそう呟くと、エレンは顔を上げて真っ直ぐに彼女を見据えた。

ヴァイオレットの紫色の独特な瞳と、エレンの綺麗な琥珀色の瞳が見つめ合う。

「代々、即位の儀で魔物から魔力を授かる。
それは、遺伝子を傷つける行為でもあるのだぞ。
確かに、授与された者は、魔力が増大する。
しかし、次の代に残す魔法遺伝子は、授与により傷ついたもの。
年々そのようにして、傷つけてきたのだ。

その果てに考えられるのが、魔法遺伝子の消滅。
つまり、魔力を授かる契約は出来なくなるのだ。
生身の体に魔力を直接与えてしまえば、その力に体を蝕まれてしまう。
魔法遺伝子は、緩衝材みたいなものだったのだのだ。」

その時である。。。
走行による車内の揺れがピタリと止まった。。。

馬車が停車すると共に、何者かの足音や銃撃の音が聞こえてくる。
発砲音であることは確かだが、激しい音が連続的に響き渡っていた。
帝国にはないような銃器、、、異国のものであることが伺える。

「お兄様、、、」
皇女ヴァイオレットが不穏な様子を感じとる。

皇子エレンは、そっとカーテンの隙間から外を除き込み、ハッと息を呑んだ。

「ゴルテス・ガロンだ。」

「誰?」
ヴァイオレットが尋ねる。

「未開の地からの間諜スパイだ。」

死領域日付変更線付近より向こう側?」

「そうだ。
彼は、1000年ほど前に脱走した謀反者の末永だ。」

間諜スパイだとしたら、最低でも3回は、行き来してるわけでしょ?
よく失踪せず、あの領域を通過来たわね。」

そう言うと、ヴァイオレットは、忍ばせていた短剣を取り出した。

それを見てエリンは訝しげに言う。
「そのような小さな刃物で何をしようというのか?
無鉄砲だ。」

「、、、無いよりは、まだいいですよ。」
ヴァイオレットは声を圧し殺して言った。

そして、
遂に、
敵と対面しなければならない時がきた。

馬車のカーテンが開けられる。

邪悪な顔に白い肌の軍服の男が、顔を覗かせた。

ゴルテス・ガロンである。
臣下と偽り間諜スパイを行ったと懸念される男。

「、、、
あなたが、ゴルテス・ガロン、、、。
一体どういうつもり?
皇族に手をあげるとは、、、!
魔力の脅威を知らないようね、、、!」
ヴァイオレットは短剣を向けながらも、脅しを聞かせた。

言葉とは裏腹に、震える声や短剣。

ゴルテスは嘲笑って言った。
「魔法の国、の、
偉大なる皇族の方々、お久しぶりです。
知っているのですよ。
強大な魔力を授けられたたった1人の人物が崩御されたことも、
それから、
皇族の魔力は年々衰弱していることも。」

その言葉に、皇子と皇女は唖然とする。

思考停止状態に陥る年若き皇子と皇女。
ジュリエッタだけは何故か怖がる様子も見せず、ヴァイオレットに抱かれていた。
戦闘意欲も失せた、幼子連れの皇族は、
成す術もなく降車させられることとなった。

複数の軍人が、エレンを取り押さえ、
ジュリエッタを抱いたヴァイオレットは、両腕を捉えられた。

皆、帝国のものではない軍服を身にまとっている。

屈強な軍人らの中に1人だけ、、、
異質な存在がいることに気づいた。
小柄な少女である。

ヴァイオレットの意識は一瞬その少女に注意が向いたが、
ゴルテスの邪悪な声により、我に返る。

「馬車とは原始的な、、、。
科学の延長線上にある魔法を行使しよう方々があまりにお粗末なのでは、、、?」

それから、にやりと笑って続けた。
「いや失礼、、、。
かつて、魔法の封印の影響で、高度に発展した科学技術は根こそぎ奪われ、原始時代の再来。
しかし、1000年もあれば、魔法物理学を逆算し、再び科学技術を復活させることも出来たはず。
魔法にばかり頼りすぎた末路ですな。」

ヴァイオレットは、彼を睨み付けながら言った。
「何が言いたいの?
単刀直入に言って!」

「今のはほんの挨拶程度ですよ。
私の要求は唯1つ。
皇子様、平民にも魔法を解禁してください。」
ゴルテスはそう言いながら、エレンに剣を差し向けた。
丁寧な口ぶりとは裏腹に、静かに威圧感を顕にしている。

エレンは、自身より頭半個分も高い彼を見上げ、気弱になりながらも、小さく言った。
「何を申している?
平民への魔術の施しは、世界を崩壊させるのだぞ?」

ゴルテスは、しばらく沈黙を置いてから言った。
「世間では、皇族は魔法が使えないと思われているようですが、、、
私は信じていますよ。」

「何が、目的なの、、、?」
ヴァイオレットが消え入りそうな声で言う。

すると、ゴルテスは今度はヴァイオレットに剣を向けた。
「失礼。
次期皇帝候補はこちらでしたね。
こちらとしては女帝はありがたい。
かつて、一般人に魔法を研究し教授していた高等機関がありました。
その名も、

女帝には、
それを、開校する能力がおありなのですから。」

「ギャラクシアは幻だ!」
皇子エレンが、ゴルテスの背中に言った。

「えぇ。
この地に足をつけて生きてる者にしてみたら、幻でしょうね。
空を浮遊しているのですから。」
ゴルテスは薄ら笑いを浮かべて言った。

「、、、
そんなことまで知っているの?」
絶望したように言ったヴァイオレットの首元に剣が触れる。

「間諜でしたからね。」
ゴルテスは、そう言いながらエレンを見た。

「開校なさるまで、エレン様を大切にお預かりしますゆえ。」

ゴルテスの言葉に、ヴァイオレットの顔が更に青ざめる。
「どういうこと、、、?
お兄様を人質にするのですか!?」

しかし、ゴルテスは彼女の言葉を無視して、
何故か、ジュリエッタを冷視した。
姉にそっくりな、独特な紫色の瞳をしている。

「皇女様はうわさ通り、個性的な方だ」
ゴルテスは静かに言った。

「???
話を反らさないで。
ジュリエッタの何が個性的だというの?」
ヴァイオレットが、突然の話の飛躍に戸惑う。

ゴルテスは冷笑を浮かべ、話を戻した。
「これは失礼。
皇女ヴァイオレット様、ギャラクシアの開校を決心されてください。」

ヴァイオレットは俯き、暫く黙ったが、
顔を上げ、
声を振り絞った。
「お約束、、、出来かねます。
そもそも、、、私たちにはもう、」

エレンが首を振ったが、ヴィオレットは言い切ってしまった。
「もう、魔力などないのです。
ましてや、ギャラクシアを開校する魔力なんて。」

すると、剣の刃先が遠のいた。
「ご安心ください。
魔力を与える魔物を呼び寄せる確実な方法があります。
ピアノ召還です。」

ヴァイオレットの目が大きく見開かれる。

「そんなことまで、、、。」

気弱な彼女は小さくそう呟いたが、
怯みながらも毅然と言い放った。

「、、、
その方法は、危険です。
出来ません。」

「、、、そうですか。」
ゴルテスは薄ら笑いを浮かべながら、エレンに剣を向けた。

ヴァイオレットは、眉を潜めるも、強気な姿勢を装った。
「やってみなさい、、、!
人質を殺るなど出来ないはずよ、、、」

しかし、心の内の恐怖は隠しきれていない。
そんな彼女に追い討ちをかける出来事が起こった。

ゴルテスに指示された軍人が、何かを取り出す。
それは、見たこともない銃器であった。

次の瞬間、、、!!

その銃口から、毒々しい赤の光が一直線に発射された。
それは、3人の乗っていた馬車に直撃する。

馬車は、、、崩壊した。
まるで、
磨きあげられた刃が、柔らかい人間の腹を割くかの如く、いとも簡単に、、、。

この状況になっても、ジュリエッタは泣かなかった。
普通の幼子ならば大号泣しているであろう惨状だ。
ゴルテスが個性的だと言ったのはこういう所だろうか、、、。

いづれにしろ、大人2人は固まっていた。
煙を上げて、只の木の残骸となり果てた馬車を目の前に、正気でいられるはずもなかった。

ゴルテスは、2人を見て威圧的な態度で言った。
「これは、高圧熱戦銃です。
我が公国の科学技術を甘くみていただいては困ります。
人質1人消した所で、いくらでも打開策はあるのです。」

これまで表層では穏やかな様子を装っていた彼の残酷な本性が顕になった。

ヴァイオレットは、完全に正気を失っていた。

「分かりました、、、。」

やっと出た言葉は、それだった。

ゴルテスが視線を向けると、彼女は焦点の定まらない真っ青な顔で言った。
「緊急時に鑑み、、、条件を、、、のみましょう。」

「ヴァイオレット、それは危険だ!」
エレンが止めたが、ヴァイオレットには放心状態で声が届いていない。

ゴルテスは、今度は皇女に剣を向けて言った。
「めでたく、女帝になられた暁には、ギャラクシアの開校をお願い致しますよ。」

ひとまず交渉が成立する。

ヴァイオレットは一時的な安堵の表情を浮かべた。

少しだけ正気を取り戻している。
そう悟ったエレンは、彼女に目線を送った。

そして、声を出さずに唇を動かす。

゛ダミー゛

それに気づいたヴィオレットは、目を潜めた。

読唇出来ていない様子だ。
エレンは、再び大きく口を開いた。

ヴィオレットがハッとした表情になる。
どうやら伝わったようだ。

仮にギャラクシアを開校したとしたら、ダミーを作り、居場所を誤魔化すしかないということだ。

ゴルテスが、2人のやり取りに気づいたのか、振り返り鋭くエレンを睨み付ける。

が、
彼は疑い深い表情で、再びヴィオレットに向き直った。

向けられた短剣に注意を向けながら彼女は言った。
「承知しました。
魔術を授ける聖ギャラクシア帝国学園を再開校しましょう。」

その言葉に、ゴルテスは疑り深い表情を更に深めて言った。
「皇女様、感謝いたします。
その言葉が誠であることを信じて、
エレン皇子を丁重にお預かりいたしましょう。
それでは、例のピアノ召還で、確実に魔物を呼び寄せていただきますように。」

訝しげに彼女を睨み付けながらも、ゴルテスは剣を下ろした。

それから、彼は従軍に紛れていた少女に視線を移した。

エリカ・ブラウニーである。

「1人、心強い弾き手候補を連れて参りましたよ。」
ゴルテスがエリカを示して言った。

そう。
それが、
エリカの同行する目的だった。
魔族が誕生する前に、魔法を創造し教授していたギャラクシア。
封鎖されたそれを開校するのが、難関なピアノ召還。

「弾き手、、、候補、、、?」
唐突なゴルテスの言葉に、ヴァイオレットは困惑する。

年端もいかぬ子どもの登場に戸惑うヴァイオレット。
反面、エリカは、メイデン帝国魔法の国の皇女を前に、緊張していた。

が、それ以上に、ゴルテスの間諜スパイという言葉が引っ掛かってしまう。

エリカは、頭の中で自問自答しながら、考えた。

間諜スパイ、、、ってどういうこと?
死領域を行ったり来たりしていたってこと?
そんなこと、一言も聞いてないし、アクア公国科学の国の政府が指示したとも考えられない。”

”その先に考えられるのは、彼が謀反者であるという可能性、、、。”

唯一の救いは、懸念していた言語の壁が無かったことである。
アクア公国科学の国の第二言語が通じていたのだ、、、。

様々な思いを張り巡らせるエリカ。
その横で、ゴルテスは布教するかの如く褒め称えて
「安心してください。
この者は、音楽の才に秀でており、候補者の中から1人だけ選抜された、ずば抜けた技術の持ち主です。
使えなければ、
生け贄にするなり煮るなり焼くなりしてくださって結構。」

~~~~~~

「か、完全に終わった。」
後日エリカは、帝国メイデンの教会で、真っ青になっていた。

今、教会は、ピアノ召還の術者を決める試験の最中にあった。
ゴルテスとヴァイオレットとの交渉の、数日後になる。

エリカは、コードsssの譜面を、本番で盛大に誤ってしまった。
それは、ピアノ召還の際に実際に弾かねばならぬ曲である。
一ヶ所だけのミスなどではなく、曲に聴こえるレベルにさえならなかった。
ましてや本番の、つまり魔物召喚の儀式では、一ヶ所たりとも誤りは許されない。

「私、生け贄にされるのですか?煮るなり焼くなりされてしまうのですか、、、?」
エリカが焦りを顕にすると、
隣で静かに恫喝された。

「静かにしろ!」

帝国の少年兵エヴァンだ。
エリカの監視役である。

エリカは、彼の言葉を無視して悪態をついた。
「大尉、、、いえ今や謀反者ゴルテスは、。
大見得切って私に恥をかかせました!」

「お前自分の立ち位置を考えろ!」
エヴァンは先程より更に語気を強めた。

中肉中背で端正な顔立ち。
見た目は完全に少年、しかし眼光が鋭く威圧感がある。

気の強いエリカは怯まず睨み返す。
が、彼の言う通り、立場を鑑みて押し黙った。
しかし、思わず悪態が漏れてしまう。
「何なのよピアノで魔物召還って 、、、
仰々しい設定!」

まだエリカは、魔物や魔法の存在を信じていなかった。

「黙れ!皇女様が見ておられるぞ!」
エヴァンが注意した時、
皇女ヴァイオレットが、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

エリカは表情を固める。
恐怖だけではない。
本当に、両親を処刑した皇帝の娘なのだろうか、真相が知りたい、というのが大きかった。

「あなたが、エリカ・ブラウニー?」
遂に、皇女ヴァイオレットがエリカに謁見する時がきた。

「はい。」
そう答えながら、見上げて拝顔する。

それは、自分が想像していたような権威ある皇族の姿ではなかった。
一見したところ、非常に大人しい雰囲気の女性である。
話し方は落ち着いており、品格を感じられたが、
柔和な顔立ち、不安げな表情から、精神的な脆さが垣間見える。

「、、、大人の事情に、巻き込んでしまってごめんなさい。
けれども、このままあなたを国に帰してあげるわけにはいかないの。
、、、分かるでしょう?
あなたを疑いたくはないけれど、、、。」

皇女の震える瞳、、、。
国家間の問題に私情は挟むべきではない。
そんな彼女の心の声が聞こえてきそうだった。

「分かります。」
エリカは静かに言った。

ヴァイオレットは畏まって言った。
「、、、折角試験を受けてくれたのだから、話さなきゃね。
ピアノ召還とは何なのかを。」

金のピアノ召還

「魔物にとって、音楽は、いえ、音階は、只の音にしか聞こえないの。

CDEファFGABC
と、その#♭

どんなに音痴で、どんなに音楽がきらいな人間でも、音階として聴こえる音があることくらいは、分かるし、ちゃんと聞き取れるはず。

でも、魔物は違う。
音楽の感性に乏しいとかそういう次元ではないの。


 |い。


だから、旋律、つまりメロディも分からない。」

ヴァイオレットは、目元を引き締めて話を続けた。

「でもね、
たった1つだけ、
魔物にも、音階が聞き取れるように、精密に計算された曲があるの。
それはあまりにも難解で、誰1人として弾くことが出来なかった。

金のピアノで、それを弾くことが出来たなら、その音色を魔物に届けることが出来る、、、。
魔物にとって、音階はとても不思議な音
だから、惹き付けられるようにやって来る。

その習性を利用した召還術が、金のピアノ
けれども、非常に危険なの。
少しでも誤れば、たちまち不快音が世界に鳴り響き、人々の心臓を破ってしまいます。

更に、強弱なども指示された通り正確に行わなければ、求めるよりも、多くの個体数を呼び寄せてしまうことになる。

だから、この試験は手を抜けないし、選抜者は重責を担うことになる。」

「皇族もね、、、実は魔物と同じ。
音階が分からないの。
なぜ、音階だけが音ではなく、メロディを構成するのか、、、私には分からないのよ。」

ヴァイオレットの興味深い話に、エリカは聞き入っていた。

なぜ、音階だけが、メロディを構成するのか、、、
「それはきっと、誰も分からないと思います」
エリカは、呟いていた。

思わず、普通に会話をしてしまい、ハッとして付け足した。
「ご、ご無礼を、、、!
興味深いお話、ありがとうございました。」

その時、
ふと、足元に気配を感じた。

見ると、幼子が興味深そうにエリカを見上げていた。

ジュリエッタである。

エレンとヴァイオレットへの脅しの場面に居合わせてしまった、たった2才の皇女。

顔の作りが何もかも小作りで、非常に可愛らしい女の子であった。
容姿だけでなく、幼子故の可愛らしさも併せ持つ。

エリカは思わず顔を綻ばせた。
屈んで目線を合わせる。

「初めまして!」
笑いかけて、小さなお姫様に挨拶をする。

紫色の瞳がエリカを見つめ返した。
その瞳に映る自分と目が合う。

その瞬間、頭がくらっとした。
何が起こったのだろうか。

戸惑っていると、ジュリエッタが挨拶を返してくれた。

「はーて!」

エリカの真似をしたのか、はたまた覚えたての言語なのか、、、。

何にせよ、一生懸命にアピールする姿に、つかの間の癒しを感じた。

ジュリエッタは、キラキラと目を輝かせながら言った。
「うたえるの、うたえるの!」

「うらえる?」
エリカが首を傾げていると、
ヴァイオレットが微笑ましげにジュリエッタの言葉を翻訳した。

「歌えるんだよね」

「へぇ!すごい、、、ですね!聞かせて!、、、ください!」
思わずタメ口になりそうなのを訂正する。

幼子とはいえ、皇女だということは忘れてはならない。

何気なしに言ったがハッとした。
ジュリエッタも、皇族の1人。
と、いうことは、メロディのある曲を歌えるのだろうか。
それとも、
音階のないリズムだけの曲なのだろうか。

疑問に思っていふ内に、歌が披露された。

「あ……いーりーすの…げんしは…そーらにあるー
そのーじーったいーをー…しるーものは…いないー
だいちのーはんたいーにあるーとさーれるー」

それは、、、、明らかに、音階がある、メロディのある歌であった。
幼子ゆえに、音程は定まっていないが、確実に、音階を理解して歌っている。

しかし、それ以上に、気になることが、、、

そう思った時、エリカの疑問を察したのか、ヴァイオレットが口を開いた。
「これは、皇族に代々伝わる子守歌。
この曲だけは、魔族にも何故か、メロディだと感じることが出来るのです。」

それから彼女は、妹を抱き上げ、冗談めかして言った。
「でも私だけは何故か、歌えないのよ。聞き取ることは出来るけれど。
音痴なのかしらね。」

ジュリエッタが、その雰囲気を察したようにくしゃっと笑う。

ヴァイオレットはふと真顔になって、子守唄の歌詞を口にした。

「アイリスの、幻視は空にある。
その実態を知る者はいない。
大地の反対にあるとされる。」

その時、エリカの頭に綺麗なメロディが、響き渡った。
ヴァイオレットとジュリエッタの声で、盛大な伴奏と共に、子守唄が流れているのだ。

しかし、目の前にいる2人は歌ってなどいない。
これは、自分の頭の中だけに聞こえてくるものなのだと、エリカは察した。

いつの間にか、会場のざわめきが薄れていき、曲のイメージ映像のようなものが、脳裏に勝手に浮かび上がってくる。

幻覚を見てるわけではない。
確かに、エリカの視覚は会場の光景を捉えていた。
しかし、頭がぼんやりとして、現実の視覚情報が入ってこない。
意識は、完全に、頭の中の映像に惹きつけられていた。

不思議な現象に驚く間もなく、エリカはその曲に聞き入った。

”やはり、遠い昔に聞いたようなことがある。”

そう思えるような、非常に懐かしい響きであった。
独特な旋律であるにも関わらず、既視感を覚えるような、そんな不思議な曲。。。

「独特な歌詞よね。
私達も、意味がよく分からないの。」

そんなヴァイオレットの言葉が、エリカを我に返らせた。

頭の中の情景や音楽が一気に掻き消される。

現実に引き戻されたようなエリカの表情に、相手も気づいたようだ。

「どうかしたの?」
ヴァイオレットが尋ねる。

思わず口を開きかけて固まる。

”今のことは、言わない方がいい”

何故か強くそう感じた。

「いえ、、、素敵な子守唄ですね。」
エリカは、誤魔化すようにそう言った。

~~~~~~~~~

どれほどのこと、試験会場にいただろうか
大勢の候補者を見送った。
同じ曲を、ゲシュタルト崩壊でもしそうになるほどに聞いた。
ジュリエッタは疲れて乳母と共に休憩しに出ていた。

教会を照らす数多の蝋燭は、候補者とピアノ、そして試験管の皇族と神父を照らしていた。

エリカとヴァイオレットがいるのは2階席の3列目。

先頭は、妃が陣取っていた。
ヴァイオレットの母である。

エリカは、そちらに目線を向けていた。
非常に目立っていたからである。

美人で、そして厚化粧できつい目元、、、
おとぎ話にいる、意地悪な妃の典型的な風貌。
思わず感嘆してしまいそうになる。

その妃は今、非常に不機嫌であった。
「ずっと同じ曲じゃない!!!」

「試験ですので」と、侍女が宥めるように茶を差し出す。

妃は茶を一口飲むと、高飛車に言った。
「まぁいいわ!
トロトロした曲よりマシね!
激しい曲じゃなきゃ聞いてられないわ!
音楽なんて大キライよ!」

それから、突然、ティーカップを投げつけた。

割れて飛散したカップの残骸を片付ける侍女。。。

妃はお構いなしに恫喝した。
「温いじゃない!!
ヴァイオレットはどこ?
連れてきなさい!!」

「畏まりました。」
侍女は、片付けの手を止めてそう言うと、別の若い侍女に目配せをした。

若い侍女は恐れおののき、今にも泣きそうな表情をしていた。
しかし目配せを受けると、慌てた様子で、その場を離れ、急いでヴァイオレットの元へと向かった。

后は侍女達の様子には一切感心を示すことなく、不貞腐れたまま一点を睨みつけていた。

ヴァイオレットがその侍女に連れられてやって来ると、
妃は優しく語りかける。

「ヴァイオレット、大丈夫よ。
あなたは偉大な偉大な女帝になれる。
いえ、必ずなるのよ。」

どこか威圧的な言い方である。
ヴァイオレットは、母の狂喜に満ちた顔を不安げな様子で見つめるだけであった。


即位式

宮殿の庭園に、ずらりと2列並んだ歩兵が、花道を作り、ラッパや太鼓を吹き鳴らしながら、音楽を奏でている。

その花道を、一台の馬車がゆっくり走行し、後から行進する軍隊がついてくる。

即位式である。
聴衆の平民達は、馬車の中の次期皇帝をまだ知らない。

華やかな式に晴れやかな表情を浮かべる国民達の中には、しかめっ面の者もいた。

「女帝など、ふ吉だ!」
「女帝は、魔法を世に蔓延させる力を持っているのだぞ。
恐ろしい。」

老人が静かに言った。
「安心なさい。
彼らにはもう、ほとんど魔力が残っていない
おそらく、前皇帝が最後の、魔物と契約出来た世代でしょう。」

聴衆の中の1人が言った。
「いや、前皇帝も、自作自演だろう?」

老人は、方眉をつり上げ、目を伏せながら首を横に振った。

                         ~~~⚜️~~~

宮殿の中央部には、壮大な棟が聳えていた。

それは、雲の上に届く高さまで達し、
皇帝が持つ魔力の脅威を象徴しているかのようだった。

その頂上は大広間となっており、外に解放されたテラスがあった。
太い柱で支えられ、幻想的な造りをしている。

即位の儀の時にしか使用されない場所である。

そのテラスの柵に、儀の参加者がやって来た。
あまりに高所故に、テラス越しに見えるのは、空の青色と雲の白色だけだった。。。

異世界のような景色を前に、皇女の3人が最前列に並ぶ。
ヴァイオレット、妃、
それから、乳母が抱かれた、たった2才のジュリエッタも、、、。

その後ろには、エリカと少年兵エヴァンが立っていた。

それからもう1人、小柄な少女がいた。
可愛らしく、愛想の良さげな顔立ちに反して、
シルバーブロンドの髪をきっちりと後ろで結い、この世の誰よりも冷徹な表情を浮かべている。

誰かは知らない。

が、軍服を身にまとっており、(少年兵ならまだしも、、、)複雑な立場にある人物であることは確かだ。

それにしても、
このテラスの荘厳な造りと高度、、、。

幻想的な雰囲気の残る世界遺産、、、で済ますのには無理があるほどだ。
ここまで高い建物は、アクア公国科学の国にはほとんどない。

いよいよ、エリカも、魔法への懐疑的な念を失い始めていた。

「遂にこの日が来てしまいました。」
不安げにそう言ったのは皇女ヴァイオレット。

妃は優雅に言った。
「何をそのように狼狽えているの?
魔族の直系から皇帝を選別し、魔法を授かる光栄な儀式よ!」

ヴァイオレットは憤りの表情で妃を見て言った。
「魔物は、邪悪な生き物ですし、これは授与ではなく契約です。
あの者たちは、皇帝になった者に代償を払わせた。
お父様の時も、腹心であり友だちであった護衛が犠牲となりました。
そもそも、魔物以前に、今心配すべきなのは、金のピアノです。」

前列の皇族の話は、自然と耳に入る。

エリカは、柵より少し離れた位置にあるグランドピアノを見つめた。
金箔が全面に張り付けられており、光沢により天井が反射して写っている。

先日のコードSSS試験は散々なものだった。
だれが合格したのかは、まだ知らない。

恐らく、、、

そう思った時、選抜者がピアノに向かって歩んでいき、
そして、椅子に腰かけた。

予想通りである。
謎のシルバーブロンドの少女だ。

選抜者を前に、自分の不甲斐なさと劣等感に苛まれていると、綺麗な音色が響き渡った。

白く細い指で鍵盤を弾く知らないの顔は、先程のような冷徹な表情ではなかった。

幻想的な唯一無二の旋律が流れる。

綺麗な曲であったが、緻密で完璧すぎる整合性を感じ、なぜかエリカは息がつまる思いになった。

深い余韻を残し、少女は最後の章節を弾き終えた。


その時、太陽の眩しい光に一点の影が現れた。


影は少しずつ大きくなっていく。
こちらに近づいてきているようだ。

「どうやら、召還に成功したようです。」
ヴァイオレットは、ほっとしたように言った。

それから、神妙な面持ちで続ける。
「魔物を最後に見たのはいつでしょうか。
儀式の時だけでなく、人を襲う悪魔や、救う妖精が、度々来ていた時代もありましたよね。」

魔物は近づくにつれ、少しずつシルエットを露にしていく、、、。

ヴァイオレットは、その正体に気づき、不安げな表情を更に歪めた。

それは、大きな翼を持つ長い首の魔物。
ドラゴンであった。

「あら、あれはドラゴン!!!!
初めて見るわ!」
意気揚々と言う妃とは逆に、
   憔悴しきった様子でヴァイオレットは言った。
「ドラゴンは、悪魔とも妖精とも言えない気まぐれな魔物。
怖くないのですか?」

「ヴァイオレット、何でも味方につければ怖いものなんてないのよ。
敵になるというならば、排除するのよ!」
妃が声高々に言い放つと、
ヴァイオレットは弱々しく返した。
「魔物は実態のない、幻覚のようなもの。
私たちを襲うのは、実態のある化け物なのではなく、みなに共通に見える幻覚
故に、使|ん。

妃が威圧的に言う。
「だとしたら、何がなんでも味方に着けなさい!」

ドラゴンの翼の羽ばたきは強い風を生じさせ、その風がこちら側にもやって来た。

最初はそよ風くらいであったのが、
少しずつ強風に変わっていき、
そして嵐のように吹き飛ばされそうなほどの強さになった。

地面に立つ脚に力を込め、みな必死で風に抗った。
目を瞑りながら風の強さから体を守る。

、、、が、

突如、強風がそよ風に変わり、体勢を崩した者は地面に倒れてしまった。

不自然な強風に煽られ、不自然なほど急速に弱まる風。。。

エリカはもはや、魔物や魔法への懐疑心を完全に無くしていた。
一方で、どこか夢を見ているような気持ちも微かにあった。

立ち上がり、閉じていた目を開くと、そこには巨大な怪物がいた。

人生で、初めて見る、魔物とやらである。

人々の夢とロマンがつまった恐怖の生き物、ドラゴン。

書物でしか見たことがない、架空だと思っていた生き物が、今目の前にいる。

間近に、生々しく視界に映る巨大な姿に、
エリカは圧倒されると共に、感動を覚えた。
しかし、この何とも言えない躍動感は、次第に畏怖に変わっていく。

実物は想像以上に恐ろしい外見をしていたのだ。
目は鋭く、どす黒い血を彷彿させるような赤色で、首が奇妙なほどに長かった。

ドラゴンは、テラスの柵の前で羽ばたきながら空中に止まり、軽やかな風をみなに送っている。

その背中には、青い顔の悪魔が乗っていた。

「偉大なる魔王さま、、、!!!
どうか、ヴァイオレット、ジュリエッタ、どちらかに、力をお与えください!!」
妃がひれ伏した。

その横では、ヴァイオレットが青ざめている。
「ドラゴンではない、、、!!
今回の儀は、悪魔!
絶望しかない!!!」

悪魔は、2人の言葉を無視し、鋭い目を更に吊り上げた。

『長男ガ、イナイ。』

それは、人間には決して出せない邪悪な声だった。

妃は、ひれ伏したまま、顔をあげ、微笑を浮かべた。
「彼は今、敵のお世話になっておりますゆえ。」

『敵ノオ世話!?!』
悪魔は下品な笑い声を出しながら言った。

それから、不気味な動きで飛び跳ね、柵を越え、妃の真ん前に立った。

彼女を見下ろしながら悪魔は言った。
『ナルホド、魔力ヲ与エテヤッテモコレダ。
コノ国モ弱体化シタモノダナ。

魔法ニスガリ付キ、武力ㇵ衰ゑ、魔法ガナクナレバ、ドウスルツモリダ?
ヲ前タチ魔族ㇵ、人間ヲ支配シタツモリニナッテイルガ、人間ガヲ前タチヲ作ッタコトヲ忘レルナ。」

妃は、立ち上がると、怖れることなく悪魔に微笑みかけて言った。
「まるで、娘達が人間ではないような言い方ではないですか。」

悪魔は、フッと鼻で笑った。
『当タリ前ダ。
人間ㇳ魔族丿遺伝子丿相違ㇵ、動物以上ニアルノダカラナ!」

「お見事です。

魔物は、人間のように魔法物理学を理解する頭脳はなく、
      ブラックボックスのように魔法を扱う。

そう聞いていましたが、(その程度なら)理解しておられるだなんて、、、!
さすが、偉大なる魔王さま!」
妃が皮肉を交えつつ媚びへつらうと、
         悪魔が声を荒げて言った。
『魔王ナドこの世ニ存在シナイ。
魔物ハ、悪魔ㇳ妖精ノミデアル。

ヲ前達の歴史ㇵ知ッテイル。
魔法遺伝子ㇵ本来、世ヲ滅ビニ導イタ魔法ヲ封印スル為丿入れ物トシテ作ラレタノダ。
何丿偶然カ、ソレハ遺伝子丿形ヲシテイタ。
放置ャ破壊デ、宇宙規模ノ爆発ヲシ、世界ヲ消滅サセルガ故ニ、受精卵ニ注入サレタオ荷物ノ松末ガオ前達ダ!!』

そして、3人の回りをぐるぐると回りながら言った。
『コ丿契約デ、魔法遺伝子ガ活性化シ、他丿魔族デハ到底及バナイ、強大ナ魔力ガ手二入ル。
ソノ代ワリ、契約シタ者ㇵ、多大ナル代償ヲ払ウコトニナルダロウ。』

それからぴたりと脚を止めて言った。
『コレヨリ、女帝丿選別ヲ開始スル。』

ヴァイオレットが緊張と苦悶の入り交じった表情を浮かべた。

妃は微笑を浮かべ、
ジュリエッタは何故だか怖がりもせずに乳母に抱かれていた。
そして、ついに次期皇帝の名前が告げられた。

『皇帝トナリ、コノ世デ強力魔法ヲ扱エル唯一丿人物トナリ、
恵ミト平和ヲ与エル人間トナルベキハ、、、

ヴァイオレットは、緊張で震えていた顔に、複雑な表情を浮かべた。

自身が女帝になれば代償を払うことになるし、なれなければ人質にとられた兄エレンを救い出せない。

どちらに転んでも、救いはない。

深呼吸してから、ヴァイオレットは覚悟を決めたような顔つきになった。

悪魔は、そんな彼女を見てにやりと笑って言った。

『コレヨリ、魔法遺伝子ヲ活性化スル儀ヲ、行ゥ゙。
ソレ前ニ、、、代償トシテ、命ヲ頂コウ。』

エリカを除き、皆が予想外の言葉に驚愕する。
その理由は直ぐに分かった。

「、、、
代償を払うのは、魔術を授かった後ですよ
前後が逆なのは信用しきれません!
選別式は、別日に設け、他の魔物に依頼します。」
ヴァイオレットは狼狽えながら言った。

しかし、悪魔は邪悪な笑みを浮かべて、その言葉を否定した。
『一度執ㇼ行ワレタ式ヲ、白紙ニ戻スコトナド許サレナイ。
命ヲ頂コウ。』

悪魔は、その鋭い目を乳母に向けた。

いや、乳母ではない。
まだ幼い皇女ジュリエッタである。

「やめて!!!!!」
ヴァイオレットが叫ぶ。

しかし、妃は固く目を閉じているだけであった。
娘を切り捨てる覚悟をしているようにも見える。

エリカは、、、そんな2人を見つめていた。

そして、、、
、、ジュリエッタの前に立ちはだかった。

幼女と乳母を背に、今、エリカは魔物と対峙している。

遠く死領域を超えてやって来た、異国の者の大胆な行動に、みなが注目した。

エリカは、自身の立場を鑑みることなどしなかった。
懐からそっと小さな横笛を取り出す。

魔物とやら、、、に行使するのは初めてであるが、、、調教の才だけは、誰にも負けない自信があった。

そのエリカに剣を差し向けた者がいた。

例の少女である。

人間は魔物に勝つことは決して出来ません。
無駄に抵抗することで被害を増大させます。」
初めて聞く声は、可愛いらしい声質に反して、冷徹な響きをしていた。

エリカは唖然としながら、笛を持つ手を下ろす。

皇女たちも、硬直したまま何も言えないでいた。

その時!!

突如、謎の衝撃が体を襲った。
視界の景色が動いていき、平衡感覚が分からなくなっていく。

気づいた時には、エリカは吹き飛ばされ、柱に頭を強打していた。

激痛に暫く悶絶していると、
魔物の顔が大きな口を開き、ジュリエッタに迫っているのが見えた。

悪魔が、襲う寸前の勢いをつける。

ヴァイオレットの悲鳴が谺した。

その時、初めてジュリエッタは泣いた。

大声で泣きわめく姿は、普通の子供の泣き声ではなかった。

幼い泣き声を聞いた途端、悪魔の恐ろしい表情が苦悶の顔に満ち溢れた。

悶絶しながら、わずかに後退すると、ドラゴンに飛び乗る。
血眼になり、恐ろしい形相で、聞いたこともない言語を口走っている。

呪文を唱えるのだと理解した時、
まだ夢うつつだったエリカは、
はっきりと魔法を現実のものだと捉えた。

現実の呪文は、何とも形容し難い謎の説得力が感じられる。
兵器の起動スイッチのように、確実に殺る為の電子回路のような整合性、、、。

ドラゴンは呪文に苦しみもがき、翼を激しく羽ばたかせた。

その翼で強い風が生じる。

風はあまりにも強く、全員テラスの奥へと吹き飛ばされた。

ドラゴンが悶がきながら、一直線に炎を吐き出す。

炎は、テラスの中央を一直線に駆け巡った。

炎上する広間、、、

ヴァイオレットが逃げる横で、妃は呆然と火を吹くドラゴンを見ていた。

少年兵エヴァンが、妃の護衛に向かう。

一方、激しく泣くジュリエッタの横では、乳母が炎に包まれていた。

が、突如、乳母は頭を撃ち抜かれた。

発砲し即死させたのは、シルバーブロンドの、謎の少女。
彼女は、ジュリエッタを抱えて炎から遠ざかった。

そしてエリカは、、、、
頭に高温の熱を感じていた。

ツインテールの毛先に、炎が移ったのである。
それに気づくと、彼女は一瞬躊躇うも、一気に短剣で髪を切った。

切られた髪は、バサッとおちて燃焼しきったが、
毛先からは、再び髪が伸びてきて、切る前の長さまでくると止まった。

髪全体が不気味な色へ染まっていく。。。

エリカは、自身の髪を手に取りその色を確認した。
深緑色の毒々しい色である。

しかし、自身の身に降り掛かった事態に動揺する間もなく、自体は悪化していく。

放たれた炎が広がり、炎上の範囲を広げていたのだ。

テラスの惨事に見回れている頃、
   皆の知らない間に、

太陽の先から近づいてくる光輝く何かがいた。

それはテラスを地獄に変えた悪魔と、それが乗るドラゴンへと突進していった。

一方で、炎上の渦中には、突如謎の閃光が出現していた。
皆が、その眩しさに目を覆う。

エリカも、目を瞑りながら、炎の熱が少しずつ引いていくのを肌で感じていた。

”一体何が起こっているの?”

事態を把握する為、エリカは肘で目を守りつつそっと薄目を開けてみた。。。

そこには、白い綺麗な輝きが舞っていた。
光は不規則に動きながら、炎を消しさっている。

ふとテラスの方を見ると、空に何かが見えた、、、。

エリカは、目を細める。

そして、輝きに満ちたテラスを走り、柵ごしにそれを見た。

それは、とても幻想的で、
        そしてまた、可憐で粋な景色であった。
翼を持つ白馬に股がる美しい女性が、
          空高く舞い上がり、
                        炎の悪魔に突進している。

エリカの後からやって来た他の者たちも、その光景に見惚れていた。

「ペガサスに、天女」
妃が目を輝かせ、欲望に満ちた表情で言った。

そう、この空に突如現れたのは、かの有名な架空の生き物。
今や現実のものとして、人間達の前に姿を現している。

ペガサスは、ドラゴンの放つ炎をかわしながら、その周囲を旋回し、白い翼で胴体を攻撃していった。

が、

攻撃から抜け出したドラゴンは、呪文に苦しみながら、大口を開けて一直線に、天女へと炎を吹いた。

ペガサスは避けずに炎へと向かっていく。

天女がスティックを掲げた。

すると、巨大な渦を巻きながら白い閃光が炎へと向かっていき、遂に衝突した。

炎は抗うことも出来ずに後退し、白い渦とともに、炎の主へと戻っていく。

ドラゴンの口へとそれが突入した時、爆音と共に、テラスに衝撃が走り、エリカたちは崩れ地面に打ち付けられた。

天空には、大爆発の瞬間がおさめられていた。

火炎と煙が少しずつ消えていき、
美しい妖精、ペガサスにまたがる天女が現れた。

天女は目を瞑り、スティックを自身の額に当てて言った。
『哀れなドラゴンよ。
世代交代の年が来ました。』

ペガサスは、羽ばたかずに翼を広げたまま下降し、こちらへと向かって来る。

距離が縮まっても、羽ばたきの強風は生じず、変わりに爽やかな風が吹いた。

輝きを放つ不思議な生き物が、ついに柵ごしに到達し、テラスへと舞い降りた。

みなが呆然としていると、
天女が馬から降りずに言った。
『魔界にいた私に、突如子どもの泣き声が聞こえたのです。
助けを求める強い叫びが込められた声でした。』

聞き惚れてしまいそうなほど、美しく神秘的な声であった。

みながジュリエッタを見た。

泣き声により、ドラゴンは彼女を手にかけることが出来ず、そのタイミングで救世主がやって来た。

ジュリエッタに注目するみなの様子を見て天女は言った。
『彼女の泣き声だったのですね。』

ヴァイオレットが困惑したように言った。
「ジュリエッタには、強い魔力が備わっているのでしょうか。
ドラゴンが、魔法遺伝子の発現に耐えうるとして、女帝に選んだのは私だったのですが、、、」

天女はジュリエッタをひと目見るなり言った。
『いいえ。
1番強い魔力を感じるのは、あなたで間違いないでしょう。
しかし、なぜジュリエッタの泣き声に強い力があるのかは、私でも分かりません。』

それから、天女は改まった様子で言った。

『私が悪魔に代わり、魔法を授けることも出来ます。
ただし、妖精と言えど、代償無しに与えることは出来ません。

魔法の解禁は、魔物にとって多大なるエネルギーの喪失を伴います。
不条理なことに、人間の悲しみだけが、そのエネルギーを回復させることが出来るのです。

ですから、代償を払うのは当然の義務と言えるでしょう。

ただし、悪魔は、自身の回復に必要なエネルギー以上の物を奪い、身の肥やしにしてしまうのです。
彼奴等は、命を奪うだけではなく、生け贄と皇帝となった人物の死後までも苦しめます。

永遠なる無の世界に閉じ込め、意識はある中で孤独と、途方もない永遠の時間に苦しまなければならないのです。
しかし、命の代償の陰に、死後の苦しみの代償を隠しているのですよ。

選別式には、どのような魔物が来るか、当日にならないと分かりません。
次の儀式で妖精が来る保障はありません。

ヴァイオレット・メイデン・ギャラクシア

いかがいたしますか?』

ヴァイオレットは、しばらく眉を潜めながら不安げな顔をしていた。

まだ若い皇女に課せられた重責と決断は、過酷なものであった。

しかし、彼女は覚悟を決めた。
いや、運命に決めせられたのだ。
その不本意極まりない決意を宣言する。

「女帝に、即位します。」

『分かりました。』
天女はそう言うと、馬から降りた。

人間の誰よりも背が高く、魔界の生き物であることが実感させられる。

天女は、ヴァイオレットの前に立って言った。
『あなたに払っていただく代償は、孤独です。
人から向けられる愛情に一切慢心することが出来なくなるのです。
それでも、女帝になる決意は揺るぎませんか?』

ヴァイオレットは力強く頷いた。
が、彼女は心の内を隠すことには長けていなかった。
端々に憤りの念が現れいた。

天女が気づく様子を見せつつも、こればかりはどうしようも出来ないことなのだろう。
若いあどけなさの残る娘を、心配そうに見つめるばかりであった。

エリカは、苦い表情をしていた。

この帝国の皇族は、権力に取り付かれる者もいれば、その重責に苦しむ者もいる。
ずっと前者だと思い込んでいたエリカは今、その地位ならではの苦しみを目の前に、困惑した。

妃はそんなエリカを見て、ほくそ笑んでいた。
彼女は気づいたのだ。
生け贄として、エリカを利用出来ることに。。。

妃は言った。
「天女様、、、
呪いをかけられた人物なら、代償を肩代わりすることが出来ると聞きました。」

それから、エリカを指し示して声高々に言い放った。
「この娘の頭はドラゴンで焼かれていました
つまり!呪いです!」

皆がエリカの髪に注目する。

ヴァイオレットも、彼女の変貌に戸惑いを見せる。
「エリカさん、
その髪はどうしたの?」

天女は表情を固めて言った。
『いかにも、、、
呪いです。
しかし、代償を完全に肩代わりすることは出来ません。
彼女が苦しむことにより、幾ばくか、女帝の苦しみが弱まるだけです。』

『それに』
天女は厳しい視線を妃に向けた。
『本人の意思を無下にすることは許しません。』

毅然とした態度、固い口調。
妖精とは言え、魔物の迫力に妃は、狼狽える。

しかし、エリカの意思は決まっていた。
「分かりました。
この呪いを、代償の軽減に使います!」

その言葉に、困惑するヴァイオレット。

妃は少し驚いたような表情をしたが、好機を得たとばかりに邪悪な笑みを浮かべた。

「いきなりどうしたの?エリカさん、、、」
ヴァイオレットは、不信感を顕にして言った。

初対面の相手の為に身を削ると、唐突に言い出したようなものだ。
無理もない。

勿論、エリカには魂胆がないわけではなかった。
もしかしたら、女帝の力と自分の呪いに関係性が生まれれば、、、両親に何があったのか、手がかりが掴めるかもしれない、、、という。

しかし、天女は首を振って言った。
『それは出来ません。
肩代わりする人物は、女帝にそれを悟られてはならないのです。

もし悟られてしまえば、共倒れ。
どのような代償を払うことになるかは誰も知りません。』

エリカは何も言えずにうつ向いた。

すると、頭の中に声が響き渡った。
それは、天女の声である。

見上げて見ると、彼女はまっすぐにエリカを見つめていた。

この声はエリカの心だけに、聞こえた。

"エリカ・ブラウニー。
皇帝に悟られずに、代償を払うことは出来ますか?
またその覚悟はありますか?"

エリカは心の中で強く頷いた。
ヴァイオレットとは違い、これは自分自身の意思である。

"では、あなたに苦しみを与えましょう。
これから行われる、魔法召還の儀が終了された途端、あなたには代償が課せられます。

それは、女帝が魔法を使用する度に、
閉ざしていた暗い過去が心の中で蘇るというもの。
あなたは、英雄になることも出来ずに、英雄には必ずついてまわる苦しみを陰で味わいながら、支えていかなければならないのですよ。

本当に、その覚悟はあるのですね?
最後の確認ですよ。
取り消しは出来ません"

言い終えると、
     天女は厳しい顔つきでエリカを見た。

まだ体験しない苦しみに、想像だけで分かったつもりになってはいけない。
耐え得ると思っていても、現実がそれを許さないこともある。

心の中でそう自問自答するが、エリカは決意を固めた。

"誓います。"

"分かりました。
その覚悟と意思を尊重しましょう。"

そこで、天女との心の会話は終わった。
エリカにとっては、少しばかり、会話で時間を取っていた感覚でいたが、他の者たちには一瞬のことであったようだ。

2人のやり取りに感付く者は誰もいなかった。

天女は、ペガサスを見て合図を送った。
ヴァイオレットの前で、ペガサスは頭を下げた後、屈んで背中を低くした。

天女は言った。
『これに乗ってください。
魔法を召還しましょう。』

ペガサスは空高くへと舞い上がっていく。

皇女ヴァイオレット・メイデン・ギャラクシアを背中に乗せて、、、。

始めての浮遊に、ヴァイオレットは足元が虚空の恐怖を感じた。
ぎゅっと馬鞍にかける脚に力を入れた。

上空は思いの外、強く冷たい風が吹き、彼女は飛ばされないように手綱を握った。

テラスから、
エリカたちは、その様子を見ていた。

シルエットがぎりぎり分かるほど遠くに、飛んで行ったペガサスは、空中旋回を始めた。

テラスから突出したキャティレバーに、天女が立っている。

スティックが掲げられた瞬間、上空から一直線に落雷した。

雷は、真っ直ぐに、ヴァイオレットの体へおちた。

その瞬間、彼女の周囲を囲むように虹色の光が走り、
頭上からは金色の王冠が降りてきた。

いよいよ、女帝が即位する。

冠が彼女の頭にはまった時、
周囲を旋回していた虹色の光は、空の遥か彼方へと飛んでいき、
爽やかな空に虹を描いた。

その光景は、地上から、不安げに待ち続ける国民たちにも見えていた。

空の不思議な現象に、皆が我を忘れて見入っていると、
綺麗にかかった虹の橋から、真っ白な翼の生き物が飛んできた。

人々は目を凝らしながら見る。

それは次第に近づいていき、
羽ばたくペガサスが見えた時、人々は初めて見る神秘的な生き物に一瞬見とれていた。

「皇帝陛下、万歳!!」

1人が大きく叫んだ。

馬に股がる人物にみなが注目した。

そこには、王冠を身につけ、赤いマントを翻しながら空を旋回する、女帝ヴァイオレットの姿があった。

「皇族の方々には、まだ魔力があったのだ」
1人が空を仰ぎ、感服したように言った。

「「「ヴァイオレット陛下、万歳!」」」

辺りは歓声に道溢れ、ラッパが鳴り響いた。

白馬の上からその景色を眺めていたヴァイオレットは、崇拝される気持ちよさを始めて知ることとなった。

それと同時に、誰からも本心では愛してもらえないのではないかという、不安が彼女を襲ったのであった。


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