見出し画像

それでも病気は治らない

病院を変えて、薬を減らして副作用に悩んで、薬を戻して、様子見て、また少し減らして。


夫の薬が1錠になった時、夫は職場でめちゃくちゃ怒鳴られた。


夫の仕事は職人の仕事で、見て覚えろ。が大半の仕事だった。


それでも、持ち前の器用さから、問題なく仕事をこなしていた。

上司も比較的優しく、難点なのは気分によって、指示する内容が変わること。


その日はタイミングが悪かった。


指示された内容で仕事をしていたら、機嫌の悪い上司に怒鳴られたそうだ。


「取り返しのつかない事をした」

「なんでそんなことしたんだ」

「指示どおりのことをしろ」

「ここはもう他の人にやらせる」


指示通りのことをしていたが、怒鳴られてしまった。

他の先輩はフォローをしてくれたが、夫には響かなかった。


帰ってきてから、夫の顔は酷い顔をしていた。


「もう嫌だ……」

「……死にたい」

「楽になりたい……」


そんなことばかり繰り返し、夫はスマホで安楽死の仕方を検索していた。

あ、こりゃだめだ。

私は脳内で笛を吹き

「子どもたち。集合」

キッチンに子どもたちを集合させた。

息子はなんとなく理解していて、娘はまだ難しそうだったけど、子どもたちに夫の状態を隠すことなく伝えた。


「今パパは、病気が悪化してしまって、死にそうな状態です。悲しくて寂しくてどうしようもない状態です。」

「パパつらいの?かなしいの?」

「そう。なので、今日はパパがしたいことは嫌がらずに受け止めて上げて欲しい。寂しいとき悲しい時、何してもらうと嬉しい?」

「う〜…ん、抱っこ!」

「ぎゅってする!」

「ありがとう。出来る限りのことをしてあげて。ママだけじゃ足りないんだ。パパは君たちのことが大好きだから」


「お願いね」と言って、子どもたちを抱きしめた。


そして安楽死の仕方で、一番できそうなのは、オーバードーズ(薬をめちゃめちゃに飲むこと)だった。私はすぐに、精神薬を隠した。



それから日中、子どもたちは夫にくっつき、頭を撫でたり、いつもなら抱きしめられたら逃げる子どもたちもじっとして、夫を気遣っていた。



それでも、夜には、絶望がやってきた。



呼吸は整わず、横になることも難しい。

四つん這いになった夫を私は背中を撫でることしか出来ない。


ぽつ、ぽつとこぼす言葉


「教えてもらってない…」

「指示通りだった…」

「今まで何も言わなかったのに……」

「どうして…」

「何が悪いの…」

「苦しい…」


アドバイスのしようがない。

上司の身勝手な性格のせいで、夫は死にかけている。

私は肯定の言葉だけかけて、側にいることしか出来なかった。


ベットに居られなくなって、夫はキッチンに向かった。

私も後を追いかける。


キッチンに立って、キョロキョロしている


「何を見てるの?」

「………薬、ない…」

「そりゃ隠したからね」

「包丁も…」

「隠したからね」

「………」

「何見てるの?」

「………漂白剤…」

「バカタレが。ベット行け」


息が整わない夫を無理やりベットに寝かせた。

私は腕枕をしながら夫の頭を抱きしめた。



これだけ、死にたいと言っていて

「死なないで」

「あなたは大切な人なの」

なんて、あまりにも無責任のような気がして、

そんなこと言えなかった。


だって、死にたいんだよ?

それを止める権利が私にあるの?

そんなことして、夫の人生に無理やり止める権利があるの?


頭で考えても、何も言葉は浮かんで来なかった。


死にたいというなら、いっそ止めないほうがいいんじゃないか


そう思ったとき


「……あ、ごめん」


すっと、心に響いた言葉


「君がしたいことは、なんだってさせてあげたし、これからもなんでもさせてあげる。」


5万の時計。7万のビンディング。15万かかる旅行。子どもたちの説得。家事育児仕事をすべて私が請け負う。なんだってさせてあげる。」



「でも、死なすことだけは出来ない」


「それだけは、させてあげれない」


「ごめんね。これは私のわがままだわ」


夫を死なせてあげることだけはできない。

それを手伝うことも、見逃すことも、見届けることも。



ベットで、頭を抱きしめられた夫は、少し顔を上にあげた


「……わがまま、なの…?」

「そう。私のわがままなの」

「…お前の?」

「そう。だから、君のせいじゃない」

「……おれ、の…」

「違うよ。私のわがままのせいで、君は死ねないの」

「……そか…」

「そう」

「なら…仕方ない…ね…」

「そう、仕方ないね」


その会話のあと、夫はやっと眠りについた。

空は白んでいたけど、やっと眠ってくれた。



その後、時間になってから夫の会社に連絡し、病気が悪化したので、入院するかもしれないと言って長期休みをもぎ取り、私も職場を3日ほど休んだ。




あとがき
この後も、何度か

「死にたい、死にたい言っておいて、俺は死ぬこともできない……」

ということがあったので

「そりゃ、私のわがままでお前は死ねないんだから、仕方ないよ。あんたが生きてるのは私のわがままなんだから」
「あ……そうか、俺のせいじゃない…」
「そうそう。大変だね。わがままな嫁をもつと」
「……うん、大変だ…」

というやり取りをしました。
私のわがままで生きている。というのは夫にとって、どこか安心するようです。

うつ病パートナーを支える人なら、嫌というほど知っていると思いますが

「声が届かない」

これは、とっても深刻です。


どれだけ言っても、どれだけ表しても、

「愛されてない」と思われたら、こちら側は何も出来ないんです。


それは、虚しくて、自分の価値がないような、必要とされていないような、虚無感は今でも忘れられません。


それでも、それでも


一緒に居たい。傍に居たい。


ただそれだけなんですよね。


最近では、伝わらないなら仕方がないかな。と思うようにもなりました。


結局、受け止める夫の気持ちを変えることは出来ないし、

「私が愛してるって言ってるんだから信じなさいよ!!!」

ってそこまで傲慢にもなれません🤣


私の見ていないところで自殺されたら、それを止めるすべはないです。

だから、今日、今、この瞬間にした会話が最後になるかもしれない。

その覚悟をして、日々夫に接しています。


後悔のない言葉を選ぶ。

たとえ最後の言葉になっても決して自分を責めないように言葉を選んでいます。


覚悟がいるんですよね。

うつ病パートナーを支える人は(笑)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?