うけとめる
この間手紙は完成したと思っていたけど、noteの桜林さんの記事を読んで「私はまさにこの状態なんじゃないか…」と気付かされた。
私はすごく友だちに期待していたんだ。
最初のきっかけは友だちにされたあることだった。
それは私にとって寂しく、悲しいことだった。
友だちが私にしたこと、
それを悲しいと思ったことは事実だ。
そして私は自分が何かしたからそうなったんだと自分を責めた。責めて責めて、不安になって、焦った。
その気持ちはいつからか「何かしたから、嫌われてしまったんだ」と見えない友だちの気持ちを勝手に決めつけて思い込むようにさせていった。
その思い込みがさらに私を苦しめた。
その苦しみに耐えられなくなったとき、私は「みんなのせいでこんなに辛いんだ」と友だちのせいにして、怒り、嘆いた。
さらに「友だちだから分かってもらえるはすだ」と、友だちであることに期待し、甘えたんだ。
友だちの本心を知ろうとせず、勝手に友だちの気持ちを想像して決めつけていたんだ。
そう気付いた。
気付いた直後は息が苦しくなる程、ショックだった。
私はなんて汚い、醜い人間なんだとショックで絶望した。
でもその気持ちをありのまま、隠さず、手紙にまとめて書き終えたとき、
何だかスッキリした気分になれた。
あんなに苦しい気持ちだったはずなのに、不思議な感覚だった。
「私は寂しかったんだな」
「私は皆に嫌われたくなかったんだな」
「でもすべて私の勝手な思い込みだったんだな」
いつもならそのあとに「でも本当は◯◯なんじゃないか」「自分のためなんじゃないか」とか、
自分を否定する言葉が浮かんできたけど、今回はそれが全くなかった。
これが自分を本当の意味で受けとめるってことなんだと知った。
すごーく時間がかかったけど、
やっと少し自分を知ることができて、その自分を受け止めてあげられた。
よくここまで辿り着いたね。
頑張ったね、自分。
そんな汚くて、醜い自分も、
素直になれた自分も私は好きだよ。
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