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「主体的な学び」から「中動的な学び」へ


かつて、日本の学びは詰め込み教育と言われ、「受動的な学び」でした。それは当時の社会背景を考えれば、合理的なものであったかもしれません。

その後、コンピュータ技術やインターネットも発達し、「受動的な教育」に対する見直しの観点から「主体的な学び」が叫ばれるようになってきました。

ただ、チームワークを必要とするものづくりの観点からは、「受動」を否定した「能動」であっては、独りよがりとなる危険性があります。

「受動」も「能動」も大切にする「中動的な学び」こそ、これからの教育に求められると考えています。

「受動的な学び」について

自己は環境によって影響を受けると同時に、環境は自己の影響下にもあります。もし、自己が環境によって決まるだけであれば、受動的な学びで何らかの色に染めればよいという考えにもなるでしょう。

もちろん、物理的に過去や現在の状態から未来を予測することもありますが、過去によって現在のすべてが決まるのではありません。もしそうなら、どんな犯罪もビッグバーンが悪いということになってしまうでしょう。

これを機械論的因果と言いますが、「受動的な学び」には、創造性の発揮に必要な自由と責任(※)がありません。

※責任は英語でresponsibilityですが、これは「response(応答)+able(できる)」ことを意味しており、応答できるための自由があるという意味です。つまり、自由がなければ責任はなく、自由があればその分責任があるように、自由と責任をと切り離すことができません。

「主体的な学び」の限界

私たちには意思があり、未来をも見据えて現在の振る舞いを自ら決定しています。これが主体性です。主体的な人は、自分なりの目的を持って動いていると言えます。

人工知能(AI)も必ず目的関数を設定する必要がありますが、特定の価値観に基づく目的論は、異なる目的との対立を招く恐れがあります。

これを目的論的因果と言い、何かを始めるきっかけを得る段階においては有効であるものの、目的が限定される分だけ、創造的な営みに必要な自由と責任が阻害されてしまいます。

早く行きたければ一人で行け、
遠くへ行きたければ皆で行け。

アル・ゴア元米副大統領

チームワークを必要とし、社会の状況が目覚ましく変化する現代のものづくりにおいては、独りよがりな目的は排除され、また状況に応じて目的を変化させる適応力が必要になります。

「中動的な学び」とは

コンピュータとは異なり、人間同士がチームワークを発揮する場面においては、「受動」と「能動」のどちらかに偏ることはありません。

  • 「能動」無き「受動」:自己を否定した全体主義

  • 「受動」無き「能動」:他者を否定した個人主義

複数人で音楽を奏でる場合に、「相手の音を聞きなさい」と言われていたら、今度は「自分の音を出しなさい」と言われ、自分の音を出そうとしたら、今度は「相手の音を聞きなさい」と言われるという話を何度か聞いたことがあります。

洗練されたチームワークというものは、ある面から見ればそれを能動的とも言えるし、別の面からみれば受動的とも言えます。これを中動的と言うのです。

親しい人同士の会話においても、どちらかが一方的に話をするのではありません。会話には会話の流れがあり、その方向性は過去だけが決めるのでも、固まった目的(未来)に向かうのでもなく、今・ここに自由と責任がありながらも、自ずからその場に適さない話題は排除されるのです。

そのような経験は、能動的であるとも受動的であるとも言えますが、それを中動的と言い、間主観的とか、間主体的とも言います。

自分さえよければよいのではなく、そうかといって、他者のために自分はどうなってもよいのでもありません。安易な自己犠牲ではなく、自己と他者とのあいだを善くする今・ここの自己否定の在り方が問われているのです。

研究室での「中動的な学び」

研究室の学生さんも、最初は教員や先輩の指示に従う受動的な段階です。これは研究ではなく、演習であると言えるでしょう。

次に、徐々に要領を得てくると、自ら率先して主体的に考え、行動できるようになります。ただし、経験が浅いうちは、結果が伴わないこともあるでしょう。

大切なのは主体性が身についた後です。研究は前例のない新しいことにチャレンジする答えの無い問題です。そのため、知識や経験豊富な指導教員でも答えを示すことは容易ではありません。

学生さんは誰よりも実際の新しい現象に深くかかわっていますので、指導教員の知識や経験を上回るものを持っているのです。

この学生と指導教員とのある種対等な関係の中で育まれる学びこそ、最先端を切り開く力を宿していると考えており、これを受動でも能動でもなく、中動的だと言っているのです。

小川雅

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