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アメとアメはちがうの話

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ぎんぎん、こんにちは、ノウト!

違和感のイントネーション、という話を前回させていただきました。

蜘蛛と雲ではイントネーションが違います。柿と牡蠣でも違います。雨と飴も違ったりします。地域によっても同じ言葉、単語でもイントネーションが違ったりします。どちらが正しいのかはとの時と場合によって変わってきます、ニュースなどの発音が正しいと決められても。なんて話はしておりませんが、前回のお話もお読みいただければ幸いです。

ニュースと言う場面だから正しいので、ところが変わり漁港などで「このカキは生で食べられますか?」なんて牡蠣のイントネーションで言っても違和感が出てたりします。

その地域では牡蠣は、柿のイントネーションで発せられて入りいなかったりすると、違和感はでます。いくらニュースでこちらが牡蠣の発音だ。となっていても、その地域では違和感がでます。

目の前に牡蠣がありますから通じることは可能ですが、違和感はでます。

牡蠣を目の前にせず「カキは生で食べずに火を通すよ」と言ったり言わなかったりすると、「柿に火を通して食べる」なんてユニークな人もいるもんだな、と思われているかもしれません。

「アメが降ってきた」なんて言えば、「そんな降ってくるならば、拾わないと」なんて嫌みを言われるかもしれません。飴が降ってくるわけはありませんからね。飴のイントネーションで雨と表現してもわかります。

わかっているのに、そんなことを言うのは嫌みでしかありません。

大阪ではそんなイントネーションが変わったくらいでは、雨を飴だとはおもったりしません。もちろん雨と飴のイントネーションの違いはしっかりとあったりなかったりします。

飴には大阪人は親しみを持っていますからね、友だちの如く、「飴ちゃん」と敬称をつけ呼んだり呼ばなかったりします。

飴が降ってくれば、「アメちゃんが降ってきた」言いますから間違われようはありません。

飴のことを「飴」と言うイントネーションだけで発音する大阪弁をつかうひとはネイティブな大阪人ではないかもしれません。

アメがシトシトとお降るくらいあたたかいので、このあたりで。


ありがとうございます。

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