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知っている幸せの話

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ぎんぎん、こんにちは、ノウト!

困った質問にはこう答える、という話を前回させていただきました。

困った質問と言うのはあります。答えがわからないから困るわけではありません。「数学のファルマーの定理をどう思いますか」なんて質問をされても「どう思う?」とたずねられても、ボクはファルマーの定理はどうも思いません、疑うこともありません。そうなんだ。としか思いません。なんて話はしておりませんが、前回のお話もお読みいただければ幸いです。

そもそも、たまたまボクはファルマーの定理を知っていました。それでもそんなに詳しくもありませんし、たけてもいませんから、「どうも思わない」と困りながらに応えれますが答えれますが、ファルマーの定理が何のことやらわからなければ知らなければ、困るの何も答えられません。質問の意味がわかりません。そもそも、ファルマーの定理に詳しいもたけているもあるものなのかもわかりません。

コミュニケーションの上手な人はそれでも、答えようとして答えます、もしくは知らないと恥ずかしい事柄ならば知っているふりをして答えます。

ファルマーの定理が別に知らなくても恥ずかしいことではありません。つい最近ボクはたまたま覚えた、いや知っただけなので、一年前のボクならば、「なんやそれ?」と答えられなかったはずです。

知らなくて恥ずかしいと言うのは、きっとあります。職業や環境によって違ってきますがきっとあります。恥ずかしいってだけなので別段支障はあったりしません。それを知らなくても仕事ができればいいわけです。求められたことができればいいわけです。

求めるほうはそれを知らないのならば、できないなんて物差しで測ろうとしていますが、それとこれとは違います。

しかし、知らないよりか知っているほうがいいに決まっています。「そんなモノ知らなくてもいいんだよ」と開き直るのはよくありません。それを知ることによってさらに、今まで知らなくてもできていたことに磨きがかかってもう一段上の仕上がりになっていくかもしれません。もう一段上の仕上がりにしてやろうと向上心がめばえるかもしれません。

ファルマーの定理を知ったからと言ってボクに向上心が芽生えたか、もう一段上の仕上がりになったかはわかりませんけれど。

本気だすなんて言っていたのに太陽がでているこの空のどこが本気なのと梅雨空にたずねたいので、このあたりで。


ありがとうございます。

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