途方もなく果てしない恋 〈ショートストーリー〉
15歳の時の恋をまだ忘れられないでいる。
気がつけばそれから15年経ってしまった。
5年前のことも10年前のことも、
ロクに思い出せないのに。
15歳のあの雪の日。
恋した瞬間の体感覚は簡単に思い出せてしまう。
あの日以来、
自分から出ている色そのものがすっかり変わってしまったようだった。
30歳にもなって、
私はいまだにその沼から抜け出せていない。
「抜け出せていない。」
と言いながら、
半分残ったままのコーヒーのカップを静かにおく。
ピカピカに磨かれた窓からふと外を見ると、
空は真っ白でところどころグレーのかたまりがある。
曇り空はかならず私の頭も気分も重くする。
ここはあまり雪の降らない街なのに、
今日は朝から雪がちらついていたせいで、
思い出してしまった。
普段は忘れているのにな。
この場所に流れる空気が好きだ。
休みの日に仕事を持ち帰ると、
私は決まってこのファミレスに持ち込む。
住宅街からすぐの海岸通りにあるこのレストランは、
お客さんの年齢層が高く、
全体の雰囲気が落ち着いている。
窓際に設置された5つのテーブル席が
私のお気に入りだ。
ふと5メートルくらい先、
ひとつ席をあけたところの、
こちら向きで座っている女の子が目に入る。
大学生だろうか。
分厚い本を読みながらノートのようなものに
何かを書き込んでいる。
彼女の着ているオフホワイトのニットのせいか、
健やかで甘い雰囲気が匂いたっていて、
無遠慮にじっと見てしまう。
そして彼女の表情を見て心がざわつきだした。
真剣ではあるが、心なしか微笑んでいる。
そしてまったく他人なんて存在していないかのようだ。
世界と向き合っているようで、
背後から世界に応援されているような気配。
それは今この瞬間が夢につながっていると
感じている人特有の表情だった。
ああ。
私もこんな顔してたんだろうな。
誰かに恋焦がれて、必死で追いつこうとしていた。
日常のささいなことでさえも、
彼に近づく糧になると思っていた。
今はまだ近づけないけど、
今のすべてが彼につながっていると信じていた。
勉強だって、部活だってなんだって、
一生懸命頑張ることで私が少しずつ磨かれて、
彼につながると思っていた。
あの雪の日、恋をした瞬間から
私の世界の色は変わってしまったんだよな。
あの世界を愛おしむ感覚。
あの感覚が生きることのすべて。
あ。
私が執着しているのは彼ではなく
あの時の自分だったのか。
何もかもを真摯に前向きに楽しんでいた私。
あ。なんだ。
私が恋していたのは私自身だったんだ。
最高に自分に恋していたあの時を
忘れられないでいたんだ。
また自分に恋できるかな。
自分と自分の未来に恋をすることは、
少女の特権なんだろうか。
30歳の私には無理なんだと結論づけることは、
とても簡単だ。
でも私はきっと。
それをあきらめた自分を、
いいね!とは思えない人種だ。
自分をあきらめて、妥協して、
それを良しとできるほど、
円熟した人間ではない。
バカみたいに人生に向き合って、
あちこちにケガをするリスクを引き換えにしても、
自分と未来に恋をしていたい。
少女の鮮やかな感受性を通して見る世界を、
30歳の私も見たい。
見よう。
よし。くさくさしてないで、やりたいことやろう。
もう30歳だからって言い訳してきたから、
すぐには見つからないかもしれないけど。
それでも探そう。
だって私はまた私に恋したいから。
窓の外を見ると、曇ったままの空も大丈夫に思えた。
おわり
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