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「MacBookとカフェ」


 仕事であったり趣味であったり以前からたまに文章を書くことはあったのだけれど、Bluetoothでスマホと接続出来るワープロのようなものを使い全て賄ってきた。
 特にパソコンの必要性を感じることも、意識することも無くやっているつもりだったが、カフェでMacを使い作業をしている人を見るたびに、「それほんまにここでせなあかん作業か?」とか「作業しに来てるんじゃなくてMac開きに来てるんちゃいますか?」などと、とてつもなく性格の悪い僻みを心の中で呟いていた。
 席が埋まっている時などは、ガラス張りの壁に設置されたカウンター席に並んで座るMacユーザー達を、店の外で一通り睨みつけてから帰っていた。
 Macを使っている人の隣に座った時などは、見たことも無いワープロのようなデバイスを使って文章を打ち込む僕の姿を不思議そうに見られたりもしたが、「何見てんねん。お前より俺の方が絶対おもろい文章作ってるからな」と強気な姿勢を崩すことはなかった。

 しかしそんな僕の姿勢を一変するような局面が訪れた。ある執筆の話を頂き、その作業内容からとうとう僕もパソコンが必要になってしまったのだ。
 いや、もしかすると今の状態でもいけたのかも知れないが、説明を聞いてる段階でこれはパソコンを持ってる前提で話が進んでるよなと感じたし、その状態で「パソコン持ってないんですけど大丈夫ですかね?」とは恥ずかしくて聞く勇気がなかった。
 この10年、頑なにパソコンなど必要ないという姿勢を貫いてきた僕だったが、憑き物が落ちたように翌日には電気屋に向かっていた。
 それでも電気屋へ向かう電車の中で僕は、「確かにパソコンは必要かもしらん。ただパソコンなんて使えたら何でも良いわけで、 Macなんて買う必要は絶対にない」と最後のプライドと呼ぶべき決意は固めていた。電気屋のパソコンコーナーに到着しても Mac売り場には見向きもしない。そんなもの見なくても、日本製で質が良く値段も安いパソコンが沢山並んでるではないか。

  一つ一つ商品を入念に見ていると、同じようなノートパソコンだが10万円以上する商品もあれば5万円程で売られている商品もある。その違いが全く分からずに僕が困惑していると、「何かお探しですか?」と店員さんが話しかけてくれた。
 ノートパソコンが必要なことを伝えると、どんな使い方を考えているかということや、持ち運びの頻度を聞かれ、それに答えると腕組みしながら辺りを見回す店員に13万円程するノートパソコンを薦められた。
 ちょっと高いなと感じた僕が「これとかは駄目なんですかね?」と5万円ほどのパソコンを指差すと、「こんなの買っても、このままじゃ使えたもんじゃないですから」と店員は鼻で笑った。
「じゃあ、何でそんな商品売ってんねん」とパソコン知識の全くない僕は思ってしまい、そこから何故安いパソコンが使えないかという説明をしてくれるのだが、専門的な用語が多くほとんど理解が出来なかった。

 ポカンとしている僕を他所に店員は説明しながらノッて来て、パソコンの話を通り越して自分がどれだけパソコンに精通しているかということや、売上の実績、パソコンコーナーにいる店員の中でも自分は店から唯一コンシェルジュ的な役割に任命されているという説明にまで及んでいた。
 更には、<パソコン買い替え下取り最大3万円>というポップを指差し、「お客さま、ちなみにこちらのポップにこう書かれてますが、これが私だとおいくらほど割引させて頂けると思います?」とコンシェルジュマウントまで取ってきた。
 下取りと書かれていたので現状パソコンを持っていないことを僕が伝えると、私の場合それでも割引が出来ますとコンシェルジュは不敵な笑みを浮かべた。
 コンシェルジュの出すクイズに答えたくない僕がいくらなのか直ぐに答えを聞くと、ゆっくりとコンシェルジュは僕に顔を近づけ、目を細めながら「3万円です」と答えた。
「3万円かい、最低でも5万はいけますみたいな雰囲気出してくんなや。じゃあ他の店員と一緒やんけ」その後も話は続いたが僕は隙を見て、ありがとうございますとコンシェルジュにお辞儀をして店を後にした。

 疲れたのでコーヒーでも飲もうと電気屋の近くにあるカフェに入った。注文を済ませ隣を見ると、スーツを着た男性がMacを開き何か作業をしていた。
 また卑屈な感情が湧いて来るのかと思ったが、いつも見かけるMacと違いその日のMacは輝いていた。まずさっき見ていたノートパソコンに比べ圧倒的に厚みがなく薄い。その薄いフォルムもよく見ると直線ではなく、ほんの少しだけカーブして丸みを持たせている。その極上の薄さの上を滑るように伸びた曲線のデザインは、まるで近未来の車をイメージさせるような洗練されたものであった。
 ぎりぎり口には出さなかったが、「カッコ良い」とハッキリ心の中で思った。散々文句を言っていたが、色んなパソコンを見比べコンシェルジュに説明まで受けた結果、Macのカッコ良さに気づいてしまった。
 散々Macユーザーを格好だけだと罵ってきたが、機能とか使いやすさとかは分からないしもうどうでもいいから、ただこのカッコ良いパソコンを使いたいと思ってしまった。
 ほんで高い値段出して新しいMac買っちゃった。

 Macを買った次の日、さっそく近所のスタバに行った。コーヒーを買って席に着きテーブルにMacを出してみると、何だかもういい文章が書ける気がした。
 スタバのマークの横に並ぶアップルのマークに興奮してスマホで写真を撮り、それに満足した僕は思わずそのままMacをリュックに戻してしまった。
「違う違う違う!」と自らツッコみ、慌ててもう一度リュックからパソコンを取り出す。
熱いコーヒーを一口啜り心を落ち着かせ、僕はパソコンで様々な作業する人達に混じりMacの初期設定を始めた。 他のどのMacからも鳴らない、ポ〜ンという起動音が静かな店内に鳴り響いた。

「それほんまにここでせなあかん作業か?」

「作業しに来てるんじゃなくて、Mac開けに来てるんちゃいますか?」

  そんな意地の悪い言葉が、何処からか聞こえた気がした。



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