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「低音の響き」


「難波さん、スマホで音楽聴くイヤホンにいくらまで出せます?」

 一緒にいた後輩から突然そう声をかけられた。今使ってるのはプレゼントで貰ったものだが、自分で出すなら正直三千円か出せても四千円ぐらいだと僕が答えると「僕安いの駄目なんですよねぇ〜音質とかこだわっちゃうんで」と、僕が音質にこだわりがないとまるで知ってたかのような反応が後輩から返ってきた。そして後輩はそこからイヤホンのうんちくを僕に語り始めたのだ。

 こんな強引なやり口があるだろうか?イヤホンのうんちくを誰かに喋りたいが、自分から話し出すと自慢に聞こえたり、調子に乗ってると思われるので、最初にその質問を僕にぶつけ、その答えが返ってきた刹那、待ってましたとばかりに話の流れを鷲掴みでかっさらいイヤホンのうんちくを語り始める。当たり屋じゃん。

「難波さんのイヤホンの耳に差し込む部分どんな感じですか?僕ステンレスが駄目なんですよ、聴いててキンキンしちゃって。木で作られてるのじゃないと嫌なんです」

 どの部分の話をしているのか、ちゃんと僕が理解出来てない状況で話は更に加速していく。

「今僕が使ってるのが木で出来てるやつで三万ぐらいするんですけど、いや・・今は二万三千円ぐらいなってるかな・・」

 どうでもいいよ、なんやその現状の価値を正確に伝えたい欲求は。

「この前いっかい一万六千円で売ってるの見ましたけどね」

 だいぶ下がってるな、君にとってマイナスの情報やで。

「やっぱ木で出来てるのは全然違いますよ。低音が響いて、音がめちゃくちゃクリアに聴こえるんですよ。もうね、すぐ耳元で歌ってくれてるみたいに聴こえるんですよ」

 うるさいやん、耳元で歌われたら。

 ここで僕が、「凄いな。そんだけクリアに聴こえるなら、もう収録してる時にレコーディング室の外でスタッフがくしゃみしてた音とかも聞こえるんちゃう?」とボケてみたが、それは完全にスルーされた。

「一回難波さんにも聴いて欲しいですよ、プラスチックとかステンレスに比べて、まじでウッドで作られてるのはいいですよ」

 急にウッドで言い出したな、さっきまで「木」って言ってたのに。
 僕の使ってるイヤホンも意外と低音がいい感じだよと言ってみると、後輩は苦い顔をして首を横に振った。

「僕、駄目なんです。それ低音に寄ったイヤホンでしょ。低音に寄ったイヤホンで音楽聴いてると疲れちゃうんです。低音出しとけばいいみたいな音って、低音が響きすぎて気持ち悪くなってきちゃうんですよ」

 この話を始めた時のあの強引さが嘘みたいに繊細である。

「試しに聴いてみてくださいよ、僕iPhoneの付属のイヤホンも持ってるんで聴き比べして下さい」

 最初に付属のイヤホンで聴かされ、次に後輩が絶賛するイヤホンで聴いてみたがあまり違いを感じられず、それを後輩に伝えるとそんな筈はないと自らも聴き比べを始めた。

「あれ〜おかしいなぁ。ちょっと待って下さいよ…、いや、多分これが違いの分かりにくい曲なんですよ!」

 いやいやいや、三万円出したイヤホンで、付属のイヤホンと同じように聴こえる曲が一つでもあった時点でアウトやん。自分で曲選んでたし。
 後輩はその後も僕に聴き比べをさせるための曲を選曲しては、自らで聴き比べ首を傾げ続けた。

「えぇ..ふざけんなよ..高い金払ってんのに..」

 イヤホンを耳に押し込み選曲しながら、低く押し殺すような小声で吐いた後輩のその言葉だけが、僕の耳にはとてもクリアな音で響いた。

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