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「真夜中のピッキング」


 BARで飲んでいたお客さんが酔っ払い、トイレから出る時にかなり勢いよくドアを閉めたなぁと思っていた。
 その後会計が終わりお客さんがお店を出た後に確認をすると、酔ってトイレから出る際の解錠が中途半端になっていたのか、ドアを勢いよく閉めた拍子に内側から鍵がかかった状態になってしまっていた。
 トイレの扉が開けられない現状に「うん?」と30秒ほど固まってしまい、「おいおいおいおい!これどえらい事態に陥ってんのちゃうんか!」という感情が後から波のように押し寄せて来た。

 その時点で夜中の3時を回っており、とりあえず今日は帰って明日の夕方ぐらいに業者に来てもらおうかと考えたが、もし夕方に来てから鍵が特殊で専用の工具が必要だとか、今日中には無理だと言う話になれば、その日の営業が難しくなってしまう。
 そう考えると、深夜で料金は上がってしまうが24時間対応の鍵屋に連絡して、今日中に解錠してもらわなければならなかった。
 スマホで検索した業者に連絡すると30分ほどで向かうということで、僕は営業後で眠たい目を擦りながら業者の到着を待った。
 到着した業者の男性はとても丁寧な方で、鍵穴の状態を確認すると「このタイプでしたら鍵穴から工具を入れて探りながら解錠させていただくんですけど、早ければ5分かからずに開くこともありますし、30分以上かかってしまうこともありますので、そちらの方だけご了承いただければと思います」と事前にしっかりと説明もしてくれた。

 しかし作業が始まり10分ほど経過したところで異変は起きた。
 僕はカウンターの椅子に座り、少しウトウトしながら作業の終了を待っていたのだが、業者の男性が何か一人でぶつぶつと喋っていることに気づいた。

「チッ、何だよこれおかしーな。え〜ふざけんなよ、これでもねーのかよ」

 まぁ、たまに集中してたら心の声が独り言になって出てくることくらいはあるよな。。

「おっ開いた!チッ、違うじゃねーかよ。え〜あれ〜なんでだぁ〜」

 あっ、これは普段から毎回ちゃんと作業中に一人で喋ってる人や。。

「なんだなんだ〜、1..2..3..4..ここまではいけてんだよな..チッ!」

 舌打ち多いなぁ〜。。

「あっ、お客さんこちらは気にせず休んでて下さいね!」

 いやお前がブツブツ言うてるから気になって休まれへんねん!そんだけ舌打ちされたら、なんか頼んだこっちが悪いことしてるみたいに気になってくるわ!

 これがもし1時間以上続いたらどうしようと不安になっていたら、その5分後くらいに「あっ、開いた!開きました!」と業者の男性が声をあげた。
 ドアノブの年代や造りが古いらしく、トイレで鍵を開錠して扉を開けたお客さんが、酔っ払ってまた鍵を施錠の方に回し、トイレを出てから扉を閉めるとそのまま鍵がかかってしまう構造になっていると、業者の男性は作業後にも詳しく丁寧に説明をしてくれた。
 これからは初めてのお客さんがトイレに入る前に注意を促すか、もうドアノブ自体を変えてしまった方がいいかもというアドバイスもしてくれて、さらには深夜にかかる作業の追加料金の部分も、今回はお値引きさせてもらっていただきませんのでとまで言ってくれた。

 僕は感謝を伝え深々とお辞儀をして業者の男性を見送ったが、本当は僕の方からも「それ以外は完璧なんですけど、作業中に大きめの独り言と舌打ちだけは気をつけた方がいいかもしれません」と、アドバイスを送った方が良かったのかもしれない。



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