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「筋書き」




「すまない、お前を裏切るような形になってしまって」

「何言ってんだよ、お前がいなくても俺と涼子の関係はとっくに終わってたよ。だから気にするな」

俺は親友の彼女に恋をした。初めて会った時からそうなるような気がしていて、必死にその想いを押し殺していたけれど、親友のことで相談を受けるようになり、何度か二人で会っているうちに、想いを制御できなくなってしまった。
いや、制御するつもりならばきっと彼女に会うことはなかっただろう。俺はそうなろうと望み、醜く、いやらしく、親友の彼女ににじり寄ったのだ。
許してもらおうなんて都合のいいことは思わないけど、せめて正直になろうと、親友のアパートまでやってきた。

「お前の気持ちは充分伝わったから、それより今日は久しぶりに会ったんだ、細かいことは抜きにして二人で朝まで飲み明かそうぜ!」

「いやでも、今日はそういうのじゃなくて本当に謝りに来ただけだから」

「何言ってんだよ、ほら早く上がれって!」

親友は玄関に突っ立つ俺の背中を押して、強引に部屋の中に上げた。俺はこのまま二人で酒を飲んで、それで全てを終わらせてしまっていいのかまだ迷っていた。

「でもさ、もう時間も遅いし、この部屋は壁が薄いから、あんまり騒いだら両隣の部屋から苦情が来るって言ってただろう」

「それなら大丈夫だよ、右の部屋のおばあちゃんは先週から入院してて居ないし、左のカップルは昨日から旅行に行ってるみたいなんだよ。

だから、今日はどんなに大声で騒いでも、どんなに大きな物音をたてたとしても、誰にも気付かれることはないのさ・・・」

親友の雰囲気が変わった気がした。親友はおもむろに窓まで歩いていくと、右手の人差し指でブラインドを少し下げて隙間をつくり、外を覗きながらまた呟いた。

「それに見てみろよ、外はこんなにも雪が積もってるじゃないかぁ、こりゃあきっと今夜は積もるぞ・・」

俺は今夜、親友に殺されるかもしれない。

「そうだ、たまたまアールグレイの最高級茶葉が手に入ったんだよ。お前も飲むだろう」

ちゃぶ台しかない簡素な和室に住む親友が、どうすればたまたまアールグレイの最高級茶葉を手に入れられるのだろう。
しばらくして戻ってきた親友は、まず右手に持った紅茶を自分の目の前に置くと、左手に持った紅茶のカップを5秒ほど見つめながら唾を飲み込み、最後に右手の中指でクイッと眼鏡を上げながら、「どうぞ」と言って俺の前に紅茶を置いた。

こんなサスペンスドラマを、昔見たことがあるような気がした。

「なぁ・・かまいたちって知ってるか・・」

気付くと親友は俺の向かいに座り、天井をぼんやり眺めながら語り始めた。

「この地方にさぁ、古くから伝わる言い伝えでな、こうやってしんしんと雪の降り積もる夜はかまいたちが現れて、その両手に持った大きな鎌で、罪人を見つけては八つ裂きにしてしまうそうだ・・・」

俺を見据える友人の目は、鬼のように血走っていた。

「やっぱり、今日は帰ろうかな?」

「何言ってんだよ、そうだ、最近テレビの調子が悪くてさ、お前ちょっとそこの窓から屋根の上に上がってアンテナ見てくれないか?
俺が、ちゃんと両足を手で持っといてやるかさ・・」

もはや、サスペンスドラマと呼ぶにはあまりにも雑過ぎる演出に、俺は笑えてきた。

「俺そういうの詳しくないからさ、ほんとまた日を改めて飲みにくるよ!」

「なに焦ってんだよお前!じゃあ最後に煙草一本ぐらいは吸っていけよ」

俺が渋々了承すると、親友はキッチンの扉を開け、見たこともないほど大きなガラス製の灰皿を持ってきた。
後頭部を殴られたら一巻の終わりだろう。

「ごめんやっぱり帰るよ、用事があるんだ」

「ふざけんなよ、お前さっきからおかしいんだよ!謝りにきたとか言って本当は悪いなんて思ってないんだろ!」

「それは絶対にないよ、俺は本当に・・」

「うるせーよ!」

右手に灰皿を持ったままの親友と俺は激しい
もみ合いとなり、体勢を崩した俺が仰向けに倒れると、その上に灰皿を持った親友が馬乗りになる格好となった。
何度もテレビで観たことのある光景だ。安いサスペンスドラマの中で粗雑に殺されていく名前もない俳優。そんな風に俺の人生は幕を閉じるのか。

それが今夜、このドラマの筋書きだったのか。

そんなのは嫌だ。

俺は最後の力を振り絞って、体を起こしながら両手で思いっきり親友の体を跳ね除けた。親友はバランスを崩し、そのまま後ろに倒れると部屋の壁に激しく後頭部を打ち付けた。
親友はピクリとも動かず、後頭部から流れた血は、薄汚れた畳を鮮やかな赤に染め上げていく。

部屋をノックする音が聞こえた。

「タカちゃんいるんでしょ、涼子です。やっぱりもう一度ちゃんと会って話がしたくて、ねぇ聞いてる?開けるよ?」

玄関の扉に鍵は掛かってはいない。

どうやら俺は、このドラマの筋書きを見誤っていたようだ。

目の前に転がった灰皿を拾い上げ、俺はゆっくりと玄関に向かって歩き出した。


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