「日本地図」



  大人になってから知り合った人や後輩との会話で「どこ出身?」という話によくなるのだが、いつも僕は困惑してしまう。

「俺、大分出身なんですよ」と言われてもピンと来ず、「どの辺やったけ?」と聞くものの、「宮崎の上ですよ!」とツッコミ口調で教えられた後に、「はいはいはい」と分かったフリをするのが精一杯なのだ。
  恥ずかしい話だが、僕は日本の都道府県をほとんど覚えていない。日本地図を見てもはっきり分かるのは、沖縄、鹿児島、北海道、青森ぐらいで、出身地である大阪はもうギリギリの状態だし、現在住んでいる東京に至っては、今こうして日本地図を見て文書を書きながら「思ってたより上にあるんや」と思っている始末である。

  記憶力が悪いのかと言われればそんなことはなく、むしろ記憶力には自信がある。九九だって他の生徒より覚えるのが早かったし、勉強も人並みにこなし大学も卒業している。ずっとサッカーをしていたが監督の指示や戦術の理解も早く、キャプテンだって努めた。恋もしたし、付き合ってる彼女に対して「ちょっとアホっぽいけど、逆にそこが可愛いねんなぁ」と思ったこともある。
  ただ日本地図だけが全く頭に入っていない。
「金沢に旅行に行かない?」と誘われても、金沢が近いのか遠いのかさえか分からない。仕事で行ったことがあるから、山梨が意外に近いのだけは知っている。

  これには大きな理由があり、必死で努力した結果全く覚えられなかった訳ではない。僕は、日本地図を覚えることを自ら拒否したのだ。

  小学校4〜5年の頃だろうか、社会の授業で使う地図帳を配布された。
  初めて地図帳を開くと、そこには大きく世界地図が描かれていた。今までテレビゲームの中で見ていたような世界がこうして実際に広がっていることに興奮し、主人公のように世界中を船で旅をしている人達がいるのかと想像すると、憧れの気持ちが湧き上がった。 

「ここがアメリカかぁ」

「インドはここにあるのか」

「えっ、日本てめちゃくちゃ小っちゃいやん」

  そうやって、ワクワクしながら世界地図を眺めていた。授業そっちのけで眺め続けた僕は、教えられてもいないのに、世界地図を勝手に暗記してしまった。
  ちょうどその頃に日本地図を全て暗記するという授業が始まったのだ。都道府県と県庁所在地をブロックに分け暗記して、暗記テストにクリアすれば「良くできました」のハンコがもらえる。
  だけどそのとき僕は「は?なんで世界覚えた後に日本覚えなあかんねん。順番逆やろがい!」と勝手に覚えたくせに思ってしまった。
「スケール小っちゃなってもうてますやん」と勝手に呆れ、世界地図で小さく日本と表記された島国をさらに47カ所に区切った地図を目の当たりにして、「いや細かい細かい細かい!誰がこんなん興味あんねん!」と勝手に地図帳を放り投げてしまった。
  授業には比較的まじめに取り組んでいた僕だが、日本地図の暗記テストに関しては断固拒否する姿勢を貫き、最後まで覚えることも、「よく出来ました」のハンコをもらうことも無かった。
  急に豹変した僕の態度に、担任はさぞかし困惑しただろうと思う

  狭い日本を拒絶し、子供の僕は誰よりも先に世界を見据えていた。

  こうして大人になった今、そのせいで日々の生活にまぁまぁ支障をきたして困り、知らない国や言葉が怖くて、一度も海外旅に行ったことのない生活を送っている。




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