魂の旅

私はその時、本当に安らかな気持ちになれたのだ。決して投げやりではなく、人生に悲観した訳でもなく、本気で「死んでもいいや」・・・と。

小学生の頃、給食の時間に校内放送から流れる歌声に聞き惚れて早30年・・・休息期間はあったものの、熱を上げ続けているアーティスト・石井竜也氏が沖縄の地で魂の音楽祭というイベントに3日間ゲスト出演する旨を知る。

まるでカナヅチである私にとって、マリンスポーツの聖地、沖縄。これを逃したら行く機会はなさそうだ。それと共に「魂」という言葉に誘われ、同じく以前の職場で知り合った石井ファンである親友と2泊3日の旅は予想外の事態になるのだった。

沖縄の地に着いた初日の夕方、想像を超える、いや想像がつかないほどの歴史を重ねた洞窟の中で、神がかったパフォーマンスのバンド演奏、そして石井氏。この旅のメインイベントといえばもちろんそれだろう、そう信じて疑わなかった。

終演後の余韻に浸りながら洞窟を後にした私たちは、小雨が降り始める中、少し慌ててタクシーを捕まえる。ホテルまでの30分のはずの道のり、に事件は起こった。

元漁師だという陽気そうな運転手のおじちゃん、目的地のホテル名を知らず、その付近を通り慣れていないのか、道が分からないと言い出した。イベントの余韻と旅の解放感で上機嫌の私たちはケラケラと笑いながら一緒にカーナビで検索しながら進んで行くこととなる。

気がつくといつの間にか、小降りの雨は土砂降りに。外の景色が窓ガラスを打ち付ける大粒の雨で見えず。空と地の区別もつかない真っ暗やみだ。ごうごうと轟く風の音。嵐になっているではないか!車内ではナビの女性の乾いた音声案内も空回り、「その先200メートル右方向」というセリフを繰り返すばかりである。

「あ、行き止まりだね~。ちょっとバックするけど、後ろに車来ないか見てくれるか~い?」おじちゃん。な、なんてマイペース!「こっち右曲がるかい、曲がるよ~」な、なんて客まかせ!私はその状況をまるで、ディズニーランドのジャングルクルーズに参加しているかの様に楽しんでいた。

もはやタクシー運転手と客の関係を超えた、ホテルまでの無事着を目指す仲間達の大冒険だったのだ。

荒れ狂う自然の音だけが響き、どこから車が飛び出してくるのか、どこに向かい進んでいるのか予断を許さない状況の中、天候とは裏腹に、なぜか穏やかな境地になる自分。死ぬ直前とは、こういう気持ちになるのではないか・・・。未開の地で、気のおける友と、偶然に出会った愛嬌のある憎めないおじちゃん。憧れのひとの大好きな音楽を聴いて、東京ではボリュームのある仕事もやり遂げたし・・思い残すことはない・・・。

おじちゃんがタクシー会社に連絡し無線から道案内をしてもらい始めた矢先に、ホテルの建物の灯りが遠くに見えた。その瞬間、安堵と共になぜか寂しさも込みあげてきたのだ。「こんなに迷って恥ずかしい」と通常かかるであろう料金しか受取ろうとしなかったおじちゃん。2時間近くに渡るもうひとつの魂のイベント、いや、魂の旅だったのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?