「舞台におけるサイバネティックス」

私は東京大学先端科学技術研究センターで身体情報学という研究分野に取り組んでいる。身体情報学では、人間も一つの情報の入出力を行っている「システム」として捉え、その身体的特性や認知的特性の理解を深めることで、その機能を拡張する人間拡張技術の研究開発を扱っていて、身体表現に対しても並々ならぬ関心を抱いている。

オランダのハーグには、振付家のイリ・キリアンの手によって一躍世界的なダンスカンパニーに成長した、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)がある。この令和元年には13年ぶりの来日公演があり、私も6月に神奈川県民ホールに足を運んで鑑賞した。舞台という空間と舞台装置、個人の身体運動から集団としての身体運動まで計算し尽くされ構成された、鳥肌が立つまでのアナログな技術によるバーチャルリアリティの世界が舞台の上にあった。

サイバネティックスとは、数学者ノーバート・ウィーナーが1948年に提唱した学問体系で、生物と機械に共通する原理としての観察にもとづいて行動を重ねていく、フィードバック制御がその理論の中核となるものである。デジタルな技術を活用したインタラクティブアートもある種の身体運動をともなう芸術領域を扱うものだが、その多くはこのフィードバックの効果を驚きや楽しみとして表現している。しかし、NDTの身体表現の芸術性はインタラクティビティ、より細かく言うとそのフィードバックを廃しているところから感じられた。フィードバックの反対にフィードフォワードで振付家によってプログラムされその動きを身体に自動化するまでにすり込み再生することで、衝突しかねないスピードで身体と身体が交錯しつつもぶつかることがないところに常軌を逸した身体表現としての美しさと感動を覚えた。

逆に鍛錬の足りない舞台では、交錯する身体と身体との間にインタラクションが入り込み、その一瞬の躊躇いから動きの淀みを感じ取られる。お互いの身体の動きを観察し、その動きに合わせて動きを繰り出すようなフィードバックが動きの中に垣間見えると、あくまで日常的な身体運動の域を出なくなることを感じ取っていたのだと言語化することができた。

NDTの身体表現からは、通常だと身体と身体との間のインタラクションが要求されるほどの複雑な動きであるにも関わらず、それぞれが何の躊躇いもなく流れるように動きを繰り出していった結果、重ね合わされて初めて生まれる表現に身体表現のアウフヘーベンを見た。

ブルース・リーはかつて、自身の身体表現の目指すところとして、”Natural unnaturalness or unnatural naturalness” と言葉を残していた。今回鑑賞した身体表現はまさに ”Natural unnaturalness” と ”Unnatural naturalness” の間(あわい)を体現していた。そして、さらに俳優の個性というものは極限まで鍛錬した先に摑み獲れる、この動きの間(あわい)の中に見出した余裕の中で表現されるものだろう。

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