マガジンのカバー画像

謳う魚、騒がしい蟹達

96
稲垣足穂『一千一秒物語』のオマージュ作品です。
運営しているクリエイター

記事一覧

A vos souhaits !

A vos souhaits !

 アセチレン灯が退屈そうにくすぶる夜。
『今夜は一つ、ほうき星でも見てやるか』
 市立公園のベンチに座る男は、そう言ってラムネのビー玉をスポンと落とすと、お月さまをランプにして下からのぞき込んだ。すると、案の定、瓶の底からいくつかのほうき星がしっぽを上に伸ばしながら立ち登っていくのが見えた。

"ハークション!"

 そのうち、水面に揺れるお月様が、ほうき星にくすぐられて大きく一つくしゃみをしたの

もっとみる
Evening! Star, Falling.

Evening! Star, Falling.

アセチレン灯がついたのを見計らって、
ストロボ・スコープのスイッチがパチンと入ると、
今夜もまたお空のお星さまがいっせいに輝きだした。

『だから、いくら落ちても元通りなのさ』
お空からぶら下がった梯子を上る人影を見ながら、悪友のFは言った。
『落っこちたやつを拾っているのさ』

カッパープリントのお月さまがひらひら揺らぐ空を横切って、
また一つ、星が尾を引いて落ちた。

掃除夫募集

掃除婦募集
1.15日をかけて掃除をすること。
2.右から順に半弧を描いてモップ掛けすること。
3.すべて終わったら、15日休みを取ってよい。

 そんなことだけ書かれた新聞広告が掲載され、連絡先も何も記されていなかったが、結構な人数が応募したという噂だった。市立公園でモップとバケツを持った二人組が新月を見上げながら、『今夜も汚れてやがるな』といいながら歩いていったのを見たという人もいて、ますます

もっとみる

星空観察者の話

 市立公園の広場で望遠鏡を設置して夜空を覗き込んでいた男が、突然大慌てをしてポラロイドを望遠鏡に当てて撮影した。
 男が出てきたピールアパート・フィルムの剥離紙を剥がすと、そこにはカーボンアークランプが写っている様子だったが、私が声をかける暇もなく男は望遠鏡を片付けると、その場から姿を消してしまった。
 その日は、いつも通り星空が瞬いていたのだが、結局、男が撮った写真がなんであり、それがどうなった

もっとみる

写真の事件

 ある日新聞を開いたら、報道写真の一枚に私にそっくりな人間が写っているのに気がついた。
 あまりに私に似ているので新聞社に電話をかけて聞いてみたら、今朝から同様の問い合わせが殺到しているのだと担当者は随分と困っている様子だった。
 そもそも、その写真というのが、電話局の屋上から市電通りを撮影したもので、たくさん人が写っているのだが、その写真を撮影した日に、誰もそんな場所を歩いた覚えはないことはおろ

もっとみる

路上の月の話

 ある日の昼下がり、ストリートを歩いていたら、歩道の植え込みの近くの煉瓦の上に、お月さまを見つけたんだ。チョークで書かれた、マンホールくらいの、真ん丸いやつ。
 通行人もそれに気がついてよってきたけれど、いまひとつお月さまだという決め手がない。なので、私はシガレットを口にくわえると、煙をフウゥッ!と吹き掛けてみたのさ、そしたら、煙が真ん丸に近づいたところで、スッと真ん丸に吸い込まれると、煙が周辺に

もっとみる

Gaslight waver

星が一つ尾を引いて落ちた。
そして市庁舎の時計が夜中の12時を指し、
リンデンの並木がサラサラと音を立てて、
アセチレン灯の火がゆらめいた。
お空にはお月さまがうすぼんやりと浮かんでいて、
いっぱいの星に囲まれながら、
バタバタと窓辺に干したシーツのようにたなびくと、
『今夜は、ブルームーンさ』
タバコをふかしながら、
燕尾服を着た人影がお空からぶら下がったはしごを登って行き、
そんな様子を市立公

もっとみる

Hide and Seek.

 ある日、リンデンの並木道で、オペラハットを目深にかぶったお月さまが、お星さまを原料にした密造酒の瓶をあおりながら歩いていると、リンデンの後ろからお月さまにむけてピストルを撃った者がいた。
 お月さまは、驚いてその場でハンドアップをしたけど、もうなんの気配もなくなっていた。
 不思議に思ってリンデンの木の下を一本一本みて回ったが、結局そこには誰もいなかった。
『おかしい、誰もいない!』
『なんだっ

もっとみる

お月さまの話

『だからさ、言ってやったのさ、いくつもいるんだって』
『三日月も、満月も、別の月だってのさ。だからこの前、ちょっくらドリルでお月さまに印をつけてやったんだよ。そしたら、、、』
(カフェーの喧騒のなか、私に聞こえたのはここまで)

取っ組み合いをした話

 ある夜、ストリートを歩いていると、何やら気配を感じたので、後ろを振り返ったとたん、何かが真正面からドシンとがぶつかってきた。
 あわてて前を振り向くと、今度は後頭部をガツンとやられて地面へと倒れた。
 そいつは倒れた私にさらに一撃を加えようとしたので、私は横へ転がった後、思いきって着ていた外套をそいつに被せると、力一杯に体当たりをして取っ組みあった。
 しめた、つかまえたぞ!と思ったせつな、別の

もっとみる

何かを引っ張った話

 酒場から酔って帰る途中のこと、私が歌を歌いながら歩いていると、電柱の近くで透明で光沢のある猫のしっぽのようなものがぶら下がっていた。空を見上げてみると、そいつはお月さまだか、お星さまにつながっているようだった。私はしめたと思い、そいつをエイっと思い切り引っ張った。
 すると月と星の光と街中の明かりが消えた。
 暗闇で平衡を失い、私はけつまずいてひっくり返った。
 悪態を吐きながら起き上がると、月

もっとみる

聞いた話

この柳の下には幽霊が現れまする。
なに、ならば幽霊の正体を突き止めようぞ。
何故なら、幽霊の正体はあなた自身にござりまするゆえ。
そういうそなたとて、ただの夢ではござらぬか!

市電が揺れて、気が付けば乗客は私一人になっていた。

星をとる人

 棒の先っぽに針金をつけたもので、お星さまをとろうとした男が、合衆国政府から罰金を申し付けられた。何でも、取ろうとしたお星さまが運悪く火星だったためらしかった。
 仕方がないので、男は一計を案じてこっそりと土星に狙いをつけて同じことをやり、今度は見つからずにやりとげた。
 星条旗の星が一つ足りなくなった。

月とアフロディーテ

 ある三日月の夜に市立公園を散歩していたら、休憩所のある丘の上で、キャスケットをかぶった女が背伸びをしてお空のお月さまに腕を回してキスをしていた。
 女はアセチレン灯の下に私が立っているのに気づくと、顔を赤らめてヒールをコツコツと鳴らしながら走り去っていった。お月さまには、ほんのりと口紅の跡が残っていたが、びゅうっと風が吹いたと思ったら、もうすっかり元通りになっていた。
 後日、その話を悪友のFに

もっとみる