見出し画像

秋の朝に桜をきちんと死なせる*空から落ちる涙雨


今朝、庭先の桜の木を切った。

真っ直ぐに、空に枝を伸ばす天の川という品種だ。

桜の木は、その樹皮もとても綺麗だ。

もう10年近くにもなって、毎春こぼれるような八重の花を咲かす。

口紅のような濃い桃色の蕾を膨らませ、
ベビー服のような薄桃色の花を咲かせる。

成長が早い染井吉野は、多く、桜並木にも使われているけれど
それ以外にもいろんな種類があって、それぞれに美しい。

しだれ桜、豆桜、秋にも花を咲かす四季桜。

春は花を咲かせた木になり、夏は青々とした緑の木になり、
秋は黄色や茶色をまとった木になり、冬には裸の枝が造形的な木になる。

雨に濡れた桜の木ですら、その幹が黒々として幽玄だ。

潔く散ってしまう花も、
川の水面に浮かぶ花筏が、見る者の感性も磨く。

切らなければいけない理由は、単純だ。

植えつけた時は気が付かなかったが、
根が張るスペースに、側溝に続く細い配水管があるからだ。

配水管を巻き込んでしまうと、おおごとの工事になるかも知れない。

桜とお金と天秤にかけて、私はお金を選んだ。


神棚からご祈祷した塩を下げて、桜の回りに振る。

防御用の眼鏡を付け、ゴムの手袋をはめ、
(ごめんね)と断って、細い枝から切り始める。

細い枝は少しの切れ目を入れれば、手で折れる。

細い枝を切り落とし、なんとか掴める中ぐらいの枝にのこぎりを入れる。

たぶん男性なら、なたを振り下ろせば済む太さなんだろう。

私はゆっくりと時間をかける。

その後に、桜をまっすぐ育てようと思って
回りを囲んだ細い添え木を四本と、つないだ麻紐を外す。

この空間の中はスカスカで、
鉛筆のような太さの苗木だったのに、
すでに、囲んだ添え木の外にはみ出す勢いの太さになっている。

太陽がやんわりと隠されて、灰色が混じった雲が
どんどんと早いスピードで流れていく。

変わりやすい秋の天気に、洗濯物を眺める。

ポツポツと雨が降ってきた。

道路のアスファルトに、不規則に雨粒の落ちた跡が並ぶ。

この桜が受ける最後の雨だ。

まだ健康的な葉をワサワサと残して、
天に向かって手を伸ばしたような、
その枝を切り落とすことに複雑な思いがする。

その切り口は、ミルクを混ぜたような暖かいレモンイエローで
とても純粋な、汚れのない色なのだ。

人間の腕をのこぎりで切ったとしても、
こんな美しい色には出逢わないだろうと、秘密の想像をする。

一息入れて、つるバラやクレマチスの選定をする。

みな太陽のありかを知っているかのように、空に向かって伸びている。

山や木や庭の手入れの好きな父の教えを思い出す。

「桜は庭に植えてはいけない。他の樹木の邪魔をする」

天の川という名のこの桜は、枝は広がらず、真っ直ぐに伸びるけれど、
その根は桜というプライドを保って、どこまでも這っていた。

桜にはそれだけの酸素や養分が必要なのだ。

「いくよー」

誰ともなしに声を出して、両手に力を込める。

押しながらのこぎりをひく。

押すように刃を進める。

なかなかびくともしない。

汗を拭く。

本当に生命力の強い木だと思う。

いっときの天気雨が晴れて、青空がのぞく。

洗濯物は出したままだった。

時間をかければ、それは少しずつ近づいていく。

やがて胴体だけになった桜の幹を抱いて、
(ごめんね。でも子供たちをたくさんありがとう)と話しかける。

この桜のひこばえから育てた苗木が、
離れたところに土留め代わりに何本も並んでいるのだ。

配水管など関係ないところだ。

でも来年は、我が家ではあでやかな桜を見ることはできない。

ひこばえ、ベーサルシュート、英語: Basal shoot)とは、樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のこと。  太い幹に対して、孫(ひこ)に見立てて「ひこばえ(孫生え)

Wikipediahttps://ja.wikipedia.org › wiki › 蘖


切り株に安い塩を多めにすりこんで、ちゃんと死なせてあげなければ。

これも、滅びの美学のひとつかも知れないと思う。


この記事が参加している募集

今こんな気分

花の種じゃなくて、苗を買ってもいいですか?あなたのサポートで世界を美しくすることに頑張ります♡どうぞお楽しみに♡