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いつかは逢わん裾の凪にて*お彼岸

今朝も亡くなった人の夢を見た。

(ああ、お彼岸だったなあ)と目が覚める。

夢に出てくる人も出てこない人もいて、
どちらにしても、それだけ年を重ねたのだなあと思う。

幼い頃も、10代の頃でさえ、
身近に亡くなる人もいたのに、この感傷的な思いの違いが、
深い人間関係の中にいる証なのかなぁと、つらつらと考えて見る。

あの人が亡くなった、この人が亡くなったと聞くと
(それなら私も、ちゃんと死ねるんじゃないか)と
おかしな自信も芽生えてくる。

亡くなった人の出てくる夢は、私の感情の頼りなさを表すのか、
想像の幼稚さを表すのか分からないけれど、大抵は静かだ。

もしかして、落ち着いたメッセージを、
私に送ろうとしているのかも知れないけど、
こちらの受信機は何年経ってもポンコツだ。

ポンコツなので受け取るメッセージはただひとつ、
「あなたは一人じゃないよ」という事だといつも思う。

夢の内容によっては「あなた」は私のような気もするし、
「あなた」は夢の中の登場人物の誰かかも知れない。

人間は孤独を楽しむことがあっても、けして孤独ではないと
夢の中で多くの人が静かに語ってくれてると思う。

「こんな夢を見たのよ」とメールしなければ、と思う。

小さな子供たちがわちゃわちゃ出演していて、優しく、
でも生きていた時と同じく、ぶっきらぼうに面倒を見ていたから。

どこに居ても変わりないのね、と思う。

メッセージを受け取るのは私ではなく、たぶん家族だ。

あちらとこちらの岸が遠くても、
きっと、深さはひとそれぞれなんだろうと思うからだ。

ふとフォルダを開いた。

もう亡くなった人からのメッセージがあった。

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また、ネットの中のある掲示板に参加していますが、
そこは、誹謗・中傷・妬み・嫉妬などが
まったくなくとても暖かい場所です。

話が合うのは、やはり同世代の人たちで
会話の中にかならず共通のキーワードがあり、
それらは私を過去の旅に誘ってくれます。

時たま、会話の中に
緩和ケアというキーワードを入れたりもします。
何人かは、興味を示してくれました。

この中には、覗くだけの人が相当数いるようです。
その人たちの心に、このキーワードが
少しでも残ることを願っています。

献体の話題もあり活発な意見交換がなされました。

もちろん私も参加しましたが、
いろいろ勉強させてもらうことができました。

私の希望では眼球提供のあと献体へと思っていたのですが、
それが受け入れられない医大があるということでした。

そのほかにもたくさん考えさせられることがあり、
実のある討論が行われ目からウロコが落ちる思いでした。

とてもアットホームで紳士的な所で
各界の知識人も多く参加していて、
たいへん気に入っており、
毎日見て、私も積極的に参加しています。

少し気になるのが、臍のうえあたりにあるリンパ節が
重いような不快感があることです。
他の骨にある転移はまだ大丈夫のようです。

忘れもの、探しましたが思い浮かびませんでした。
どうも悔いのない良い人生だったようです。
したいことに臆せず挑戦しました。
数多くの失敗もありましたが、
今では、良い経験と思い出になりました。

私は今、まさに自分探しの旅の途中にいます。
人生を振り返って楽しんでいます。


花の種じゃなくて、苗を買ってもいいですか?あなたのサポートで世界を美しくすることに頑張ります♡どうぞお楽しみに♡