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夫のことは妻が早いうちから教育することが大事!という言葉に違和感を感じたという話

こんにちは。富永晶子(トミナガアキコ)です。
スイートバジルを育てていたのに、一度も収穫せずに枯れました。最後小さな花が咲いてました。←絵本の終わり方!(粗品さん)

(熱あるんちゃうか、風邪かもしれへん。36.3度。平熱やな。ちっ、ほな起きるか。)

30歳になって朝起きた瞬間、今日は不調やなって思う回数が増えました。

ベッドからでて、のそのそ起きても、
頭重い、体だるい、コンタクト入らへん、水冷たい、歯しみる、歯磨き粉がなくなりそう。
そんな日でも、洗濯して、ご飯作って、食器洗って、布団乾燥機つけるために布団を平らにして、ゴミ集めて、ゴミ出して、
(掃除機かけたいけど、面倒やな、このほこりは見んかったことにしよう。)
ってなる時ありますよね。

私の中で一番労力のかかる家事は「料理」です。しんどい時は特にやりたくないです。
レシピを考えて、食材買って、切って、炒めたり煮込んだり。副菜と主菜のバランス考えて効率的にこなそうとすると頭も使うし、キッチンに1時間くらいは張り付けになってしまう。

なのでつい最近、「私がどうしてもしんどい時、代わりに料理を作ってもらえない?」と夫に頼んでみました。

文章にするとめっちゃ簡単ですが、依頼するまでの間、私の中でものすごく葛藤がありました。

(しんどいからって風邪でもないのに料理まで夫に依頼するなんて私の甘えなんじゃないか。)
(ソファにごろんとしてスマホ見て、ダラダラしたいだけやのに、働いて帰ってきた夫に料理まで任せるのか?)

けど、しんどい時は、どうしても、どうあがいても何もしたくないんです。

ウーバーイーツやお惣菜でも買ってきたらいいやん!電子レンジで作れるレシピあるよ!そういう時は楽していいのよ!みたいな、そんな一時的な解決方法じゃなくて、もっと抜本的で永続的、かつ私が精神的に安定する方法が、
「私がどうしてもしんどい時、代わりに料理を作ってもらえない?」という言葉でした。

夫は、
「僕も一人暮らししてたから、料理はできないわけではないねん。料理してみる!」と、私の心配をよそに、すんなり受け入れてくれました。
手始めに、そぼろと玉子の丼と、にんじんのたらこ和え、じゃがいものお味噌汁を教えると、ひき肉をパックから出すときにうまく取り出せなくてキッチンにばら撒いた以外は、そつなくこなしてくれました。

この一件を受けて、私は、ものすごく心が安らかになりました。
以前から私の仕事には、泊まり出張があったので、私不在中は、スーパーのお惣菜等を買って食べてもらったりしてたのですが、お金ももったいないし、健康的にもよろしくない。そう思い、最近は夫が解凍してすぐ食べられるような料理を作って出張に行ってました。夫は、「そんなことしなくてもいいよ〜。適当にするよ〜。」と言うてくれましたけど、今後出張は続くし、その度にお惣菜買うんかな…?と疑問に思っていたところでもありました。ホントにそれでいいのかな?もし将来、子どもが生まれたら?子どもにも毎回出来合いのおかずを食べさせる?てゆか、この状態のまま仕事を続けれる?もしかしたら、私は仕事やめなければならない?夫1人の収入で子ども1人養っていける?不安が不安を呼び、ずっと不安でした。
けど、夫が料理してくれるなら、それらの不安も全部、払拭されました。
私は色んなことを無意識に背負いすぎてました。私がいなくても世界は通常通り回る。絶対私がしなければいけないことなんて、ないんだ!と思うだけで心が晴れやかになるものです。
夫からしたら、私は1週間分の献立を考えて食材を買っていたので、料理については下手に触ったらいけないと思っていたみたいです。

「できない自分」を認めて勇気を持って人に伝えてみたら世界は広くて、案外優しいんだなって実感します

しかし、
今回の一件を9歳上の姉に話すと、
「夫のことは妻が早いうちから教育することが大事やからな!」と言いました。

私と物事の捉え方がまったく異なり、驚きました。
私は、夫を教育、つまり教えて育てようとしたわけじゃないです。そんなおこがましいことできる訳がありません。
私は夫に、(しんどくて料理ができない時があって、できない時は助けてほしい)と言うたんです。
「できないこと」を伝えて、「助けてほしい」と言うことって、私にとっては難儀なことなんです。
“そんくらい自分でやれや”ってリトル富永が言うんですもん。
万が一、その依頼を断られた時の辛さと悲しさは、想像するだけで、もっと「しんどい」です。
仕事でも、同じような状況になったことあります。
「できない」ことを伝えて、鼻で笑われ、「できない人」の烙印を押されるくらいなら、自分がした方がマシだろうなという仮定で突っ走っちゃうんですよね。けど、「しんどい」の塊が小さいうちに解放しておかないと、もっと大きい塊になって、いずれは自分に良くない形で戻ってきます。
読んでいただいている方の中にも、似たような経験された方いらっしゃるんじゃないでしょうか。
私は仕事が原因で適応障害になり、(今は元気に復帰してます。)、「できない」ことを認めて、人に伝える大切さを学んだので、その時の経験が活かされたのかもしれません。
※休職のことは詳しくこの記事シリーズで書いてます。⬇︎
https://note.com/a___omo_a/n/ncfa1c2a4160a


昨年、東京のバス停で女性ホームレスの方が撲殺された事件を特集したテレビをみました。その方は、弟さんがいらっしゃったのに、助けを求めなかったようです。突然、連絡が途絶えてしまったようです。その事件を聞いてぞっとしました。
生活保護費を申請できるのに、申請せずに困窮して亡くなってしまう方や、過労死する方がいるような日本では、なかなか乗り越えられない壁だとは思います。
自分の意見を少し言ったりするだけで、知らないところで、全くの他人が、その人の人格や家族のことまで言葉で攻撃してくる世の中だと、「できない助けて」って、そら、言いにくくなるだろうなという事は想像できます。
姉の中に「できないこと」を「伝えることができた」そして、それを「受け入れてもらえた」という”ええ話”をキャッチするセンサーが標準装備されていないところからも、日本人の国民性が垣間見られたようでした。

もちろん、夫も他にたくさん家事をしてくれてるので、夫がしんどい時は、私がしますよ。

私の家庭内というミクロな話から、社会問題、ましてや日本人の国民性というマクロな話まで広がってしまいました。

どうか、誰かの勇気の一歩が、
「世界が開かれた。人って案外優しいんだ」という成功体験になるよう、祈ってます。
このギスギスした世の中が変わりますように。


おしまい

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