「情報の8割から9割は視覚から」は本当なのか
先日の書いたnote「情報障がい者とウェブアクセシビリティ~情報保証について」での書き出しは次のようなものだった。
私たちは五感を使って周囲からの情報を得ている。特に視覚については、「人が得る情報の八割から九割は視覚に由来する」と言われる程重要とされている。(この視覚優位説の正否については、また別の機会に)
この視覚優位(視覚的捕獲)については、五感の情報能力や心理学に関する一般書、教科書、文献等で多用されており、またインターネットで検索しても似たような数値をあげている「決まり文句」のようなものだ。
しかし、この根拠となる一番最初の論文が書かれていないのだ。卒論など書いたかたは指導教員に言われたであろう、やってはいけない、極力避けろとされる孫引き(引用の引用)はある。具体的数値に関しても同様である。
調べていくと、筑波技術大学 加藤 宏氏の"「視覚は人間の情報入力の80%」説の来し方と行方"(筑波技術大学テクノレポート Vol.25 (1) Dec. 2017)にあたった。
加藤氏も"視覚障害について紹介した一般書ではよく見かけるフレーズとなっ
ている*1"と記されていた。
ここに紹介されていたレファレンス協同データベースを確認してみた。レファレンス協同データベースは、図書館に寄せられる質問や資料相談を国立国会図書館が全国の公共図書館、大学図書館、専門図書館等と協同で構築しているレファレンス*2事例のデータベースだ。
視覚情報の優位性について、インターネットでの情報によると80%程度が視覚から情報を得ているとある。このデータが載っている本を探している。
という質問に対しての回答をみると確かにいくつかの書籍名はあがっている。だがそれらを突き詰めていくと1970 年代の出版物で数値の根拠が示されておらず、数値の元となった文献が示されていない。
加藤氏によると視覚80%超説を探していくとSchmidt (シュミット)の「感覚生理学」(1980)に引用されている Zimmerman, Mの 1978 年の論文であり、日本語で書かれた一般書や文献等で引用元としてよく紹介される書籍はあるが、その書籍もこのSchmidtの "Zimmermannの章"に依るものだそうだ。
なんと40年近くも前の論文しかも唯一、そのひとつが根拠のままとは‥。
加藤氏は"「視覚は人間の情報入力の80%」説の来し方と行方"の"5.今後の展望"で次のように述べている。
視覚 8 割説をたどると40 年近くの以前の神経生理学の教科書にたどり着くことは分かった。しかし,この文献が訂正されることもなく,その後も引用され続けていることは,視覚優位説そのものには,その後のあまり大きな収穫はないと考えられる。
2018年6月1日に書いた「自分の思う"マイノリティ"という位置づけは正しいのか_後編」の"捕らわれている自分"の部分でも引用した1色覚型の人が熟しているバナナをどう見分けているかを尋ねられた時の言葉を再度引用したい。
私たちは色だけで判断するわけではないのです。目で見て、触って、匂いを嗅いで、それで分かるのです。全感覚を使って考えるんです。
あなたたちは色でしか判断しませんけど。
晴眼者であればあるほど、「情報の8割から9割は視覚から得ている」と聞くとそうだよね、と思ってしまうのではないだろうか。
更には、常時見えないと情報が得られない、あるいは情報が限られるだあろうと考えてしまう。
それに、同じフレーズを何度もあちこち聞いているのでそれは正しい(科学的根拠がある)と疑うことすらしない。例えそれが古くて、取り巻く環境や科学的根拠がアップデートされていない情報だったとしても。
昭和の時代に子供だった今の大人たちが習った歴史も、今の子供たちの教科書を見ると変わっていると聞く。(例 現代教育調査班 (編集)「こんなに変わった!小中高・教科書の新常識」)
日頃スルッと読み流している情報も、たまに突き詰めると根拠がなかったり薄かったり、古かったりといったことがあるだろう。
たまには「なぜなぜ?」「どうして?」と"なぜなぜ期"に戻ってみるのも面白い。
━ あっ、"なぜなぜ期"は根拠あるのかな、大丈夫かな(苦笑)
(了)
*1 加藤氏の"視覚障害について紹介した一般書ではよく見かけるフレーズとなっている"とは、一般書「目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)」を指しているとのこと。 当該箇所の引用・根拠は書籍内に示されていない様子ですが、私はまだ読んでいないので、この内容については言及しません。
*2 レファレンスとレファレンス共同データベースについては「<レファレンス協同データベース>をご存じですか?」(神奈川県立の図書館 司書の出番)が詳しい。
ヘッダー写真 撮影地 ニュージーランド クイーンズタウン近郊キングストンフライヤー ( SL保存鉄道 )駅 ©moya
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