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うつ病・橋本病と診断されドン底に落ちた私が悩み続けた結果バレエ講師になった話 1

こんにちは!ゆうきです。

今日からはプロバレエダンサーになったあとのお話をさせていただこうと思います。

もしよろしければ

受賞歴も何もない私が18歳でプロバレエダンサーの夢を実現させた話

を全10話に分けて過去に投稿していますので、そちらも合わせてお読みいただくとよりご理解いただけると思います。これらの話を簡単にまとめると、母がバレエ経験者だったことをきっかけにバレエを始めた私が思うような結果が出なかったりバレエが嫌いになったりしながらも18歳で夢を叶えたという話です(笑)

たくさんの苦悩を乗り越えて18歳で夢を叶えた私ですが、本当に辛いのはこのあとでした。

【4月〜7月】

3月に高校を卒業したばかりの私は、髪の毛を染めたりピアスを開けたりとおしゃれの幅も広がりウキウキ気分。なによりバレエ団に所属することができたのですからもうこんな幸せな事はありませんでした。

当時のタイムスケジュールはこんな感じ↓

平日
10:00-11:00 自主トレ
11:00-13:00 バレエ団レッスン
13:30-16:00 バレエ団リハーサル
19:00-24:00 バイト

休日
11:00-13:00 バレエ教室レッスン
15:00-24:00 バイト

バレエ団に入ったらこれまで入っていたバレエ教室は卒業する方が多いのですが、当時バレエ馬鹿がおかしいほど進行していた私は通うことをやめませんでした。

また、つま先で立つための靴「トーシューズ」の消費量も、レオタードのボロボロさも、片道2時間の交通費も、今までとは比べ物にならないほど格段に上がりました。しかしバレエでいただけるお金はまだまだあまりにも少なく、バイトは欠かせませんでした。

バレエ団のスタジオは自宅から電車を3回乗り換えて片道およそ2時間。めちゃめちゃ遠いんです。通勤ラッシュで座れるわけのない電車に揺られながら毎日通っていました。

結果、平日休日お構いなく今まで以上に朝早く、夜遅く、とにかく多忙を極めました。やはり休日らしい休日は全くなく、相変わらずの忙しさでした。

5月にはバレエ教室の発表会、6月にはバレエ団の公演、7月にはゲスト出演の公演、バレエ団の公演...毎月何かしらの舞台出演があったため気を休める時間もありませんでした。

こんな生活でしたが、周りに「夢叶えたんだね!」「これからも期待してるよ!」と言われるのがとても嬉しかった私は正直辛くても無理をしてもこの生活を続けました。

自分を過信しているという自覚もなく...

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