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聖域のベルベティトワイライト (11)

 邂逅遭遇かいこうそうぐう


 城下の守備隊駐屯施設にある隠し扉を抜けると其処は、各居住区に通じる通路になっていた。
「此処は、貴族の区画と商人や平民の住む区画の丁度中間地点になっていてね、お忍びをするにはもってこいの場所なのだと昔、姉上たちが教えてくれていたんだ」
 現在お二人は、心配する国王や大臣たちの目が厳しくなったので公務としての外出しかしていらっしゃらないらしい。だから『公務』である結界の巡回の時は、あの様に羽目を外されているのだと察した。
「先ずは、食事にしよう」
「ちょっと待ってて、この辺に実家のある使用人から簡単な地図を描いてもらってるんだ」
 ルーは、使用人たちと仲が良いので数人に城下では最近何が流行っているか興味があるから教えてほしいなどという様な感じで適当に会話して予め色々教えてもらっていたらしい。
「えっと…、どれどれ。お、割と人気なお店がこの直ぐ近くにあるみたいだから行ってみようよ」
 歩いて数分も経たない所に一際賑わっているお店があった。ルーが、どんどん進むので私もフェリ王子も離れて迷子にならない様について入って行く。

「いらっしゃい!おや、見かけない顔だね」
「最近、王都に入ったばかりなんだ。美味しいお店があるって噂で聞いたから来てみたんだよ」
 ルーが、小慣れた感じでそれっぽい作り話をしてくれる。私たちもその設定に乗り、適当に合わせて出来るだけ自然に見える様に振る舞った。
「おっ、それじゃぁ、料理長が腕にりをかけるから期待しておいてよ!」

 適当に空いてる席に着き、料理が出てくるまで店内の人の流れ、活気や雰囲気を味わいつつ其々の名前について小声で話し合った。
「外にいる間は、僕は『フェル』って事にしとくよ。ルーは…『ルウ』でいいや」
「ちょっと、適当が過ぎやしない?」
「私は、外の人間なのでリズのままでも良さそうですね」
「いや、その特別な愛称を何処の誰だか知らない相手に呼ばせられない!」
「…うん。確かに、『ルウ』の言う通りだな…」
「じゃぁ…私は『リズィ』で」
「よし、コレで決まりだね」

 そうこうしているうちに注文した食事が運ばれてきた。城内で頂く食事には無い、スパイシーな香りに王子は、やや緊張しつつ口にいれると次の瞬間目を輝かせた。

「…美味しい!」
「このお野菜も美味しいです!」
「このお店にして正解だったね」
「お気に召してくれたみたいで嬉しいよ。どんどん食べていきな!」
 店を仕切っている女将さんは、上機嫌で次のお客さんの席に歩いて行く。美味しい料理を食べながらお店を観察していると、流石商業区なだけあって殆どの会話が商い中心でこの都がどれだけ熱気と活気があるのかうかがえる。中には、この場で交渉をしている人たちも居た。
 此処で暮らしている人々の賑わいを肌で感じながら食べ進めていると横にいるルウの耳がピクッと動く。
「少し離れた席で例の錬金術のお店の話題を話してるお嬢さんたちがいるみたいだから、ちょっと情報聞いてくるよ」
 王子の返事も待たずにスタスタとその場を後にして行ってしまった。
「良いんですか…?」
「いつもの事だし、こういう時のルウは、本当に有益な情報聞き出してくれるから頼りになるんだ。だから、戻ってくるまでゆっくり食事しておこう」
「はい。そういえば、さっきルウから行きたい所リストを見せてもらったんですけど、お茶のお店が書いてありました。あれって自分用じゃなくて…多分、城に戻ったら自分でハーブや茶葉を調合して使用人仲間へ手渡すんじゃないかって思うんです。軟膏を作るために必要な薬草に薬品…あれもきっと…」
「適当に見えるけれど実は周りの事をよく見てるし、そういう所マメだからね。姉上たちが言ってたなぁ、あの子がエルフなら女性の方からの求婚が絶えないだろうって。まぁ本当のところは、使用人にはルウの正体は教えていないから、寄ってくる相手をルウが、さらっと受け流してるだけなんだと思うよ」

 確かにこの数日、一緒に生活していてそれは感じる。基本気ままな妖精が、こんなに他人を気遣え、多種族と共に生活しているという事は、きっと珍しいのではないかと思うので何を思っているのか、少し気になる。因みに使用人たちといる時、立ち回りなどを考えて男性に見える時は『ルシエル』、女性に見える時は『ルーシー』という様な感じで名前を使い分けて演じているらしい。フェリ王子は、どちらの時も『ルー』と呼ぶので使用人たちはルーの事を『エルフの兄妹』と思い込んでいるのだそう。
「ルウは、なんていうか…こう、気になる相手とかいないのでしょうか?やはり妖精は妖精同士…いずれ何処かでそういう相手を見つけるのでしょうか」
「長年一緒にいるけれどそんな話題は出たことないなぁ。まぁ、もしそんな時が来たら僕は心から祝福するよ」
「本当にお二人は、素敵な関係ですね」

 私たちの食事が終わる頃にルウがひょこっと戻ってきて女将さんに愛想を振り撒きながら支払いを済ませてくれていたのでご馳走様でしたと伝えて店を後にし、お互いの顔を見ると其々満足した表情を浮かべていた。
「あれだけ美味しいものが食べれて、三人分で三千ギリル(小銀貨三枚)で良いなんてかなり良心的だったな」
「賑わうはずですね」
 夜は、お酒中心のお店だという事なので酒代できっと儲けていらっしゃるんだろう。
「お陰でこっちもいろんな情報集めれた!例の錬金術師の名前は『イリスティール』というらしい。店は、此処からそんなに遠く無い場所にあるんだって。ただ、店は開いていても店員のみで本人は、仕入れとかで出掛けてる事も結構あるみたいだから今日会えるかどうかはわからないらしいのだけれど…一応行ってみる?」
「そうだね。一度場所を覚えたらまた来れるし、向かってみようか」

 幸いな事にイリスティールという錬金術師のお店に向かうまでにリストに載っているお店を全部見つけたので、お目当ての品を全て購入し、外に出た時には空の色が薄ら茜色に染まっていた。

「うえーん。手荷物が、いっぱい」
「ルウ、半分持ちましょうか?」
「リズィ、ルウを甘やかしてはいけないよ。それにしてもだいぶ陽が落ちてきたなぁ」
「お店、まだ開いていると良いですね」
「あ、前を歩いてる人が入って行った店が、それじゃないかな」
 視界の先に、派手ではないけれど独特の雰囲気を醸し出しているお店が見える。片付けをしている様子も見えないので三人ともホッとしながら入店してみた。
「いらっしゃいませ」

 感じの良さそうな可愛らしい女の子が出迎えてくれる。店内は、薬品だけではなく工具に鉱物や各専門書、他にも魔法に関係する様な武器みたいな物に衣類やアクセサリー、そして植物や食べ物などが置いてあり、錬金術師のお店というより道具屋とか万屋の様な雰囲気に見える。
「錬金術師のイリスティールさんって方が、いらっしゃるというお店は此処ですか?」
「はい、イリスティール様なら今さっき…、あ、あそこにいらっしゃいます」
 誘導されるとその場に居たのは、私たちの前を歩いていた男性だった。フェリ王子たちに負けず劣らずの美形な男性は、先ほど持ち帰った材料を棚に並べている最中らしく声をかけるのに躊躇しているとそれを察してくれた女の子が、男性に声をかけてくれた。
「イリスティール様、お客様ですよ」
「すみません、此処は質の良い素材を揃えていると伺ってやってきた者なのですが、色々聞いても大丈夫ですか?」
「勿論構いませんよ」
 と、振り返って私たちを見つめると少しの間の後、先ほどの女の子に私たちを奥の部屋に通す様にと指示した。
 お茶を出してもらい、女の子が店番のために部屋を後にすると美形な男性は、さっそく話を切り出す。

「貴方たちは、旅をしたり行商を生業にしている者ではありませんね。羽織っていらっしゃる生地から私が知っている人物の気配を感じます。…貴方は、王族の血縁者ではありませんか?」
 フェリ王子を真っ直ぐ見つめて話すので隠しきれないと判断した王子は、身の上を包み隠さず伝えた。そして、何故気づいたのか尋ねると…
「アルテリア様とは、子供の頃から色々ありまして…平たく言うと幼馴染というところでしょうか。私の本当の名前は『イルヴィエン・セフィラード』と申します」
 その名前を聞いてフェリ王子は表情を変えた。
「『セフィラード』という事は…、『ヴェスパリス』領の…」
「そう、私は『公爵家』の者です。幼い頃から魔力が高いため将来を期待されていました。しかし、私は幼い頃からそういうものに興味が無かったため、成人して直ぐに親の制止を押し切って…単刀直入にいうと家を出て冒険者になり、世の中を見て過ごし、最近この国に戻ってきた。…と、いうところです」
 エルフ族の成人と認められる年齢は、十六という事なのだけれど、イリスティール様の現在の見た目は人間でいうところの二十代後半…三十手前あたり。人間とエルフでは寿命が違いすぎるので換算すると……それはそれは途方もなく長い月日を旅をしてこられた事になる。その後、フェリ王子はローブを脱いである程度お話をされていたが、イリスティール様が成人を迎えられた時、フェリ王子は人間でいうと五歳だったらしくお互いほぼ面識がなかった(覚えていなかった)のだそうだ。
「そういえば、姉上から外の世界に旅立った友人がいると聞いた事があったけれど…それが貴方だったのですね」

 勘当も同然だったのと上にお兄様がいらっしゃったので家には戻らず、現在この商業区で冒険者の時に使っていた名である『イリスティール・ヴェファリオン』をそのまま名のり、商いを始めているのだそう。アルテリア様が、外に強い憧れを持つ様になったのは、きっとこの方が影響しているのだろうと直感で思った。
「純度の高い錬金術スキルは、何処かの国で学ばれたのですか?」
「大海を渡った先にこの国と変わらないくらい未知なる力に満ち満ちた大国があり、冒険者を引退して間もない頃、そこで師に巡り合い秘術を学びました。師は、『人間』だったので亡くなりましたが……そういえば、そこのお嬢さんも同じ気配を感じますね。だけど…混血ではないですか?」
 流石、あのアルテリア様が『友人』というくらいの人物なだけはあり、外見を幻術魔法で変えても見透かされてしまった。
「はい、その通りです」
「あ、その魔法のアイテムが劣ってるわけではないので、そこは安心していただきたい。多分、私が長年『人間』と呼ばれる種族と生活を共にしてきたから…なんというか感覚でわかるんだ」

 もしかするとこの人なら私のもう一つのルーツが判るのではないかと思い思い切ってローブを脱いで今までの経緯も含め打ち明けてみる事にした。

「成程。確かに紫の瞳は珍しい。でも…もう一つの血は、今まで出会ってきたどのタイプの種族とも違う気がするから…判断しかねるかな。お役に立てなくて申し訳ない」
「いえいえ、そんなっ。こちらこそ聞いていただき、ありがとうございます」
「私は、仕事柄多種族と交流があるのでこちらでもそれとなく聞いてみる事にします。なのでまたお忍びで城下に来られる際は、いつでもこの店によってください」
 なんて優しい方なのだろう。
「貴方の事は、姉上たちに伏せた方が良いでしょうか…?」
「いえ、構いませんよ」
「ありがとう。お陰で良い土産話が出来そうです」
「…あ!お土産といえば」
 お土産という言葉で此処にやってきた当初の目的を思い出す。
「そうだった…。すっかり話し込んでしまってエレシアス姉様への品を探す事を忘れていた…。今から品定めをしてたら夜になってしまう…」
「エレシアス様か…今も薬の類や精製に興味をお持ちなのでしょうか?」
「そうですね。今では、医薬品から美容系…それ以外にも幅広く興味を持っている様で…それはそれは学者の如く活動している…という感じです。美しいのに恋のひとつも噂が立たず、隣国への輿入れ話も回避しているとかで、お陰で父上が婚期について嘆いてます」

 それを聞いてイリスティール様が、クスリと笑った。
「相変わらずなのですね。…成程、では少し待っててくださいますか。エレシアス様に気に入ってもらえそうな薬草と薬品を丁度今日手に入れたところだったのです」
 そう言って部屋を出て行くと袋を二つ手に取り戻っていらっしゃった。私には、その物の価値は分からなかったけれど、説明を受けてている最中に今まで借りてきた猫の様におとなしかったルーが興味を示したり驚いたりし始めた。
「コレは凄いね。大昔、博識な仲間から存在は教えてもらっていたけれど…まさか現物をこの目で見れるとは…」
「キミは、コレがわかるんだね。という事は、キミもエルフではなさそうか」
「あー…まぁ、そうだね」
「なんていうか…この子、こう見えて妖精なんです」
「なんと。…ん?殿下が使役している…というわけでもなさそうですね。この世界で妖精が単独で行動するなんて…しかも多種族と共に普通に生活しているなんて珍しい」
 今度は、イリスティール様の方がルーに関心を持ち始めた。

 やはりルーは、誰が見ても普通では無い妖精なのだ。イリスティール様が言うには、この世界の妖精は自分の生まれた領域から長時間離れると自身を保つための力を著しく消費する…その状態で程々の魔力を使うと簡単にいえば命に関わるのでこの様な事は、割と危険な行為なのだという。だから通常であれば必要な時だけ現れたり、使役され召喚される場合は用が済めば戻っていく習性があるのだという。力を補うために食す物から得られるフォイゾン(精気)も気休め程度なので可能性としては、強い魔力を持った者が力を分け与える事だという事だけれど…フェリ王子は、その様な事はしていないらしい。
「私の事よりも今は、エレシアス様の事が優先でしょ!コレ、所持金だけでは足りないんじゃないの?」
「…確かに。こんな事ならもっと持ってくればよかったな」
「店は、道楽でやってる様なものですからお代は、今所持されてるもので構わないですよ」
「いえ、そういうわけには!」
「では、不足分は、またこうやって三人でお忍びされる時に」
 それならという事で今日は、フェリ王子が引き下がり、品物を受け取る事となった。そして、今後もお忍びで出歩くときは、素性を隠し偽名を使うので我々の事は、街に住む者と同様に接して欲しいと伝えると、彼は少し戸惑いながらも「そういう事なら」と承諾してくれた。
 私たちは、ローブを着て帰り支度をし、部屋を出ると先ほどの女の子ともう一人私と同じくらいの歳に見える少年がお店の片付けをしている最中で此方に気付くと一礼してくれた。
「この子達は、此処で住み込みで働いてくれてるんです。いい子達なので私共々、今後も宜しくお願いしますね」
「はい、それではまたお伺いします」

 お店を出ると外がすっかり暗くなっている。
「これは、早く戻らないとお忍びしてた事がバレちゃうな」

 急いで守備隊駐屯施設まで戻り、再びソルヴェインさんに見送られ転送装置を使い城内へ帰還。なんとか部屋まで辿り着いた時には、三人とも安堵から暫く放心状態になっていた。

 

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