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【レビュー】 『Shelley FKA DRAM』 / Shelley FKA DRAM 一発屋ラッパーの笑顔の行方

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1. 一発屋ラッパーとしての苦悩

どの業界やジャンルにおいても一発屋ほどその後のキャリアに苦悩する者はいないだろう。華々しいヒットは刹那的なもので、波に乗るのかはたまた波に飲み込まれて二度と這い上がれずに溺れてしまうのか、そのプレッシャーは計り知れない。ことラップの世界においてもそれは顕著だ。ラップトップとマイクさえあれば誰でも成功できる可能性を秘めているヒップホップドリームの裏では、数多くのラッパーが成功を手にできずに消えていく。仮にその成功を一度手に入れても、その成功が自らの首を締めることになることも事実であり、ウサイン・ボルトの「1度勝つなら誰でもできる。勝ち続けることが難しい。」という言葉がまさにそれを物語っている。近年のラッパーで言えば、デザイナーやリル・パンプ、スモークパープあたりが頭に浮かぶかもしれないが、かの大御所ラッパーのナズも自身のデビューアルバム「illmatic」の成功のせいでその後のキャリアで苦悩した一人だ。

ドイツ出身ヴァージニア州育ちのラッパーD.R.A.M.(ドラム)もそんな一発屋ラッパーと評価される一人だ。2015年に、スーパーマリオブラザーズをサンプリングしたローファイなトロピカル風の2ステップ「Cha Cha」がビヨンセからお墨付きをもらったことでバイラルヒットを放ち、2016年にはアトランタ出身ラッパーのリル・ヨッティとのセカンドシングル「Broccoli」でプラチナディスクを達成した彼はまさに大波に乗っていた。その後も大手レーベルと契約を結びリック・ルービンとコラボしたり、ケンドリック・ラマーと同じステージに立つなど、デビュー早々華々しい功績を残し、異例のスピードで王座に登り詰めた。

そんなトラップ黄金時代の幕開けとともにスターダムにのし上がったドラムだが、現在に至るまで定期的にプロジェクトをリリースしていたものの、前述した2曲のようなヒットを叩き出すことはできなかった。前作「Big Baby DRAM」のアートワークで彼が見せた愛犬との無邪気でハッピーな笑顔は段々と薄れていったのである。



2. スターダムの違和感と母の死から学んだこと

そんなドラムが昨年9月に突如表明した改名後のShelley(シェリー)名義で約5年ぶりに新作をリリースした。自身の本名であるShelley Massenburg-Smith(シェリー・マッセンバーグ・スミス)から採用した新しいステージネームやセルフタイトルである「Shelley FKA DRAM(”Shelley Formerly Known As DRAM”の略)」を見ただけでも、今回の作品がいかに過去の自分ではなく、本来の自分を意識した作品となっているかが分かるだろう。アートワークの煙に霞む彼の表情も前作とは明らかに異なり、どこかリラックスしたようなあるいはシニカルな成熟した大人の笑みを見せている。ローリングストーンのインタビューを元に、改名に至った経緯や前作から今作までのライフスタイルや心境、音楽の変化について見ていきたい。

ローリングストーン:デビューアルバムをリリースしてから今までの道のりを教えてくれる?
シェリー:それは大変な旅路だったよ(笑)実際「Broccoli」は正真正銘のヒットだったし、「Cash Machine」も相当なヒットだった。でも、それらは僕が本当にやりたい音楽ではなかった。今回のプロジェクトで披露したような曲こそ僕が本当にやりたかったものなんだ。2018年頃からケンドリック・ラマーのツアーに参加したけど、それは最高だった。そういった経験を通して自分が本当にやりたい音楽を理解することができたんだ。今振り返ってみれば当時は体力的にもライフスタイル的にも、本当の意味での自分らしい表現ができていなかった。精神状態もめちゃくちゃだったし、(アルコールやドラッグをやる)その瞬間はワイルドで楽しい思い出なんだけど、いざ冷静になると嫌な感覚になってしまったんだ。だから、去年の年明け以降アルコールもドラッグもやっていないんだ。当時はロックスターらしくそういったものに手を出していたけど、それらを手放すことこそが新しい道への第一歩であることに気づけたんだ。

ローリングストーン:パンデミックが始まる直前の話だね。大変そうだったね。
シェリー:2週間ほどリハビリ施設に通わなければいけなかったんだけど、退院して1週間くらい経ったタイミングでパンデミックが始まったんだ。全てがシャットダウンされて、僕とガールフレンド、飼い犬だけの生活が始まったんだ。彼女も僕もアルコールやドラッグはもちろん色々なことに手を出すことをやめて、僕たちが心地よく生活できるようなオリジナルの生活リズムを築き上げたんだ。今でも鏡を見ると自分がこんなに痩せていることに信じられないよ(笑)

ローリングストーン:名前を変えようと思ったのはいつ?
シェリー:アルバムの名前はずっと「Shelley」にしようと決めていたんだ。よりリアルな僕自身や僕の考え、経験などを表現したかったからね。「Broccoli」の時の自分から完全に脱却して、100%堂々と自分自身でありたいと考えたのさ。

ローリングストーン:今回のアルバムは今まで発表してきた作品と明らかに違うね。ひとつはラップにこだわらなくなったことだね。ヴォーカルに力を入れているね。
シェリー:僕の本当の技量というか才能を前に押し出したかったんだ。みんなにはみんなが僕のファンでいてくれる本当の理由を改めて理解してもらう必要があったんだ。

ローリングストーン:SoundCloudであげた「Cha Cha」でビヨンセが踊ったり、ケンドリック・ラマーのツアーに参加したり、デビュー初期から圧倒的な経験をしたけど、今振り返ってそれらをどう思う?
シェリー:まさにあれは神の思し召しだったね(笑)音楽を作ることこそが僕の目的であり、僕の才能は神様が与えてくれたものということと改めて感じたね。というのも、僕は歌い方を習ったことなんて一回もないからね。今回、新しい音楽に情熱を注いでいるし、今回のプロジェクトが全く新しい方向性になることも理解していた。だから当然Big Baby D.R.A.M.が持っていたものは全て置いてきた。全く新しいアーティストとしてスタートしているよ。

ローリングストーン:どんな音楽からインスパイアされるの?
シェリー:アイザック・ヘイズやマーヴィン・ゲイ、アイズレー・ブラザーズなどの偉大なソウルミュージックだね。10代の頃はレコードをディグるのに必死で、そのきっかけとなったのが、アウトキャストの「The Love Below」なんだ。そしてなんといってもパーラメントやファンカデリックに出会ったときは衝撃的だった。ジョージ・クリントンとは仕事もしたことがあるしとても恵まれていると思うよ。

ローリングストーン:Pファンクやオールディーズといえば、当時はアルバムの楽曲をもれなく全部聴いていたよね。今回のプロジェクトでそのような音楽の聴き方を復活させたいと感がていたりする?
シェリー:もちろんそうだね。ある意味今までのR&Bやソウルアルバムのイメージを刷新したいんだ。その時代のパロディを作るのではなく、今の時代にインスパイアされたものを作ることで、時がたっても色褪せない作品を作りたいんだ。ただ新しい音楽ではなく、人々の生活と共に生きるような音楽だ。この曲を聴きながら会話したり、家の掃除をしたり、ドライブをしたり、勉強をしたり、愛しあったり。そんな生活の一部になってほしいんだ。

ローリングストーン:最近のR&Bはダークなムードがあるものがトレンドになっているけど、このアルバムはそれとは一線を画しているね。
シェリー:僕が言いたいのは余裕を持てということなんだ。余裕があるということは、自分を表現するときに悲しいことがあったとしても、それをポジティブな方法で表現するということかな。僕のやり方で伝えることが今回重要だと考えたから、トレンドなんかを意識したりしないで、とことん僕のやり方でやるべきことをやっただけなんだ。


前作のヒットによって生活が一変した彼だが、同時にアルコールやドラッグに依存するようになり、無邪気でハッピーな笑顔を無理矢理保つためにそれらを摂取していたようだ。一方でケンドリック・ラマーのとの共演をきっかけに自分の本当にやりたい音楽について考えるようになったという彼は、そんな見せかけの笑顔を抱えた生活に違和感を覚えるようになった。

そんな時、周りの人たちの助けでリハビリ施設に入院し、さらには退院後もパンデミックにによるシャットダウンで良い方向へライフスタイルが大きく変化し、それまでのドラッグやアルコールに代わって自身の健康と運動からインスピレーションを受けるようになったという。自身の体内の内側にエネルギーを見出し、食事と健康に気を配るようになった彼は「人生、いやこの地球上の歴史における最も最悪な時期に、俺は新しい2つのパッションを見つけたんだ。」とも語っている。

昨年亡くなった母親の死も彼の音楽に影響を与えた要因の一つだ。インタビューでも「たぶん僕の変化を見て母さんは喜んでいると思うよ。彼女は以前の(ドラッグやアルコールに溺れた)僕を知っていて、良く思っていなかったからね。それも僕のモチベーションになった。もちろんまだ痛みは残っているけど、僕がこの道を進んでいる限り、彼女は喜んでいていると思うよ。」と語っている。

スターダムの座における違和感と母の死が彼のライフスタイルを根本から変え、改めて自身のやりたい音楽について考える時間も確保できたからこそ、今作では彼がリスペクトする黄金時代のソウルやファンクを彷彿とさせるパワフルかつセクシーな作品に旗振りできたのだろう。


3. 自分らしい音楽への追求

シェリーがレトロなR&B/ソウルを歌い上げるのは決して今作が初めてではない。SZAを客演に迎えた「Caretaker」や「Sweet Va Sweet」、「Best Hug」のように、もともと落ち着きと気品のある声色も持ち合わせていた彼の歌声が今作の最大の特徴となっており、驚きなのは5年ものスパンが空いたのにもかかわらず、その歌声からは全く緊張感が感じられず、むしろ自信に溢れた歌声だいうことだ。

冒頭のサマー・ウォーカーとの「All Pride Aside with Summer Walker」と「Married Woman」は献身的な愛と浮気がテーマだ。前者では「Since we not stoppin' ourselves/I'll keep lettin' you if you keep lettin' me(僕らが自分自身を止められないから/君が僕をそうするなら、僕も君にそうするよ)」とお互いの浮気を認めるような歌詞を歌い上げ、後者の「Sleeping with a married woman/Consummating with a married woman(既婚女性と夜を共にする/既婚女性とセックスをする)」と不健全な関係を堂々と歌う姿は、献身的な愛の裏返しとも読み取れる。最後には「Let’s stop trying to pull the wool over each other's eyes/Besides, we only get like this when we horny.(互いの目の前に壁を作るのはやめようよ/私たちはムラムラしているときだけこんな風になるのよ)」と自身の楽観的な恋愛観を歌うのである。

ガールフレンドへの深い愛情とその愛情がいかに美しいかを2曲続けて歌った「Something About Us」と「Beautiful」とそれに続く「Exposure」では、「Let me touch your soul before I touch your skin(肌を触るまえに、魂に触らせて)」と官能的なリリックを歌いつつも、そこには亡き母親も誇りに想うような健全な視点への変化も見られる。H.E.R.を客演に迎えた「The Lay Down」でも、カリフォルニアキングサイズのベッドとシーツをガールフレンドに見せびらかして口説く古風なリリックと哀愁漂うWATTSのエレクトリックギターでより成熟した彼の姿勢が音楽性にも現れていることが分かる。そんな彼の成長はアートワークを見ても一目瞭然だ。

禁酒やダイエット、エクササイズへの傾倒を歌った「Cooking With Grease」では、前述した自身の新しいパッションがいかに自身の音楽性に影響を与えたかを歌っており、収録曲のラストを飾る「Rich & Famous」で「Cars, clothes, jewels and fame/In real life it don't matter(車、服、ジュエリーや名声なんて/人生においてなんら重要じゃない)」というメッセージで終わるのは、前述したストーリーを踏まえれば至極当然な流れと言えるだろう。彼にとって大事なのは愛、そして(ドラッグやアルコールに頼らない)本物の笑顔だ。「The Lay Down」の後半の踊るようなシンセサイザーのラインを、動物の鳴き声のような高音のアドリブで真似る楽しげで即興的な瞬間が、彼の今を表現していると言っていいだろう。シェリーの笑顔は健在だ。


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