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第二十五話「巫女の宣託」2024年6月29日土曜日 晴れ

 昨日の大雨とは打って変わって朝から快晴だった。アスファルトに染み込んだ雨が気温と共に今度は空気に溶け込んでいく。日差しに湿気が重なり不快指数が上昇する。
 郊外の健康食材カフェへは電車で向かう。朝のラッシュから少しズレた下り電車。読書にはちょうどいい空間だった。
 私はマーケティングの入門書を読んでいる。失業者の財布は軽い。図書館で借りたものだ。初心者向けの読み進めやすいものだったが、非常に興味深い。

 少し前、N美さんにブランドとコンセプトに関するアドバイスをもらった。
 そのアドバイスからすぐに自分の棚卸しを行い、あんこちゃんにロゴのデザインを依頼した。シェアリングコーヒーショップへの出店も決まった。ワークショップの集客も順調だ。準備も前倒しに行っている。突然の失業から考えれば上々の滑り出しだ。
 喜ばしいことなのだが、何か上滑りしているような感覚がある。ありがたいことにいろんな助けや才能が周囲にあった。船長やN美さんをはじめレンタルスペースのオーナー、シェアリングコーヒーショップ事業との奇妙な繋がり、ロゴデザインのあんこちゃん。私はその人たちの助けとアドバイスと才能によって前に進んでいる。しかし自分の決断で歩いているのだが、自分の手足が動いていないような感覚があった。
 自宅での食事の後、ぼんやりとそんなことを考えていたら、N美さんが言った。
「シェアリングコーヒーショップのことなんだけど」
「うん」
「誰が来るの?」
「え?ーーいや、おれの知り合いは来ないだろうね。おれの知り合いはいない街だから」
「どんな人が来るの?そのシェアリングコーヒーショップの常連さんとかファンの人?」
「それもないみたい。とても素敵な事業だけど出店者さんはみんな業態が違うから。コーヒーの人もいれば、お酒の人もいるし、ランチメニュー押しの出店者さんもいるから。その全てがファンなんて人はいないと思う」
「じゃあ、サトウさんはどんな人をお客さんにしたいの?どんな人に来て欲しいの?」
 私は、来店した人を楽しませたいと思っていた。しかし、その人がどんな人か想定していなかった。顔形、年齢どころか、性別さえも見えていなかった。
「サトウさんの、週一回の出店の日。週一回だけ、たった数時間の間に来て欲しいお客さんはどんな人なの?サトウさんがその人を見つけてあげないと、その人もサトウさんのお店を見つけられないんですよ」
 N美さんの声が、巫女の宣託ように聞こえた。
 その翌日、私は図書館に行った。

 仮想の顧客像。
 マーケティング用語でそれを「ペルソナ」と言うのだそうだ。

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参考文献
①「サクッとわかるビジネス教養 マーケティング」
阿久津聡 監修  新生出版社

②「ひとりビジネス・スモールビジネスのマーケティングと集客の教科書」
増田恵美 著  自由国民社

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