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第五十三話「新企画始動」2024年9月9日月曜日 晴れ

 ワインバルでのアルバイトの夜。閉店後に約束があった。色っぽい待ち合わせではないのが残念だ。しかし楽しみにしていた男3人の飲み会であった。
 私がワークショップを開催したレンタルスペースの経営者であり、焼肉屋SANKYUさんのオーナー、ーーここからは焼肉店をSANKYUさん、オーナーさんをサンキューさんと呼ばせていただく(※)ーーとそこに勤める若き料理人Tくん、そして私の飲み会だ。
 男3人で飲んで騒ごうという飲み会ではなく、明確な目的があった。
 Tくんは都内の有名フレンチで修行していた経験がある。いずれ自分の店を持ちたいと一旦フレンチから離れ、いろんな業態を学ぶ一環でサンキューさんの元で働いている。
 そして、私は思いもよらぬ失業。
 SANKYUさんには、本店の他に『離れ』もある。正に『HANARE』と表記しているのだが、サンキューさんはこのHANAREで、Tくんのフレンチの腕、私のソムリエとしての知識、SANKYUさんの食材を生かした、〈フレンチと焼肉のコラボレーションコース〉を提供する企画を温めていたのだ。
 今夜は、そのアイデアを詰めていくためのミーティングでもあった。
 飲み会の会場は同じ街にある、馬刺し専門店だ。バカ安の価格設定だが、十分に美味い店だ。
 乾杯の後、サンキューさんがミーティングの口火を切る。あらかじめ送られていたスケジュールと予算、食材、そして初回の主旨の説明を受ける。
 初回は、SANKYUさんのスタッフさん達の慰労会も兼ねるとのことだ。
 つまり、

・Tくんの料理の味、そのボリューム感の確認
・私のワイン選定、ペアリングの確認
・価格設定の確認
・オペレーションの確認(私がサービスマンなのだ)
・宣材写真の撮影

を、極々内々の会で一気にやってしまおう、ということだった。
 そして、2回目以降はTくんのお知り合いや私の知人たち。ここでもオペレーションその他の微調整をし続ける。
 ここで、Tくんと私は現実を突きつけられる。長年商売をやっているサンキューさんは私たちの気持ちを察して、悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。
「何回目まで、知り合いやお友達が来てくれますかねー」
 そうなのだ。Tくんのお知り合いやお友達は来てくれるだろう。私についていてくれた常連さん達も来てくれる。
 が、いつまでも彼等の善意に頼ってはいられない。ご祝儀は長く続かない。ごく早い段階で、高いレベルに上り、〈フレンチと焼肉のコラボレーションコース〉の価値を確立しなくてはならない。
 これはどの商売でも同じなのだ。
 雇われ店長時代とは、プレッシャーが違う。
 が、だからこそおもしろい。

 私は馬刺しをつまみにして、酎ハイを飲む。
 馬はそもそも神の乗り物だった。そして、ヒトやモノを運んでくることから、縁起のいい生き物とされる。
 何かの始まりには、打ってつけの店だった。

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※掲載許可をいただきましたので、SANKYUさんのX(旧Twitter)へのリンクを貼らせていただきます。
SANKYUさん、今後ともよろしくよろしくお願いいたします。
https://x.com/sankyu0113?s=21

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