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第四十五話②「蕎麦とコーヒーを合わせる」2024年8月16日金曜日 雨

 蕎麦とコーヒーを合わせる。
 一言で言うと簡単だが、どう合わせるかが重要だ。
 ソムリエ的な発想だと、まさに蕎麦の横にある食中『茶』としてのペアリングが主軸になる。
 事実、ネットで検索してみると蕎麦とコーヒーを売りにしているお店は意外とある。しかし、あくまでも食後のコーヒー、もしくはカフェ機能もあるお蕎麦屋さん、というやり方だ。食中茶としてのコーヒーと蕎麦の組み合わせは、少なくとも私は見つけられなかった。
 やはり食中茶でいこう。私はソムリエでもあるのだから。
 料理とワインのペアリングの場合にはいくつかのアプローチがある。大きく分ければこの三つだろうか。

 1.料理とワインの両方を高め合う
  2.料理に味を加えるワイン(ソースやドレッシングのような役割)
 3.料理の味をリセットするワイン

 いずれも完全に独立したアプローチではなく、相互に関係しあっている。割合、役割の差と言ってもいいかもしれない。
 蕎麦と合わせるにあたり、どれに重きを置くか。
 アイコさんのお母様の蕎麦は十割蕎麦だと言う。その蕎麦の香りは打ち消したくない。むしろ前面に出すことが良いように思う。三つのポイントから言えば3.の割合、役割を強くするべきだろう。
 蕎麦の香りを楽しみ、コーヒーで一度リセットし、また新たに蕎麦の香りを楽しむようなコーヒー。一枚のざる蕎麦の中で何度も新鮮な香りと驚きを味わえる。そんなコーヒーだ。
 蕎麦はざる蕎麦を想定している。温度帯を合わせてアイスコーヒーにしよう。季節感も合う。
 焙煎度合いは浅い方が良い。深煎りは苦味が強くなる。蕎麦の繊細な香りを上書きしてしまうだろう。今回の意図に合わない。
 逆に浅煎りは酸味が出る。この酸味を抑え、かつ旨味やコクが薄くならないように調整することが肝要だ。

 粉量ーー多くすれば、より濃く、苦くなる。
 挽き目ーー細かくすれば、より濃く、苦くなる。
 抽出湯温ーー熱くすれば、より濃く、苦くなる。

 このポイントの組み合わせを変えながら、試飲していくことになる。

 浅煎りの豆は家にあった。中国雲南省の農園のスペシャリティコーヒーだ。中国産コーヒー豆は今のコーヒーシーンでは、重要なトピックなのだ。高品質でフルーティーな味わいがある。さすがは茶文化発祥の地だ。頂き物だがちょうどいい。これを使おう。
 フルーツのような酸味が印象的な豆だが、酸味を抑えて、食中茶に仕立てていく。

 組み合わせを変え、ドリップし、試飲。これを繰り返す。N美さんも試飲に加わり、コメントをメモしていく。
 大きくブレている味が少しずつ目標に向けて定まっていく。
 最終的なレシピが決まり、実際に十割蕎麦と合わせてみる。
 蕎麦は市販の乾麺であるが、十割蕎麦だ。麺つゆも市販品。アイコさんのお母様の蕎麦には遠く及ばないだろうが、方向性は間違ってないはずだ。
 試食。勢いよく啜り、軽く噛む。十割蕎麦の歯応えが心地いい。
 鼻から抜ける蕎麦の香り。麺つゆのしょっぱさ、鰹の香り。そして、飲み込む。
 アイスコーヒーを一口含む。抑えられた酸味は麺つゆの後味とよく合う。コーヒー特有の香ばしさ、苦味は強くなく、蕎麦の香りを打ち消さない。
 そして、舌と鼻腔はリセットされ、また蕎麦を味わう。
 なかなかいいペアリングだ。狙いに近い。N美さんもうなづく。
 繰り返すが、アイコさんのお母様の蕎麦ではない。薬味もないし、器も違う。温かいかけ蕎麦であればまた違うレシピにするべきだろう。これが唯一の回答ではない。
 豆の産地、焙煎度合いも項目に加えていけば、より精度の高いペアリングーースウィートスポットを狙えるはずだ。
 しかし、今の私にはこれで十分満足だ。
 コーヒーはどんな料理にも、どんなシチュエーションにも、そしてどんな人にも合わせにいける、懐の深い飲み物なのだ。
 それを知っただけで、私には十分だ。

 アイコさん。
 お母様との蕎麦とコーヒーのお店。
 ヘンじゃないです。
 できますよ。
 きっと。

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