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135. 北の方へ(1)

 人付き合いを避けるために都会に住み、人ごみを避けるために田舎へ繰り出す。これ地味に一番お金と時間がかかる。人間から受けたストレスは人間の少ないところで洗い流すしかない。

 一人旅もこれで3回目だった。日帰りで遠出することは多々あったが、泊まりはまだ数える程度しかない。軽井沢へスキーとスノボをしに行った時と、八丈島へサイクリングと山登りをしに行った時、そして今回は青森へ海と山を見に行く。東京より若干涼しくて海と山があって人が少なければどこだっていい。アートがあればなお良し。

 朝早く、まだ薄暗いうちにひっそりと家を出て、電車の窓や船の甲板から朝焼けを見るのが好きだった。前世は夜逃げばかりしていたのかもしれない。今度もまた始発で繰り出そうとしたが、仕事が片付かず、もたもたとしているうちに夜中になってしまった。また前回のように鬼の形相であらゆるものを口に詰めて冷蔵庫を空にし、家中を磨き上げゴミを出し、荷物をまとめてギリギリ朝と呼べる時間に新幹線に飛び乗った。なんてこった。はやぶさには自由席がない。しかし朝一番の便を予約していたら、這々の体で出立することになっていた。まあいいか。
 立ち席で仕事のメールを返す。Slackを返す。PCは持って行きませんと宣言しておいたため、スクリーンショットで残しておいたPPTを頭に入れる。デッキに乗っていたが、隣で地べたに座り込んで新聞とワンカップ大関を手に持った大きな中年男性の頭がキラキラと輝いており、季節を感じた。どこへ行かれるんですか。気になる。
 13連休、ドタバタの開幕である。

 八戸、まあ暑い。当たり前である。全国総異常気象である。十和田市現代美術館でカラフルな花でできた馬、デカくて赤い蟻、公園の横を突如浮遊するお化けなどを見る。さほど心に残らなかった作品に対しては語彙がめっきり減ってしまう。デカいのは見ていて愉快だな。おばけはインゲス・イデーの『ゴースト』。シンプルな白とスリムな形で、道向かいの美術館の建物にもよく馴染んだ。硬い素材でできているはずなのに、白い布の裾はどう見ても軽くなびいている。近くから見ても離れて見ても、おばけは浮遊していた。街中を唐突に、愛らしく。

十和田市現代美術館の屋上より。街に馴染むお化け

 企画展は劉建華の『中空を注ぐ』。『遺棄』という作品が印象深く、無意味なゴミに無意味な「中空」を注ぎ込むことで、作品として意味を持たせているようだった。建物の外観の白とは異なる意味合いを持つような白だった。

あらゆる種類のゴミの中で、くまのぬいぐるみだけは完全な形を保っている

 屋内の常設展はレアンドロや名和晃平、奈良美智、塩田千春といった有名どころが続く。

ハンス・オプ・デ・ベークの『ロケーション(5)』という作品が一際心に残った。しばしば見る夢だった。静かで不気味で、どこか愉快な馬鹿馬鹿しさもある、珍妙な黒とオレンジ。調べてみると、やはりこれは自分の見ている夢だという感想が散見された。共通の意味不明な夢。取るに足らない、どこでもない空間をこんな風にシンプルに作ることができるのかと驚かされる。本物のカフェのようにしばらく居座りたくなる、心地良い不気味さのインスタレーションだった。

錯視を使った夜の高速道路。暗く不気味なオレンジ

(長くなりそうなのでこのあたりで。次週に続く)

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