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136. 北の方へ(2)

 先週の続き。人のはけた頃合いを見計らって大きなおばさんの手に浮き上がる精緻な血管を観察したり、オノヨーコの念願の木にカラスが止まって林檎をつつくのを眺めたりした。動物たちに忖度はない。

おばさんの肖像権が気になるため手元だけ。寄って見ても何で作ってあるのか本当に判然としなかった
平和は損なわれている

栗林隆の『ザンプラント』はこの季節に心地良い作品だった。忖度のある方のアザラシと見つめ合う。お盆の少し前だったため、後ろからせっつかれることもなく、湿地帯を堪能することができた。

こんにちはアザラシ、お邪魔しております

 レアンドロの作品は離れで展示されていた。21世紀美術館のあのプール同様、単身者の撮影ハードルはやや高い。一人旅の重要な精神の一つに、気にしたら負けというのがある。カップルや家族連れに紛れて転がって撮りまくる。すまない、作品も自分のことも好きだから写真を撮っておきたいんだ。錯視を利用した作品は周りと通じ合えた気分になっていつも楽しい。

見下ろすとこんな感じ。よく出来ている

 気の済むまで館内を徘徊し、バスに乗って宿に入る。一人の場合は大抵ビジネスホテルをとることにしている。あまり人に構われないのが何より。簡素で自由、狭くてぶっきらぼう。駅付近でイカ飯とせんべい汁を飲み、若干の空腹を覚えたまま早寝する。

 例のごとくホテルバイキングで朝からドカ食いし、2日目は下北半島の先端、尻屋崎まで出かけた。遠い。遠い上に交通の便が良くない。さもなければきっと都会人が大挙して押し寄せてしまうだろう。
 青い森鉄道とJR、バス、タクシーを乗り継いでの大移動である。田んぼ、森、田んぼ、時たま林檎畑、トンネル、海、風力発電の大きな風車、再び森。青い森鉄道の名の通り、視界のほとんどが青と緑に塗り潰された。

視界の全てが夏だった

 今年の春頃に路線バスが廃止されてしまったようで、旧むつバスターミナルでバスを降りた後予約していた乗合いタクシーに乗ることになる。乗り合わせたおじさんと二人で大人しく注意事項を聞く。ハチ、アブが多いため一人ずつ乗降すること。お馬さんに近づきすぎないこと。帰りは降りた所でまた乗ること。はぁい。再び緑の中をひた走る。尻屋崎灯台に通じるゲートで下車すると、おじさんと二人、無言でそれぞれ虫除けをつけまくる。確かにハチとアブがすごい。早速囲いの中を寒立馬が佇んでいる。遠くからカメラを向けると首をもたげてこちらを見ている。人間はあまり見ないですか。そうですか。

足腰の関節が太く、いかにも寒さに強そうなお馬さんたち

 灯台へは徒歩30-40分ほど。日傘があれば耐えられる気温のため、のんびり撮影しながら向かう。マジで誰もいない。同乗おじさんはさっさと先に行ってしまう。後で同じ場所で集合しましょうね。辺境の一人旅は交通の便が限られてしまうため、同じく単身者が割合目立ってしまい、よく分からない連帯感が生まれてしまう。それよりもかなり強めの遠慮も生まれるため、何かない限りは会話はしない(この「何か」は発生することが多い)。

写真を撮ってくれる通行人もなく
群青
日本海のはず。この日は筋雲だった

 愚かな人間たちがお馬さんにちょっかいを出しすぎて怒られるため、お馬さんは囲いの中でのみ放牧されていた。人間の方を囲うべきである。

 自分の親指大のハチが太ももに止まり、危うくデカめの声が出かかったが一人旅の自制心を取り戻し、無言無表情を保ちながら日傘でそっとお帰りいただいた。馬たちはかなり鬱陶しそうに、始終筋肉を震わせたり尻尾を揺らしたりして大きめの虫たちを追い払っていた。畜生なので当然かもしれないが、夏も冬も大変だなぁと思いながらシャッターを切りまくる。誰だって食べて寝て番ってボンヤリするのは容易ではない。

ボンヤリ
まだ若い馬もいた
馬が寝そべっているのは初めて見た。暑すぎるよね
カラスは血を吸わないだけマシなので止まっても許される

 尻屋崎灯台は140年以上の歴史を持つらしかった。海難事故の多かったことだろう。天気も良く、見晴らしが良かっただろうが、灯台そのものを眺める方が好きなので展望には登らなかった。
 人間の方は車を走らせてきた家族連れが数組と、自分の世代より少し上であろうカップル、残りはほとんどツーリングに来た皆さんだった。見たところ同年代も、単独行動もいなかった。
 少し離れた場所で海を見ながらおにぎりをかじった。山や海に行く日は凍らせたスポーツドリンクと塩味強めのおにぎりと決めている。日傘の下で体育座りしているのでとんびと張り合うこともない。行き過ぎる車が自分の近くでことごとくスピードを落としていくのでなんだか少し申し訳なくなった。窓から顔を出した老夫婦に心配されて声をかけられる。大丈夫です。水分も塩飴もあります。タクシーのおじちゃんが迎えに来てくれます。

百周年記念碑
白がよく映える
おそらく鳶
3000分の1秒。かっこいいね
かわいいね
秋が近付いている
たくさんいらっしゃる
我々の愚行のために囲われてしまっている

 一本道で特に迷うことはないため、帰りは好きな歌を流しながらまたのんびり歩く。海も空も広くて本当にありがたい。これのために働いている。寺尾紗穂さんの『雲は夏』があまりにもぴったりで、ドーパミンがかなり出た。「ビルの向こう」ですらない。雲は夏、でしかない。日食なつこさんの軽快なピアノや、崎山蒼志くんの凝った演奏を聴きながら、海や草の匂いを目一杯吸い込んで帰途についていた。

仄暗い林
浅瀬もある
ツヤツヤとしてたくましい


 帽子だけかぶった同乗おじさんは汗だくで待っていた。お疲れ様でした。帰りましょうか。

 バスの乗り継ぎの合間にスーパーに寄って野菜や果物を眺めた。旅先にあるよく分からない大きなスーパーほど楽しいものはない。姫りんごが一袋198円だったが、美味しいうちに食べ切れる気がしないので断念。チョコジャンボもなかをかじりながら帰る。

 チェックインしてから青森駅近くで手早く夕食を済ませ、大きな銭湯に寄った。ちゃんと温泉だ。温泉の違いはよく分からないが、マンガンが多く含まれる泉質だと黒くなるらしい。お風呂で1000まで数えさせられる虐待シーンを思い出しながら50まで数える。暑いので気持ち良く浸かれる数はそのくらいかな。満足しきってから、ちんたら歩いて寝に帰る。毎日こんな感じにならないかな。程良く疲れて、夏休みの小学生のごとく早寝した。
(なんとまだ中盤。次週へ続く)

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