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【連載】 アニマルバー 『メモリーグラス』 ②





ゆっくりと店内を見まわす。

薄暗いのにひんやりとした灯りが辺りを照らす。それ程広いわけではないが、こじんまりとしていて悪くない。ダンスフロア、一段高いステージ、DJブースまで。ちょっとしたパーティならいけそうだ。
しかも壁にはピンクやパープルでできたサンゴの飾り、ライトの周りには色んな貝殻で作った傘が吊るされている。丸い小窓の枠は光が当たる度に違ったニュアンスで目を楽しませてくれる乳白色の琥珀でできている。フロアのテーブルガラスにもたくさんの貝殻が見える。コイツら生きているのか? 時々口を開けたり閉じたりしているのが見える。しかもその貝殻一つ一つにはこぼれるような真珠がくっついているらしい。キレイだ。


そんな夢みるような雰囲気を味わっていると、ママの音姫さんが現れた。

「どうです? 悪くないでしょ。このお店。」
「ええ、とってもいいカンジですね。」
「ワタクシにとってはコレでも小さな竜宮城のようなもの。昔優しくして頂いた方への僅かながらの恩返しのつもりで。」
「昔優しくしてくれたヒトって、そりゃあママの大事なヒトなんでしょうねぇ。きっと若い頃のママは女神のようにキレイだったんだろうな。」
「あら、イヤだ。若い頃って、今でも十分若いつもりですっ。コレでもさんぽが趣味。元気にいっぱい歩いてお酒もいっぱい呑んで。運転しないのに、車好きだからモーターショー行ってTシャツ買っちゃうでしょう? 買ったらやっぱりみんなに見てもらおうって着たとこ自撮りしちゃうでしょう? 高い服なんか着慣れなくて窮屈だから、ダメージジーンズ合わせちゃうでしょう? だから一体幾つなんだかわかんないでしょう?」
「いや、わかります。」
「ヘ!? わかっちゃってるの? 」
「あ...いや、わ、わっかんないかなー。ゼンゼン。」
「いーの、いーの、わかるヒトにはわかっちゃえば。それが男の年の功。ホントの男にはね、な〜んにも隠せないんだから。言わなくたってわかっちゃうの。」
「え、じゃあオレってホントの男かも。」
「あ、でもそれは自分で言っちゃダメ。」

何か頼もう。

「水割りをくださ〜い。」

ママは一瞬、はっとしたような目をした。
「そのセリフ。うふふ。歌ってくれちゃうのかと思ったけど。イヤだ、それこそホントの年がバレちゃいますね。ハイ、どうぞ。涙の数だけ。
そうそう、うちにはオリジナルカクテルがあるんですよ。お近づきのしるしにお一つ。ぜひどうぞ。
ラスカルちゃん、いつもの一つ、こちらに作ってあげて。」


ラスカルと呼ばれたそのバーテンは、つぶらな目をパチパチさせ、ママの言いつけがわかったのかわからなかったのかはっきりしない。辛子色の毛並みに似合う濃紺の短い丈のベストを着ている。着いたときから物凄いスピードでずっと何かを洗い続けていた小さな手をふっと止め、一瞬こちらを凝視したような感覚に襲われたが、気のせいだろうか。特に何も言わず、大きな縞模様の尻尾を揺らしながら、そのカクテルを作ってくれた。


美しく優しいが、どこか悲しげな目のママ。急にしおらしくなったかと思うと、

「ここでママになる前は、ワタクシもよくいじめられていたんです。海辺の出身なんですよ。夕暮れ時に、棒で突つかれたり、縄で縛って吊るされたり。毎日お仕置きばかりで。仕方ないんです。亀甲縛りって言うんでしょうかね、あれ。折檻っていう日もありましたのよ。そりゃあもう痛くって。キリキリ肌に食い込む時の痛さったら。そのまま甲羅干しにされたこともありました。だけど、そんな日ばかりが続いた後に、ふと何もない安息日が来るんです。そうすると、不思議なことに、あ、縛って。とか、いやん、突っ付いて。とか思うようになってしまうんですよねぇ。」


思わずゴクリとツバを飲む。
こんな物腰の柔らかいママにそんな過去が。
実に興味がある。もっともっと知りたくなっていく。どんな縄でどんなふうに縛られたのかが気になる。キリキリ食い込んだ時のこの白い肌の事を考えると、こっちの頬が高潮しちまうじゃないか。
本当は仮面を被った亀なのか?
いや、まさかそんな。驚きを隠すように目の前のカクテルを口に含む。


ん!? なんだ、このカクテルは。
脳天を付くように強い。
舌がビリビリ痺れるようだ。
今までに味わったことのない薬草系か!?
これじゃあ明日の仕事はまともにこなせそうにない。参ったなあ。だけど今更後には引けない。
同時に、なんとも甘く懐かしい後味さえ感じる。まるで聖母(マドンナ)のミルクのような味。ママのミルクならむしゃぶりついて呑んでみたい気もする。これは妙な感覚に陥る不思議なカクテルだ。





(つづく)




〈今日のBGM〉





きゃうん♥








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