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泣けない男

物心ついた時からの記憶を辿っても泣いた記憶がほとんどない。
感情が昂ったり震えたりする事は多々あるのだが、それが涙に直結することがない。一体いつからこうなってしまったんだろう?
すっかり泣けない男になってしまった。


こうして泣けない人生を歩んでいると泣くという生理現象に憧れを抱いてしまう。
ライブハウスに行ったりライブ映像を観ているとお客さんが泣いている姿をよく見掛ける。
「いいなぁ‥その感受性‥」
と羨望の眼差しを向けてしまう。

俺の中で【歌を聴いて泣く】というのは泣きジャンルの中でも至高であり、憧れの頂点である。
「もう俺は今世で音楽を聴いて泣けることはないのかもしれない‥」
そう悲観する俺を見かねたのか奇跡が起きたのである。


つい先月のことだ。
幼稚園の年中組に通う4歳の息子の父親参観があった。
今年は一緒に体操しながら参観もするとのことで、どんなイベントになるのか楽しみにしていた。


かなりの人数の父親が参加していて、みなさんもこのイベントを楽しみにしているのが伝わった。息子のマイメンである友達のお父さんとも、ちゃんと話したのは初めてだったりして、
「あっ、どうも〜いつもお世話になってますぅ」
なんて社交辞令が滲み出る挨拶を交わす。
こういう時にもうちょい気の利いた挨拶がしたいものだ。


イベントが始まるとハキハキしたスポーティーな先生が登壇し親子体操がスタートした。
もっと軽めの感じを予想してデニムを履いていってしまった事を後悔するレベルの体操。
18kgの息子を抱いたまま体の周りを一周させるとか、肩がもげるのでは?と恐怖さえ覚えた。

体操が一通り終わると先生からアナウンス。
『今日は来てくれてパパたちにプレゼントが2つあります!』
『おぉー』
という野太い声が響くのもこのイベントならではだ。

しかし俺の場合は事前に息子からのタレ込み(本当は秘密にしておけと言われていたようだ)があったのでサプライズ感は皆無であった。
隠し事しない性格は良いのだが、時には悪く作用する時もある。


1つ目のプレゼントは似顔絵。
昨年に比べて絵を描くスキルがかなり上達していてちゃんと人の顔をしていた。
しかし眼鏡を掛けていない‥俺の特徴といえば眼鏡なのだが‥。
うん、風呂とかで裸眼の時を思い出して描いてくれたんだろうな!
裸眼の姿なんて家族しか知らないし、特別な俺を知ってるって事でそれを選んだんなだろうな!!
ちょび髭生えてたから多分俺だろう!!(前向き)


2つ目のプレゼントは歌。
数日前から幼稚園で練習していたんだろう、家でもガッツリ歌っていた。
その度にお上に、『あっ!それは当日まで秘密なんでしょ!!』
なんて注意されていた。
それなのでサプライズでは無かったがそれでも嬉しいものだ。
歌は【すてきなパパ】という曲で、父親を称えてくれる歌詞になっている。ありがたやありがたや。

息子の横に俺はしゃがんで、同じくらいの目線で歌を聴ける特等席で歌唱スタート。

いきなり息子はフルスロットルで周りの誰よりもつき抜ける歌声を響かせた。お上の遺伝子がここでも継承されているようだ。
音程も外れずに歌えているのはもちろん、その声量に思わず、
「スゴい大きくてカッコいい歌声だよー!ありがとう!!」
そう褒め称えて1番が終わる。こうして真横で聴くとグッと感動するものだ。

そして間奏をはさみ2番が始まる。
すると息子、先の俺の褒め称えに気分を良くしたのか歌声にさらに力が入る。
気持ちが昂ったせいか音程が半音高くなってしまっていた。

「あっ、音程外れてる‥」
そう心で思ったが、その半音上がっちゃってる具合と歌詞の内容に絶妙なエモさを感じてしまった俺がいた。
その刹那に俺の目頭に向かって涙が押し出されてくる感覚が!
「俺、、な、泣けてるー!!」
人生で初めて歌を聴いて涙が込み上げていた。

歌が終わる頃にはただただ息子への感謝の気持ちに溢れ、多幸感に包まれた。
『なんで泣いてるのぉ〜』
なんて息子はキョトンとしていたが、初体験を迎えたばかりの俺は軽い放心状態で、
「ありがとう…ありがとう…」
と答えるので精一杯だった。

こうして予期しない形で憧れが叶ったりするから人生はおもしろい。
歌ってのは音程よりも大切なものがあるんだと気付かされた出来事だった。


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