【図録】杉本博司 瑠璃の浄土

京都市美術館が京都市京セラ美術館としてリニューアルされるに伴い、オープニングエキシビジョンとして杉本博司の「瑠璃の浄土」が2020/3/21~より開催される予定であった。

しかし、新型コロナ感染予防・拡散防止策として、当展示も開催されぬまま会期終了を迎える様相を呈していた。そこで、観れないのならせめて図録だけでも、と思い購入に至った。

展示図録は情報量を考えるとかなりお買い得な部類に入る。通常の写真集だと2, 3倍はくだらない。なかにはアートフォトブックのように元値から数十倍、数百倍の値がつくような写真集も存在する。アートフォトブックを解説したこちらのムックは一見の価値ありです。

話しが横道にそれてしまったので、本線に戻そう。
新型コロナの収束傾向を受け、会期が2020/5/26~2020/10/4と変更になった。しばらくは京都市在住・完全予約制による入場制限はあるが、終了までに解除されるようなら観に是非とも行ってみたい展示ではある。

タイトルにある「瑠璃」とは、瑠璃色は図録表紙のように紫みを帯びた濃い青であり、9・12月の誕生石でもあるラピスラズリに由来する。杉本は「瑠璃=古代から硝子を表す語」を採用している。序文に、この展示会について明確に記されている。

私にとってこの展覧会は瑠璃の浄土という仮想の寺院を建立する行いである。日本人は長い間その心の中で浄土を希求してきた。しかし今の世ではその心は失せてしまったようだ。浄土は今、美術となったのだ。

浄土の対義語は穢土(=現世)であり、現代人は浄土よりも現世を選んだこととなる。かつての浄土として崇められていたものは、美術として現代の人々が崇める対象となった。つまり、この展示に訪れる行為そのものが、参拝にあたるのかもしれない。現代美術が崇高なものであるのかはさておき。

日本人は古代から近現代直前まで浄土を希求し続けて、死後に浄土という救済の場に導かれることを願ってきた。しかし今、人類は神仏を凌駕してホモデウスに進すると豪語する時代になった。・・(途中省略)・・。宗教心が薄れていく今日この頃、アートには救済への一縷の望みが託されているのではと感じるのだ。

人々は何を頼りに生きていけばよいのであろうか。死や終焉を意識した作品を制作する杉本にとって、アートこそが最後の希望(こころのより所)なのであろう。

人はいつ死ぬかわからない。
人はいつか死ぬが、いつかはわからない。
一見似たような言い回しではあるが、前者は戦時中(近代以前)、後者は現代である。

戦争や医学が発達していなかった時代において、人の死は割と身直にあったと思う。その時代と比べると、新型コロナが猛威を奮っているとはいえ、現代はあまりにも平和である。もちろん平和であることに越したことはないのは当然ではあるが、それゆえに死に対する捉え方の変化、さらには身の危険に晒されてはいないがゆえ、宗教心は薄れていったに違いない。また、未来思考は当時の方が強かったであろうし、当時の人からすれば現代は羨ましいほどの時代であろう。

現代は欲しいものはすぐに手に入り、努力次第では何だってできる時代である(もちろん、どうにもならないこともあるが)。不自由さのベクトルが違うからこそ、人は生きる意味を問い、正解なんて存在しない問いにもがき苦しんでいるような気がする。

神仏を頼ることはなく、ましてや人は死んだら無になるだけ。別に何かに縋って生きることはせず、ただ死に向かって生き続けることだ。
死が迎えるその瞬間まで、自身が何を成したかが問われている時代が現代であるような気がする。

それさえも凌駕し、ホモ・デウスがもたらす人口知能の世界。ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書が気になってきた。

私が生まれた1980年代前半は、戦後バブルの絶頂期。もちろん一般家庭に携帯電話などは存在せず、幼少の頃には黒電話を使っていた記憶がある。小学生の頃にファミコンが誕生し、記憶にはないが1991年のバブル崩壊。Windows95に始まったパソコン元年や、インターネットの一般普及・SNSの台頭。ポケベル→PHS→ガラケー→スマートフォンといったデバイスの発展。史上最高値&史上最大の株価暴落。AI技術の発達。などなど。

当時の学生時代にLINEがなくてよかったとさえ思うほど、便利になりすぎた現代と、なにもなくても当たり前で、不自由とさえも感じなかった幼少時代。おそらく、両方を体験した最後の方の世代なのであろう。

こんなにも濃密で急速に発展する時代を生きていられることは非常にありがたいと思うし、これから先に訪れる世界の変遷を楽しみにしている。また、アートの世界も時代の流れや科学技術の発展とともに変化してきたが、新型コロナは関係なく、ここ十年ほどが大きな転換期を迎えており、近い将来にアートワールドは予想だにしない劇的な変化を遂げるような気がしてならない。新たな時代の指導者とは誰であろうか。パンドラの箱は、すでに開いているのであろう。

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