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かなこの本棚 〜2023夏〜

『建築家、走る』ー隈研吾


業界に精通してなくても知る人ぞ知る巨匠隈研吾。

建築を通して見る世界の歴史、歴史に基づいて出来る国風。その土地でしか表せないものを、彼の鋭感と熱量で唯一無二の形に残す。この過程を、建築に詳しくない読者でもわかりやすく、ウィットに富んだ文章で書き上げている。

一つの建物が出来るまでの努力や苦難を理解してほしいことを伝えたいのではない。
建物と永久的に共存する我々は、多くの人のたゆまぬ研鑽があることを、知っておくべき義務がある。

読了し、私は困っている。
興味があることへの執着が強いのに、建築巡りの扉を開きたいと思っているからだ。 

『おいしいごはんが食べられますように』ー高瀬 隼子


生きる上でなくてはならない、食べることと働くことに向かい合わせで座っている”人”。

毎日仕事から疲れて帰ってきても、家ではみんなで温かいごはんを食べようね(ニコニコ)的なほっこり平和小説ではない。
はたまた、仕事のストレスは食べて笑って寝て発散!のようなガテン系疾走小説でもない。

親和性があり前向きな使い方をするはずの”食べ物”が、人間関係の器に乗ると、体内で消化しきれなくなっていた。
それはただ歴然と嫌悪を表すよりも、執拗にこちらにまとわりついてくる。
誰しもが思い当たる節があるからこそ消化不良になり、登場人物にシンパシーを感じずにはいられないのだ。

手軽なカップラーメン三昧の二谷。
甘ったるいスイーツのような芹川。
誰かと食べるごはんが好きな押尾。

読んでいる最中は、自分をどの登場人物と照らし合わせるかを考えていたが、読み終わったあとは、誰とも違うという結論が出ていた。
そして、小説のタイトルがこれでよかったんだと、気づくことができた。

みんな、葛藤や抑圧に耐えながら毎日必死に生きてるんだよね。

『傲慢と善良』-辻村 深月


「傲慢」おごり高ぶって人を見下すこと
「善良」正直で素直なこと

物書きは大変だなぁと思う。
人間の性質を細部まで分解し、読み手に伝わるように表現しなければいけないのだから。
感情や感覚なんて、数えきれないほど存在するのに、綺麗に思索しなければいけないのだから。

解説で朝井リョウが綴っていた通り、これは恋愛・婚活小説と捉えるよりも、自らの身に起きていることを極限まで解像度を高めているのが主題である。

ピンとくるまで理想の未来を探し続けている主人公の二人は、無意識に自分の評価額が高くなり、自己愛が高まっているだけ。
結婚の善し悪しを勝手に決めつけ、そこに意思を乗せることができなくなっていた。

今の時代は、という回避の仕方は好きではない。
けれど、今の時代だからこそ。
闘うべき理由があるからこそ。

私たちは、自分の中の傲慢と善良に、向き合うチャンスがある。
向き合った先には、どの時代でも生き抜くことができる強さがきっと、手に入れられる。

生きていく上での痛みを理解し合える瞬間や人と、出会える希望が見つけられる小説。


読書の秋、どんな本に出逢おう。

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