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さんかくになりきれない

食べるものをまちがえたくない冬子にとって、コンビニは強敵である。急な仕事で行けなくなった晴の代わりに、夏子、百閒と動物園へ行くことになった。

おにぎりは夏子が作ってくれたので買わなくていい。冬子はひとが握ってくれたおにぎりが好きだった。苦手であるコンビニもおにぎりなら迷わない。ひとじゃなくてもいいことに気づいた。

おにぎりは人柄が出るらしい。なにかの物語で、しっかりかたく握ってあるおにぎりを〇〇さんらしい、真面目なかんじが出てるよね、と話していて、納得しないまま覚えていた。

冬子も自分で握るとかためになりがちだった。たまに買うおにぎり専門店のおにぎりは、ふわっと握られていて目指したいと思いつつ、すぐに忘れてしまう。そうして、かためのおにぎりを食べながら、あっ、と思い出すのだった。

トラとアリクイの子どもがかわいかったな。休憩所で冬子がハムチーズたまごサンド(本当はたまごだけがよかった)、百閒がからあげを食べていると、夏子が急に立ち上がり、見てますよ、と言って隣りのテーブルにうつった。自分の子と友人の子を見ていた女性が、親を追いかけはじめた友人の子を引き止めようとして、うまくいかなかったらしい。ありがとうございます、と早口に言い、女性はみるみる小さくなっていった。

全然気づかなかったよ、と戻ってきた夏子に向けると、見えちゃったから、と口角をあげた。テーブルを片づけつつ、冬子はまんまるおにぎりを褒めたたえ、そういえば母さんのおにぎりはさんかくになりきれない三角だったね、いつもね、と少し笑いあった。

百閒はいちばん好きだというレッサーパンダを飽きるほど撮ると、子パンダはべつに見なくていいと言った。歩きながら夏子は並ばなくて済んだと笑う。冬子は夏子に気づかれないよう、本当に見なくていいのか百閒にもういちど確認した。

おみやげ売り場にて、百閒はヘビとアルマジロのぬいぐるみで迷い、冬子はマヌルネコのぽち袋を自分用に買って帰った。

部屋でコーヒーを飲みながら、冬子は小さいころ連れていってもらった動物園がどこだったか、どうしても思いだせなかった。今日行った動物園も行っただろうか。

久しぶりだったのもあり、今日の自分はまるで子どもだった。ふと、父の仕事の関係で毎年観ていたピーターパンの歌がよみがえる。郁恵ちゃんの足が地面から浮く瞬間をおぼえていた。ミュージカルじたいがまだ続いているのを知ると、落ちつかない気持ちになった。

大丈夫、大丈夫。いまわたしは三代にわたる、ある一族の物語のなかをゆっくり歩いているのだ。松家仁之『光の犬』を昨日から読みはじめた冬子は、いつの日か自分も、ひとりひとりを丁寧に描くこのような家族のはなしを書こうとひっそり願った。



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