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オーストラリア2400km自転車旅2日目🚴‍♂️

2日目 「天国」

 こんなに長く暗い夜をおくったのは生まれて初めてだった。たまに体を起しては、テントの窓から顔をのぞかせ、自転車がちゃんとそこにある事を確認した。この時なるべく自転車の上の闇の部分を見ないようにした。自転車のことを思うと、自分の弱さが情けなくなる。彼はこのドス黒い闇の中で、テントの中にすら入っていなかったのだから。彼をテントの中に入れてやりたいと思ったが、自分がそこから外に出ることが怖くてできなかった。情けない。ふと時間のことを思い出し時計を見る。4時1 5分。嬉しかった。もちろんまだ暗いが、少し明るんできているように思えた。そう思いたかった。安心すると空腹を感じ、フリーズドライのライスに水を入れ、20分ほど待った。それをわざとゆっくり食べた。食べ終わったあと、確実に東の空が明るんできていた。助かった!昨日の日中あれほどうっとうしかった太陽にこれほど感謝の気持ちを感じるとは。。。。

太陽が出てきているとあればこっちのもの、荷物をまとめ、テントをたたんだ。たまりにたまった小便をぶちまけると、尿道がさけるかと思った。自転車の前輪の空気がまた抜けていた。いくら俺がぶきっちょだからといってこうも何度も空気が抜けるものだろうか?タイヤの裏側を調べると、あった。また引っ付き虫のトゲだ。再度しっかりとタイヤの裏側を調べ、パンク修理はもうせずに、チューブごと交換した。これで予備チューブはあとーつ。

そうこうしているうちに6時に、もうすっかり明るい。が、気になるのが膝。

「昨晩はテントの中に入れてやれなくてごめんな」

そう相棒に謝って、またがり、そーっと走り出した。ペダルを1歩2歩と漕ぐ・・・

「チクショーッ!!イッテェーー!」

駄目だ。太陽がもたらしてくれた安堵感も吹き飛び、一気に絶望感。一晩で治るなんてことはないだろうと分かってはいたものの、少し期待していた自分。悪いことはそれだけではなく、向かい風が強かった。自転車というのはこんなに風の影響を受けるものかと驚くほどペダルが重い。膝は痛い。風は強い。気持ちは真っ暗。道は果てなく伸びている。伸びすぎて先っちょが空に溶け込んでしまっている。初日から無理をした自分を恨み、痛みに耐えながら、気の遠くなるような遅いスピードで3時間進み続けた。

「ダメだ。。。これはちと暑すぎる。。、太陽のやろう、さかりやがって!」

強い疲労を感じ、自転車を降りた。Hwy沿いに小さな木がポツポツと立っていて、それはちょうど腰ぐらいの高さだった。太陽はほぼ真上に位置していてほとんど影をつくらない時間だったが、それでもわずかにある影の中に体を無理矢理入れ込んだ。とにかく頭を優先して入れた。ご飯を食べようと思い、フリーズドライライスに水を入れた。20分ほど待つとちゃんと炊かれたようなご飯になる。そうしてそのご飯を頬張っていた時、

ボロ雑巾をでっかくしたような車が目の前を横切った。俺に気付いてくれたようで20m先で停まった。人と口が聞ける、嬉しかった。

「おーいヒロ!まるで脱ぎ捨てられた靴下みたいじゃん!」

ぐったり横になっている俺をバカにした。

「自分の車を棚にあげてよく言えたわ」

とりあえずクーラーボックスに入ってあった冷たい水を思いっきり飲ましてもらった。

生き返る!! 

はて?よく見るとシュンの隣には誰かが乗っている。上半身裸で、ズボンは土で茶色に汚れている、、、失礼だけど汚いおっさんだ。髭も汚い。

「信じらんねー、よくこんな暑い日にファッキン自転車なんてよー」とそのおっさんが言った。オージーは何でもファッキンをつける。

「彼の名前はハーブ。RHを右に曲がって車のスピードを落としてしまう丁度いいところに彼がいてさ。上半身裸で寝っころがって、肘枕らしながらヒッチハイクしてんの。ヒッチハイク頼む人の態度ではないよね笑」

「シュン・・・それを拾っちゃうあんたが信じられんよ・・・」

このハーブという男、アル中なようで自分のカバンの中に酒をたんまり持っていた。

「飲むか?」と勧めてきた。

「ノーサンクス。自転車やんないといけねーから」

「はっ?さっさとその自転車を積んで、早いトコ車出そうぜ!こんな時期に自転車なんてファッキン、ナンセンス」

それにシュンも続ける。

「ハーブの言うことも一理ある。一緒に行こうかヒロ!」

「おい!まだ始めたばっかじゃねーか!」

と言ってみたものの、正直迷った。夜の恐さ、膝の痛み、異常な暑さ、そしてまだ始めたばかりだからこそ辞め易いということもあるんじゃないか、やっぱり無理でしたって・・・

すごい心揺れたけど、

「やめる気はねぇー!」無理に強い口調で言った。

「ところで今日はどのへんまで行くつもりだ?」とハーブ。

「・・・水の消費が思った以上で、仕方ないから、Hwyをそれて、エコリゾートってとこに行こうと思って・・・」地図にそういうスポットが載っていた。

「そこはダメ!もう何にもねーぞ」

えっ!まじッ!?あぶねー、、、無駄に20キロ、しかもラフロード(土道)を走るとこだった。下手したら水切れちゃってたかもな・・・う~ん、じゃーどうしたもんか。。。己の無計画を呪った。

「今日俺はバーンヒルってとこまでシュンに連れてってもらうんだ。お前今日はそこ目指せ。ここからそんなにファッキン遠くないし、俺今日魚いっぱい持ってっから、一緒に食おうぜ!酒も一緒に飲もう!なっ!」

ハーブは何やらカバンの中の酒をかきわけ、奥からパックされたでっけー魚をほりだしてきた。

「見てみーこれ!スゲーだろー!」という誇らしげな顔がムカツイたが、嬉しかった。今日の目的地ができたこと、そして何より今晩は一人じゃないこと。

「よし!そりゃいいや!じゃー先に行って待っててくれよ。速攻追いつくから!」と高い声で答えた。

「ところでシュンは、今日どこまで向かってんだ?」

「ポートヘッドランドまで。」

その街はブルームから600キロも先にある。といってもそれがブルームからパースに向かう際に着ける最初の街だった。

「そうか、じゃーシュンとは今回でもう当分会えなくなるな。素敵なワーホリ(ワーキングホリデー)を!」

「ヒロもね!」シュンは車に乗り込み、ドアを閉め、ゆっくりと走り出した。これでシュンとは当分会えなくなる。ハーブはそんな車の中で、最後の最後まで

『なんであいつ自転車なんて辞めて車に乗らないんだ??』

と首をひねっていたように見えた。俺はずっとどんどん遠くに行ってしまうシュンの車を眺めてた。工ンジン音もみるみる小さくなり、聞こえなくなって、そのオンボロは熱波のもやの中につつまれパッと消えた。視覚でも聴覚でもその車を感知できなくなった時、どうしようもなく寂しくなった。

「・・・行っちまったぁ」

「また一人か・・・」

相棒にまたがりペダルを漕ぎ出した。また一人、膝痛い、風強い、道長い、日熱い。

「俺はこの旅を続けられんのか・・・ほんとはシュンの車に乗るべきだったんじゃないか!?意地なんか捨てて・・・」

自分が意地っ張りなんだと知った。しかし、もうシュンたちはいない。どんなに後悔しようが漕ぐより他道はなかった。右足で強くべダルを踏み込み、左足を使わないようにした。当然スビードはでないがそれなりに風に逆らいながら、ひたすら漕いだ。基本道は太くまっすぐ、それを挟む赤土、さらにそれを挟む広大な大地、大体ずっとそんな感じだった。シュンが去ってから3時間ほどたったころ、道路右手の緑の木々の中に俺の背丈ほどもある大きなタイヤが目に入った。そのタイヤの上半分の部分に、ヤンキーのよくやるスプレーの落書きみたく、

『Barn Hill (バーンヒル) Station』と書いてあった。

「おおっ!着いた!いや正確にはまだだけどなんとなく着いた!ハーブに会える!ヤッホーー!!」

嬉しかった。俺のもっている地図によると、ここでHwyから外れて西に10キロ行けばバーンヒルとなっている。

「あと10キロか・・・」そのステーションからバーンヒルの方を仰ぎ見ると、これまた遥か遠くまで道が伸びているように見える。さらに悪いことに、道質はがらっと変わった。Hwyはアスファルトだが、ここからは砂道だった。 こりゃキツイ、休憩しようと思い、自転車をそのどでかいタイヤに立てかけたその時、タイヤの中に何やら石で重石された紙切れを発見!

手にとって見ると手紙だった。

『お疲れさま!! ここがBarn Hillの入り口だ。海まで9キロの砂道がつづいてる。さっきハーブをそこにあるキャラパー(キャラバンパーク)に送ってきた。2人で魚をフライして食べた。水・シェド(小屋)・シャワー・ガス台などがある。1泊5ドルだと思う。車が立ち往生して野宿になるかと思った(砂道なので)。

海はスゴイ。言葉を失った。本当の天国みたいだ。誰一人いない。夢のような美しい海だった。時間と気合に余裕があったらこの砂道を越えて行ってみて欲しい。言葉にならない世界があった。無事を祈る。 また会おう!』

1:00PM 02 / 12 /2002   Shun

「なんて粋なことをしてくれるんだ!」

まだ旅二日目にもかかわらず、かなり気持ちが弱っていたので危うく泣きそうになった。

「それにしても二人で魚を食っただって?あのヒッピーちゃんと俺のぶん残してんくれてんだろなぁ!?」ちょっと魚(晩飯)のことを心配した。手紙の横にはペットボトルが置いてあって、中にレモンジュースが入っていた。

あぁーシュン

「チキショー!ありがとうシュン・・・ありがとう。」

深呼吸をして、あたりを改めて見渡した。今までと違って、緑が意外に茂っている。その林の中に、一本黄色い砂道が、深く青い空に向かって伸びていた。その道に入る前に、こっち側とあっち側は違う世界ですよと言わんばかりに一つゲートがあった。チェーンでくくられていたが簡単に手で取れた。入って良いんだよな?と入っちゃいけないところに入っていくような感じがした。 ここからの砂道9キロ、距離はたいしたことないといえば確かにそうだが、とにかく砂、膝の痛みが気になった。

きつい!砂過ぎて自転車を手で押さざるをえないところがしばしば。9キロということが分かっていても、単調な砂道は、見た目にどれくらい進んだのかが分からず、本当にゴールがあるのか不安になる。

膝がくそ痛ぇー!・・・だけどシュンのレモンジュースがうまかった。15分に1回それを飲もうと決めて、それを楽しみに進んだ。

道中2回、チェーンの張られたゲートがあった。そのゲートが単調な進行に変化を感じさせてくれて嬉しかった。

そして、2時間ほど経ち・・・・・・とうとう着いた。

「バーンヒル!!」

ひと気がぜんぜんない・・・

なんかすごくさびれてる・・・・

全体的に砂地の大きな公園のようだった。数棟ボロイ小屋があるのが見える。ところどころに木が生えている。

「なんてひと気のない・・・ほんとにこのキャラパーは営業してんのか!?」

と文句を言いながらも俺はそこの雰囲気を気にいっていた。不思議な感じがした。初めての場所だけど、昔この公園で遊んだことがあるような懐かしい気持ちがした。

「とにかく海だ。海みねーと!」

シュンはここの海を『天国』だと言った。『夢』だの『言葉にならない世界』だのと手紙に書いてあった。これはすなわち期待できるのではないか・・・と思ったが、頭の中で今から見る海の絵を、しいて「まーこんなもんだろう」というもので抑えておいた。期待しすぎてがっかりしないために。たかが二日目でも必死の思いでここまで来たのだから「がっかり」したくない。そんなことを考えながら海に向かった。海まで案内してくれる腐った木の矢印サインがあった。一番近くの木に相棒を立てかけた。

左足をかばいながら矢印の方に従った。風が強くなってきて、あぁ涼しい。意外に海の匂いはしない、代わりに乾いた砂の匂い。2分ほど歩き林を抜けると、目の前に小さな丘が、そしてその丘の上にかわいい長めのベンチがあった。丘の向こうに海があることを、耳と肌で感じた。

丘の上に立った。

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例えることばが見当たらず、すばらしい海だった。その長いべンチに横になり、海から吹く風が体の火照りを冷ましていくのが心地よく、当分動けなかった。

しばらくして、小屋のあるところまで戻りハーブを探した。そのキャラパーには2つの小屋があり、ハーブがいたのは奥の方だった。どうやらこのキャラパーにいるのは俺とハーブだけのようだ。木の柱と、茶色く錆びたトタン屋根と、腰までの高さのコンクリート壁で構成されていて、窓もなく、風の往来は自由だ。昔パンフレットで見たバリのリゾート小屋に見えなくもないが、ボロ過ぎて、正しい例えとは言えない。中にはべッドが左手に3つ右手に4つ、壁にそって配置されていた。中央には小さい冷蔵庫と大きなテーブルがあり、そのテーブルの上にはハーブのものであろうラム(酒)とコーラと紙コップが無造作に置いてあった。中は意外にも広く、ハーブは左手二つ目のべッドで眠りこけていた。自転車から荷物を外し右手二つ目のべッドを選び、置いた。その時、深くは眠っていなかったらしいハーブが、沈んでいた体を起した。

「おーー来たかぁ・・・」と

だるさを残したまま、小屋中央にあるテーブルまでのそのそと進み、ラムコークを作り、ウィンクしながら手渡してくれた。

二人で小屋の外に出て、塗装の禿げた椅子に座った。空は、ちょうど頭の上のところで青とオレンジが交じり合っていた。風もそんなやさしい色だった。

自転車の旅を一晩超えた安堵感のせいか、ラムコークはすごくおいしかった。ほどよくある緑の木々と心地よい風。どことなく懐かしいこの公園の雰囲気は心を落ち着かせた。

「約束通り今晩は魚を一緒に食おう!昼ちょっと食ったけどうまかったぞー。いい魚だ!だから腹が空いたらいつでも言ってくれっ!」

全部シュンと一緒に食っちまったんじゃないかと疑ったことを心の中で詫びた。

「ありがとう。だけど今はまだ腹へってないからいいや。このラムコーク、ぬるいけどうまいな!」

それからいろんなことを話した。ハーブは何年か前ここに長期滞在していたことがあると。とてもここが気に入って、もう一度来ようと思ってたと話してくれた。ただ今回が最後だろうとも。彼の年齢はたぶん3 0歳前後。ところが話していると、中身はすっげー子供。ニワトリが近くを通ると

「なんだぁコラーッ!ファッキンぶっさいくやろうー。あっちいけ!あっち!」

と小石を投げていたハーブの顔がとてもぶさいくだった。正直、第一印象は悪かったけど、俺はすっかり彼を気に入った。まばたきの少ない彼の目を今でも鮮明に思い出せる。そうこうしているうちに、モーターバイクの音に気付いた。

「オーナーかな!?」

宿泊代を払わねばと思い立ち上がると、ハーブも立ち上がった。彼もまだ払っていなかったようなので、二人で一緒に行った。オーナーとハーブはすでに顔見知りということで、お金を払った後もペラペラと楽しげに話している。話し終えたようなので、俺がお金を払おうとすると

「あなたの分もハーブが払ってくれたわよ」と。ビックリした俺は

「何でだよ! ?」ハーブに問う。

「何でダメなんだよ!」と彼は言う。いくらハーブにお金払おうとしても受け取らなかった。小屋に戻り、荷物を奥に押しのけてべッドの上に横になった。ラムがきいたようだ。べッドは何だか黄ばんでいて汗臭く、砂と埃でザラザラ。でもお金も払ってないし贅沢は言えない。砂埃を払いのける気力もなく、ちょっと一眠りだけしようと思い、

「ハーブ、適当になったら起こしてよ。魚食おーなぁ・・・」

と言ったきり、眠りに落ちた。

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