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night escape



逃げよ?


 緩くパーマのかかった黒髪の隙間から、いたずらっ子みたいな目を覗かせた君が笑って言った。まるでそれが当たり前みたいに、ごく自然に手を取って、ハリボテのお城みたいな店内を駆け出した。


 積み上がるシャンパンタワーを崩し、各テーブルに置かれた鮮やかなフルーツの盛り合わせから一つずつフルーツを摘む。
 jimmychooのピンヒールが照明に乱反射する。馬鹿みたいに大きいシャンデリアには別れを告げ、滑らかなマットブラックのソファには、アイスピックを突き刺した。全部大っ嫌いだった。
今夜、私はついに嘘だらけのこの小さな世界から抜け出した。

男は女を金で買い。
金を積む男に女は媚びる。
金と欲に塗れた恋愛ごっこはもう終わりだ。


 見かけだけのゴージャスでリッチな世界は、一つ扉を開ければ、跡形もなく消え去った。自分の世界はこんなにもちっぽけで、呆気なくて、本当にただの見せかけでしかなかったのだ。


 とっくに日付を越えているのに明るい外の世界は、庶民的で汚くて最高に自由に見えた。眠らないネオンサインだらけの街の中で、濃紺のチュールドレスがふわりゆらめいて、マットなディープレッドのリップが駆け抜ける私たちの余韻を残す。もう、私たちは自由なんだ。

 耳朶にぶら下がった重いバカラのピアスも、7センチの凶悪なピンヒールも脱ぎ捨てる。ゴツゴツしたアスファルトの感触は、自分の足でここに立っていると教えてくれる。


 ちょっと待って、足怪我するから、と黒服姿のままの君が驚いた顔をする。


「私にぴったりの靴を見つけてくれるんじゃないの?」


 へらりと笑う私を見て、面倒臭そうに小さくため息をつく君は、どこまでも優しい人だと知っている。



 纏わりつくような夜から2人で逃げよう。君となら、どんな夜の中だって、どこへだって駆け抜けられるはずだ。きっとその先には見たことのない夜明けが待っている。




 あの頃は、運命とかそんな言葉大嫌いだったけれど、今なら信じてみたい。


信じさせてくれたのは、
そう、君だ。



#創作大賞2023 #恋愛小説部門

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