見出し画像

【短編小説】 鏡よ鏡 【夏ピリカ】

「鏡よ鏡、この世で一番可愛いのは誰?」

幼少期によく絵本で読んだグリム童話の真似をして、戯けて問うが返事は無い。おかしい。聞こえなかったのだろうか。

「ねえ、鏡よ鏡。この世で一番可愛いのは誰だと思う?」

まただ。返事が無い。

「聞こえているんでしょ。何とか言ったらどうなの」

何度問いかけても返答がないことに、だんだん声を荒げてしまう。

「どうして何も答えてくれないのよ」

鏡は沈黙を貫いたままだった。いつまで私を無視し続けるつもりなのだろう。この前まではそんな事しなかったのに。鏡に割れている箇所はどこにも見当たらない。嫌われてしまったのだろうか。そうならそうと言って欲しいが、物申さずの鏡に今私がそんな要望を出しても仕方がないことは分かっていた。何も言ってもらえない事が一番辛いということを鏡は知らないのだろうか。

 私と鏡は生まれた時からどんな時も一緒にいた。幼稚園や学校、休日のお出かけも、朝から晩まで私は鏡と離れたことが無かった。私が笑いかければ同じように鏡も笑いかけてくれるし、私が泣いていれば鏡も同じように泣いている。美味しいものを食べて「美味しいね」と語りかければ、鏡もまた同じものを食べて「美味しいね」と幸せそうな顔をして見せた。これが私にとっての当たり前であり、日常だった。鏡にとってもそうだったのではないだろうか。
それが今はどうだ。同じように鏡に向かって笑いかけても笑い返してくれることは無いし、泣いているのも私一人。「美味しいね」と語りかけるのも私だけになっているではないか。鏡が同じ表情をしてくれなくなってからの私は、自分がどんな表情をしているのか知る術を失っていた。笑っているのか、怒っているのか、泣いているのか、そんなことも分からない。誰も私に教えてはくれない。ずっと心に大きな穴が空いたままだった。

「お姉ちゃん」

今にも泣き出してしまいそうな震えた私の声が真っ白な空間にこぼれ落ちた。

 私と鏡、いや私と姉は、一卵性双生児として産まれた。しかし、周囲から持て囃されるのはいつも姉の方。そのことは私も納得していたし本当に自慢の姉だった。
その姉は高校生の時、通学中に巻き込まれた交通事故のせいでずっと眠ったまま。機械から伸びる沢山の管によって生かされている状態がもう何年も続いている。

事故当日の朝、私と姉は些細なことで口論になり、仲直りをすることなく私が先に学校へ向かった。クラスが違ったこともあり、血相を変えて私の元へ来た教師に事のあらましを聞くまで姉が学校に来ていないことに私は気付いてすらいなかった。
何度もあの日に戻りたいと願った。何度、ちゃんと仲直りをしていればと後悔し、何度、謝罪したかも分からない。そんな私の様子を見た医師は、「声は届いているから、謝罪よりもたくさん話しかけてあげて」と言っていた。

今日も姉と一方通行の会話をする。

「この世で一番可愛い私のお姉ちゃん、早く起きてよ」


fin. (1,200字)

この記事が参加している募集

宜しければサポートしていただけると幸いです。より良いものをお届けできるように活動費として活用させて頂きます。よろしくお願い致します。