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名前を持たない人たちの物語を書いています。(不定期)

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【短編小説】明晰夢

 気が付くと僕は真っ白な部屋にいた。窓や家具は一つもない。あるのは一枚の扉だけ。 「嗚呼、そうか。またここに来てしまったのか」 ここは僕の夢の中。時折、僕はこの世界に迷い込んでしまう。いわゆる「明晰夢」というやつだ。しかし、一般的に言われる明晰夢のように思いのままに夢を操れる訳ではない。僕が操れるのはこの部屋まで。あの扉を開いてしまえば、また僕は自分の無意識下にある夢の中で彷徨うこととなる。そんな夢から抜け出す方法を僕は知っている。その方法はただ一つ。 それは、僕が想いを

    • 【短編小説】 鏡よ鏡 【夏ピリカ】

      「鏡よ鏡、この世で一番可愛いのは誰?」 幼少期によく絵本で読んだグリム童話の真似をして、戯けて問うが返事は無い。おかしい。聞こえなかったのだろうか。 「ねえ、鏡よ鏡。この世で一番可愛いのは誰だと思う?」 まただ。返事が無い。 「聞こえているんでしょ。何とか言ったらどうなの」 何度問いかけても返答がないことに、だんだん声を荒げてしまう。 「どうして何も答えてくれないのよ」 鏡は沈黙を貫いたままだった。いつまで私を無視し続けるつもりなのだろう。この前まではそんな事し

      • 【短編小説】 幕開け 【2000字のドラマ】

         ピピ、ピピーーー  カーテンの隙間から光が差し込むこのワンルームに無機質な音が鳴り響く。 朝が来た。僕のとびっきりの休日が始まる。 まだ少し重たい瞼を擦りながら身体を起こして、まずカーテンを開ける。 「天気良いな。最高だ」 朝日を浴びながら軽く伸びをした後の僕の行動は決まっている。 「アレクサ、プレイリストをかけて」 流れてくるのは僕の大好きなアーティストの曲。こうしてまず気分を上げる。 これが結構大事だったりする。 その後、洗面所へと向かっていつもより少し丁

        • 【短編小説】 週末のご褒美 【2000字のドラマ】

          「あら、今日は早いのね」  そう声をかけてきたのは、僕が通う弁当屋を一人で切り盛りしている店主のおばちゃん。五十歳前後だろうか。とても気さくで、有難いことに僕のことをとても気にかけてくれている。話が始まると少し長いことを除けば、僕はこの人に足を向けて寝ることは出来ない程お世話になっている良いおばちゃんだ。  一年半程前、大学を出て、社会人になったことを機に人生初の一人暮らしを始めた。当時、慣れない仕事に慣れない家事、毎日降り掛かってくる生きるためのタスクに追われて、とてもじ

        【短編小説】明晰夢

          【短編小説】350mlの空き缶

           時計の針が深夜1時を少しまわった頃、僕は少し古いアパートの前に立っていた。ここは僕の家の最寄駅から一駅隣。この時間だ、もちろん電車は動いていない。なかなか整わない呼吸が真冬の空に白く溶けていく。 目的地はアパートの階段を登って右奥の部屋。古びたインターホンを押すが、僕を呼び出した張本人であるこの部屋の家主からの反応はない。仕方なくドアノブを捻ると、ガチャッと不用心な音が鳴る。呆れながらも扉を開けて中に呼びかける。 「おーい。来たぞ」 何度呼びかけても返事は無い。そのまま

          【短編小説】350mlの空き缶